第14話:付与魔法使いは初めての依頼を受ける

 ◇


 チュンチュン。

 朝の心地よい鳥のさえずりと共に——


「はあ、はあ、はあ……」


 俺は、呼吸を荒くしていた。

 起床後のいつものルーティーンである。


 俺は、付与魔法師としてできることの幅を広げてきた。

 しかしそれは一朝一夕で身についたものではない。


 腕立て伏せ、上体起こし、スクワットとトレーニングメニューを次々に消化していく。


「アルスおはようございます……あれ、朝からどうしたんですか?」


 セリアを起こさないようにこっそりやっていたつもりだったのだが、起こしてしまったらしい。

 とはいえもう時刻は午前七時——良い時間ではあるか。


「日課の筋トレだよ。腕立て伏せ1000回、上体起こし1000回、スクワット1000回は終わり。あと十キロくらい走り込みだけど……まあ、依頼を受けるなら今日はいらないかもな」


「ま、毎日そんなことをしているのですか!?」


「ああ、普通だろ?」


「普通そんなことできませんよ!?」


 そうなのか……?

 強くなりたいのならこのくらいするのは当たり前だと思っていたのだが……。


 そういえば、勇者パーティの連中からは効率が悪いとかバカにされたな。

 あいつらの言うことだからと気にも留めていなかったが、セリアからも言われるということは一般的にも普通なことではないようだ。


「身体を鍛えると体内の魔力回路が活性化するし、身体能力自体も上がって良いこと尽くめなんだぞ? ——とまあ理屈的に言えばそうなるんだが、もう長くやりすぎてやらないのが気持ち悪く感じるようになっただけだしな。でも、みんな慣れればできると思うぞ」


 身体能力が上がることは間違いないし、それに加えて俺の感覚にはなるが頭の回転も早くなる気がしている。


 瞬時の判断力はもちろんだが、いわゆる創造性——例えば付与魔法を応用する際の発想なども、これを日課にし始めてから急激に成長した実感がある。


「鍛錬は大切だと思うのですが、アルスのそれは普通の人にはなかなか真似できないことだと思います。どうしてそこまで頑張れるのですか……?」


「どうして……と言われてもな。俺は魔王を倒して、平穏な日常を送りたい……そのためなら何でもやれるんだよ」


「それだけ、ですか?」


「ああ、それだけだ。魔王を倒せば魔素の発生が止まると言われているからな。そうなればもう戦う必要なんてないだろう」


 俺は、皮肉にも戦いたくないがために強くなるしかないのだ。


 ちなみに魔素というのは、空気に混ざって存在している物質である。魔物や魔族にとっては栄養分だが、人間にとっては毒にも薬にもならない意味のないものだと言われている。


 魔王はこの世界に存在するだけで魔素を発生させ、魔物や魔族を活性化させてしまう。

 そのせいで、俺たちは平穏な生活が送れなくなってしまっているのだ。


 もちろんこの状況は今に始まったことではなく、もう太古の昔から続いているそうだが——


「それはそうですし、みんなが願っていることだとは思いますが……やや壮大すぎる話のような気がするのです」


「んー、まあそうだな」


 確かに、これだけを聞かされてもいまいちピンと来ないのかもしれない。


「セリア、これはただの昔話なんだが——」


 俺が会ったこともない魔王という存在を倒さなければならない理由。

 話すかどうか迷ったが、セリアは大事なパーティメンバーだ。

 今話さなくても、そのうち話すことにはなるだろう。なら、今言っても何の問題もない。


「六年前——ゲリラダンジョンが発生したっていう話は覚えてるか?」


 ◇


《アルヒエル村に緊急事態宣言が発令されました! 住民は直ちに避難を開始してください!》


 十二歳の誕生日。

 俺が住むアルヒエル村は混乱の渦中だった。


 村の中に突如として『ゲリラダンジョン』なるものが発生したのだ。


 この世界には、魔素の渦によりダンジョンが自然発生することがある。

 ダンジョンの内部には大量の魔物が潜んでおり、その魔物を倒しつつ深部へ進み、ダンジョンボスを倒すことで攻略完了——ダンジョンは安全になる。


 放っておくとダンジョンの入り口近くにいる魔物が強化されてしまう反面、ダンジョンを攻略してしまえば人間にとって使い勝手の良い資源採掘場に変化するなどメリットもあるのがダンジョンだ。


