第13話:付与魔法使いは夜を過ごす
◇
セリアが借りている宿に到着した。
「なかなか良い部屋だな」
食事がつかないとはいえ、一泊5000ジュエルで泊まれる宿とは思えないほどに真新しく、清潔な部屋だった。
ベッドが一つと、小さなテーブルと椅子が一脚のみの簡素な仕様だが、冒険者は日中外へ出るためまったく問題ない。
勇者パーティ時代は様々な村を巡り、色々な宿に泊まってきたが、この価格帯だと蜘蛛の巣が張っていることもあったので、ここはかなりの優良物件だと思う。
「そうなんですよ〜! 色々泊まってみて、ここが一番だなって思いました!」
普通は面倒なのであまり拠点を移すことはないのだが……もともとはソロで活動していたことを考えるとその辺はやりやすかったのかもしれない。
「なるほど、これならぐっすり眠れそうだ」
俺はアイテムスロットから毛布を取り出し、床に寝転ぶ。
地面は木の板なのでベッドに比べると硬いが、こればかりは仕方ない。
「アルス、何してるのですか……?」
セリアが不思議なものを見る目で俺を覗いてきた。
何をと言われてもな。
「普通に寝ようとしてるだけだぞ?」
「いえ、それはわかるのですが……場所です」
「場所?」
「そうです。ちゃんとベッドで寝ないと腰とか悪くしちゃいますよ! 冒険者は身体が資本なのです」
「それは理解してるんだが……」
部屋をもう一度見てみるが、何度見てもベッドは一つ。
ベッドが一つしかないということは、セリアか俺のどちらかがベッドを使えないということになる。
一つしか使えないのであれば、お邪魔させてもらっている俺が床で寝るしか選択肢はないと思うのだが……?
それとも、何か特殊な収納か何かでベッドが出てきたりするのだろうか。
「ベッドはセリアに使ってほしいし、そうなると俺は自動的に床になると思うんだが」
「な、なぜそうなるのですか……」
セリアはやれやれと嘆息する。
え、俺なんか変なこと言っただろうか……?
確かに冒険者を経ることなく勇者パーティに入ったため、少し世間の常識は疎いかもしれない。
しかしこれが間違っているとも思えないのだが……?
「いいですか、例えばです。ここにワンホールのケーキがあるとします。全部アルス一人で食べますか?」
「いや、その場合はセリアがいるんだから少なくとも二つに分けるだろうな」
「そう、つまりそういうことなのです!」
どういうことだ?
ケーキの話とさっきの話に関連が見られないのだが……?
「つまりですね、このベッドは私一人で使うには大きすぎるのです。二人でシェアしても十分使えると思うのです」
セリアがとんでもないことを言い出した。
「い、いや……あのだな、これは一人用のベッドだろ?」
「そんな説明はされていません」
「……」
いやいや、まあそりゃ説明はされないだろうけども……。
一般常識として、詰めれば二人で並んで眠れるとしてもシングルベッドは一人用だろう……。
「一人用かどうかはともかくとして、若い男女が同じベッドで一夜を共にするというのは問題があると思わないか?」
「う〜ん、なぜですか? 同じ部屋で寝るのは良いのに、同じベッドだとダメなのですか……? 私よくわからないです……」
「そ、それはだな……」
まずい、さっきの話に戻ってこれじゃ堂々巡りになってしまう。
本来は同じ部屋で眠るのも避けるべきなのだが、これを受け入れてしまったせいで、俺の言葉に正当性がなくなってしまっている……。
「同じ部屋で寝るのは良いけど、私と同じベッドで寝るのは嫌ということですか……」
セリアはしょぼんとした顔で呟いた。
うるうるとした瞳でこちらを見つめてくる。
そんな顔をされて、「そうだ」と言えるわけがないじゃないか……。
「ち、違う! そうじゃないんだ! 俺はセリアと一緒のベッドで寝たい!」
「そ、そうなのですね! そう言ってくれると嬉しいです!」
セリアはさっきとは打って変わり、幸せそうに微笑む。
はぁ〜、またやってしまった。
人を説得するというのは、なかなか難しいものだな……。
ある意味、どんな魔物よりも強力かもしれない……。
「ささ、こっちに来てください!」
「あ、ああ……失礼するよ」
俺とセリアは横並びになり、顔を突き合わせる形でベッドに潜った。
さすがにシングルベッドを二人で使うとなると、使えなくはないのだが少し窮屈だな。
「うおっ!」
セリアも同じことを思っていたのか、身体を密着させてきたのだった。
豊満な胸が当たり、ドキドキとさせられてしまう。
セリアに特別な意図がないとはいえ、年頃の女の子とこれほど密着したことはなかった。全然不快なわけではないのだが、この状況は困ったものだな……。
さすがにこんなことは今日一日だけのはずだが、毎日続いたら死んでしまいそうだ……。
「おやすみなさい、アルス」
「ああ、おやすみ」
様々なことを気にしてしまう俺とは違い、セリアはこんな状況でも緊張感ゼロ。
気にしてるのは俺だけ、か。
そう思うと、自然と身体の力が抜けていき、今日一日の疲労感に襲われた。
そして、いつの間にか寝入ったのだった。
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