第44話:付与魔法使いは譲る

 ◇


 ダンジョンの入口であるポータルの前には、既に十数名の冒険者が集まり準備をしていた。


 特に何か声をかけることもなく俺たちは一直線でポータルに向かう。


 その時だった。


「おい、ちょっと待てよ」


 背後から声をかけられたので振り向く。


 声をかけてきたのは勇者パーティのリーダー、ナルドだった。


「なんだ?」


「てめえ、順番ってもんがあるだろ」


「……順番?」


「俺たちの方が先に来た。討伐隊に入らねえなら、俺たちの後にしろ」


「……なんで?」


 純粋に意図が汲み取れないので質問したのだが、なぜかナルドの逆鱗に触れたようで——


「なんでじゃねえよっ! 手柄を横取りしようたってそうはいかねえって言ってんだ!」


 確かに、超高難易度が予想されるゲリラダンジョンをクリアすれば、高い名声を得られるのかもしれない。無論、名声のために横取りしようなどという邪な考えはなかったのだが。


 というか、あの程度の実力でクリアできると思っていることに驚きを禁じ得ない。


「手柄がどうとかを考えたことはない。話にならんな。それに、先にいたと言ってもまだ討伐隊が集まるまでには時間がかかるだろう。待ってられない。先に行かせてもらうぞ」


「ふっざけんな! くそ! じゃあ、今すぐ入ればいいんだな⁉︎」


「そんなことは一言も言ってないが……?」


 なぜこいつは逆ギレしているのだろう……。


「おい、お前ら! 今すぐ出発だ!」


 ナルドの急な予定変更には、さすがに勇者パーティの間にもどよめきが起こった。


「えっ⁉︎」


「で、でもまだほとんど集まってないんじゃ……?」


「さすがに五人じゃ……」


「ま、まだ時間もあることだし……」


 だが、ナルドは引っ込みがつかなくなったのか——


「うるせえ! ついてこねえなら追放すっぞ!」


 このように言い放ち、討伐隊の編成を待たずにダンジョンに入っていったのだった。


「行っちゃった……」


「勇者の人たち大丈夫でしょうか……?」


 ユキナとセリアの二人も心配しているようだった。


「まあ、腐っても勇者だからな。クリアは無理だが、即死するほどではないさ」


 俺は強化魔法を自分自身とセリア、ユキナの三人に付与していく。


 それから、ゲリラダンジョンの情報について共有をするなど、準備を始めた。


 ◇


 ゲリラダンジョンに侵入した勇者パーティは、さっそく苦戦を強いられていた。


 洞窟のような狭く、薄暗い空間で彼らが侵入直後に遭遇したのは『バジリスク』。


 人の大きさ程度の図体がある、トカゲのような見た目をした魔物である。


 バジリスクはこのダンジョンの中では雑魚に過ぎないのだが——


「ぐはっ!」


 ドオオオオオンンンッッ‼︎


 最前線で剣を振るっていたナルドはバジリスクが振った尻尾に吹き飛ばされ、壁に激突した。


「うっそだろ……何も変わってねえ! レオン、どういうことだてめえ!」


 まったく歯が立たない状況はナルドには理解し難いものだった。新加入の付与魔法師、レオン・コレットに怒りをぶつけてしまう。


 実は、レオンは加入したばかりであり一緒に戦うのは今回が初めてだった。ゲリラダンジョンの出現は予想外のことだったため、ぶっつけ本番の形になってしまった。


 実績・評判ともに優れた冒険者だっただけに信頼しきっていた勇者パーティだったが、一分と経たずにアルスの足元にも及ばないことは分かった。


「どういうことって、全力でやってますけど? っていうか、強化魔法はかけたので僕の仕事は九割果たしていると思いますが?」


 付与魔法師に求められることは基本的に味方への強化魔法の付与である。効果が切れるまでは基本的に後方からの攻撃参加が求められる。


 レオンは強化魔法の付与が終わった後は攻撃魔法の使い手として攻撃に参加していたので、サボっていたわけではない。


 アルスのような弱体化魔法で敵にデバフをかけたり、味方が戦いやすいよう立ち回りを工夫したり、前線で敵の攻撃を止めるようなスタイルは他にいない。


「は? アルスはもっと色々やってたぞ! これじゃいてもいなくても変わんねーだろうが!」


「……と言われても困りますね。アルスさんがどんな勇者だったのか知らないですけど」


「困りますねじゃねーよ! この野郎!」


 レオンの胸ぐらを掴みにかかるナルド。


「お、落ち着けナルド。今は仲間割れしてる場合じゃない。これじゃ逃げるだけでギリだ。今は目の前に集中しよう。な?」


 ナルドと一緒に前線で戦っていた勇者の一人が宥めた。


「ぐっ……そうだな」


 だが、状況は好転しない。


 ナルドが前線で削られながら、それ以外の勇者が集中砲火を仕掛ける作戦で攻撃を続けるものの、まったくダメージが蓄積していかない。


「ダメ、もう魔力が尽きそう……」


 回復術師のクレイナが苦しそうに叫んだ。


 前線のダメージ量が多すぎるため、常に回復し続けている状況。


 早急に魔物を倒すか、撤退しなければパーティが全滅してしまう。


「く、くそ……! 仕方ない、ここは戦略的撤退……な、何だと⁉︎」


 いつもは強気なナルドもさすがにこの状況では強行する発想にはならなかった。しかし、撤退を選んだものの——


「こんな時に二体目だと⁉︎ これじゃ逃げられねえっ!」


 ダンジョンの奥からやってきた二体目のバジリスクと遭遇してしまったのだった。


「ぐはっ」


「うがっ……」


「あああああ‼︎」


 勇者たちはバジリスクの攻撃を受けて次々と戦闘不能に。


「もう、魔力ない。万策尽きた……」


 最後に残ったのは、悲壮感漂うクレイナの絶望のみだった。

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