 しかし、ゲリラダンジョンは違う。

 ゲリラダンジョンと通常ダンジョンの違い、それは発生してから一定時間以内にダンジョンが攻略されなければ、ダンジョン内の魔物が外に流出してしまうということ。


「あと47分……アルス、そろそろ俺たちは向かう。お前は村の人たちと一緒に避難するんだ」


「一人で不安だと思うけど……アルスなら大丈夫よ」


 俺の両親は、二人とも冒険者だった。

 父は剣士、母は魔法師。しかもAランクと、かなりの実力者。


 村に突如発生した時限付きダンジョンの攻略のため、他の冒険者と混ざって俺の両親も参加するとのことだった。


 ゲリラダンジョン自体は以前からも少ないながら存在の報告はされてきたが、村の中に発生することは今回が初めて。さらに制限時間が発生から一時間しかなく、これも極端に短かった。


 それでも二人は本当に強いし、今日のダンジョンも攻略が終われば無事に帰ってくるのだろう。

 しかし、今日の俺はなぜか嫌な胸騒ぎがしていた。

 だから子供だというのに口走ってしまったのだろう。


「俺も一緒に行きたい!」


 二人は困った顔をして、顔を見合わせた。


「ダメだ、今は連れて行けない。ダンジョンを攻略して、安全になったら連れて行ってやろう」


「そうね。アルスにはまだ早いわ」


 俺が行っても何か役に立てるわけじゃないし、むしろ足を引っ張ってしまうのは間違いない。

 二人の判断は適切なものだった。


「絶対だよ! 約束だからね!」


「ああ、約束しよう。心配してくれているのはわかるが、今日はお前の誕生日だからな。絶対に生きて帰ってくる」


「帰ったら、すぐにパーティの準備をするわね」


 こうして、俺は二人を送り出した。

 俺は付与魔法師とはいえ、まだ何の役にも立てない。


 普通の村人と混ざって村の外に避難することになった。

 何事もなければゲリラダンジョンが攻略されたタイミングで警戒は解除され、戻れるようになる。


 一抹の不安を感じながら、俺はゲリラダンジョンが攻略される時を待った。

 しかし、ダンジョン発生から一時間が経過しても、攻略に参加した冒険者たちが戻ってくることはなかった。


「ガウルルル……」


 村の中から次々とダンジョン内の魔物が流出を始める。

 その頃には近隣の村からもBランク以上の冒険者たちが応援が駆けつけ、戦ってくれたのだが——


「うがっ……」


「つ、強すぎる……やめてくれ!」


「う、嘘だろ……まだ死にたくない!」


 強いはずの高位冒険者が、何の成果も得られぬままに命を散らせたのだった。


 俺は、この時子供ながらに両親もこんな風に魔物に殺されたのだと悟った。

 二人の仇を取ろう——一瞬そんなことが頭に浮かんだ。

 しかし——


「いや、ダメだ。俺がやって勝てるわけがない」


 こんな時だというのに、やけに俺は冷静だった。

 まだ俺は父と母のどちらの足元にも及ばない実力。


 父は、「逃げるのは恥ずかしいことじゃない。勝てない戦いからは降りろ」——そう言っていたことがふと頭に浮かんだ。


《ゲリラダンジョンの攻略に失敗しました! 村人、冒険者ともにできるだけ村から離れてください!》


 そんなアナウンスが同時に聞こえてくる。

 この状況だと逃げることすらも難しい状況だが、俺は付与魔法師ゆえに移動速度を上げることができる強化魔法を使える。


 なんとか隣の村に辿り着き、脱出することができた。


 ◇


「Sランク冒険者と勇者が出動したのにもかかわらず、犠牲を出した痛ましい事件でしたよね……。まさか、アルスの故郷だったなんて……」


 冒険者たちだけでなく、一般の村人も8割くらいが犠牲になったと言われている。

 これほどの事件は幸いその後起こっていないが、魔王が存在し、魔素が供給され続ける限りはまたいずれ起こってしまうだろう。


「……俺はただ平穏な生活が送りたいだけなんだよ。そのための努力なら惜しむことはない」


 こんな話をしていると、気分が下がってしまったな。


「まあ、過去に囚われても仕方がない。ご飯を食べてから、ギルドに行こう」


「そ、そうですね! 九時には開きますし、朝イチで行きましょう」


 俺とセリアは簡単に身支度を済ませた後、宿の近くで朝食を済ませてギルドに向かった。


 依頼の受注方法は、ギルドの左にある依頼掲示板から適性ランクの依頼を探し、掲示板から剥がした依頼書を受付へ持っていくだけ。



 魔王を倒すことを目標に置くのなら、パーティ全体の戦力が重要になる。

 そのためには、セリアの強化は必須になる。


 そこをポイントに依頼を探すとしよう。


 俺は決して自分の力に自惚れてなどいない。仲間の協力なしで魔王に勝てるはずがないのだ。


「あの、何かいい依頼はありましたか?」


「ああ、あったぞ。今日はこれにしよう」


 俺は掲示板から依頼書を剥がして、セリアに見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る