第12話:付与魔法使いは仲裁する
給仕さんの完璧な切り返しにより、冒険者たちの論理は完全に崩壊してしまったのだった。
この食堂のシェフたちは全員坊主頭であり、給仕さんは赤髪。
茶髪のやや長い髪の毛が入るはずがない。
ここで引き下がっておけば話は終わったというのに、冒険者たちは引っ込みがつかないのか、ガバッと席を立ち上がった。
机の横に掛けていた剣を手に取り、シェフたちに凄む。
「じゃあ俺たちが嘘ついてるってのか!」
「なんか他に原因がないのか考えろよクソが!」
「け、剣を下ろしなさい」
屈強な佇まいのシェフたちだが、さすがに冒険者が剣を取ったことで動揺が見えた。
言い掛かりをつけただけに飽き足らず、武力を使っての脅しとは……さすがにこれはやりすぎだろう。
俺は直接この冒険者とは関係がないが、こんな輩のせいで冒険者という家業自体に悪印象がついてしまう可能性も考えられる。
やれやれ、仕方ないな。
止めに入るとしよう。
「おい、そこの二人。ちょっとばかり調子に乗りすぎじゃないか? さすがに目に余るぞ」
「ンだとてめえ! 誰だ!」
「見ねえ顔だな。ってことは、大した冒険者じゃねえ……せいぜいDランクってとこか」
俺が誰であるかなんて今の話の中では瑣末なことでしかないと思うのだが、なぜかこの冒険者たちは俺のことが気になるらしい。
「いや、残念ながらEランク……というか、今日冒険者になったばかりなんだ。で、それがどうかしたのか?」
俺が懇切丁寧に説明してやったというのに、二人組の冒険者は礼を言うどころか失笑したのだった。
「なに、Eランク? 今日冒険者になったばかりの新参が俺たちに楯突いてんの? ギャハハハッ!」
「世間知らずの新参に教えてやらねえとなあ……Cランク冒険者の怖さをよォ!」
ふむ、この二人はCランク冒険者なのか。
Cランク程度でここまでイキってしまうとは情けない。
いや、高位の冒険者ほどこういった頭の弱い連中は少ないかもしれないな。
というより、ある程度の知能がないと上位の冒険者にはなれないだけなのかもしれないが……。
「ぜひこの目でCランク冒険者とやらの怖さを見てみたいものだな。期待しているぞ」
「こ、小僧……!」
「ぶっ殺してやる! 女の前で赤っ恥かかせてやる!」
俺が返事をした途端、冒険者たちの青筋がピキピキした。
なんか変なこと言ったっけな? 期待しているぞという言葉に怒らせる要素などなに一つないと思うのだが……。
「オラァ!!」
「死ね!!」
冒険者のうち一人が俺の正面から、もう一人が俺の背後から斬りつけようとしてくる。
挟み撃ち——というわけか。
しかし、この程度は予測の範囲内。
俺は自分に付与魔法を付与し、逆に敵二人には弱体化魔法を付与する。
その上で、正確に剣筋を見切る——
「遅い」
俺は小さく呟き、最小限の動きで攻撃を躱した。
「な、なんだと!? よ、避けやがった……!」
「Eランク……しかも成り立ての新参が、Cランク冒険者である俺の攻撃を避けやがっただと!?」
俺はそうでもなかったのだが、この冒険者たちには意外なことだったらしい。
「まさかEランクの皮を被った規格外のバケモノだったとはな……だが、ここで引いたら俺たちの顔が立たねえんだよ!」
「そうだ! 死ねや!」
そう言いながら、再度剣を振るってくるのだった。
しかし、完全に動揺してしまっている。おかげで隙だらけだった。
この程度の雑魚を蹴散らすのは簡単だが、ただ単に蹴散らすというのも退屈だな。
「あれ、やってみるか」
俺はテストがてら、新たな付与魔法を試してみることにした。
繰り返すようだが、付与魔法の本質は性質の付与。
体内を巡っている全身の魔力を俺の指先に集中させることも、上手く工夫すれば可能である。
こうして——
「ア、アルス! 危ないです!!」
セリアが叫んだ。
まあ、事情を知らないセリアが声を荒らげてしまうのも無理ないことだろう。
なぜなら、俺は向かってくる剣の刃を人差し指で受け止めるような格好なのだからな。
生身の指なら切断されてしまうことだろう。
しかし、今の俺の指は全身の魔力が一挙に集まっている状態。
技量もなく、武器自体も大したことがないもの。
この程度の相手に遅れをとることはないはずだ。
実際、俺の思った通りになり——
パキンッ!
冒険者のうち一人が俺に向けていた剣の刃が折れた。
見た目上は、俺の指が剣を斬った——ことになっている。
そのためか、冒険者たちは呆気に取られたようだった。
背後からの攻撃の機会を窺っていたもう一人の冒険者も膝をついて戦意喪失している模様。
「まだやるか?」
「い、いえ……す、すみませんでした!」
「も、もう二度とこのような行いはしません……しませんから……」
「ああ、当然のことだ。それと、もう一つ良いことを教えておいてやるよ。……ちょっとそれを貸してくれ」
俺は壊れていない方の剣を受け取り、責任者のシェフに渡した。
受け取ったことを確認した後、魔力水晶を修繕した時と同じやり方で壊れてしまった剣を修繕する。
こうして元通りになった剣を片手に、シェフに剣を向けた。
シェフは俺の意図を汲み取ったのだろう。
瞳に闘志を宿し、俺の剣戟に応戦する——
キンキンキンキンキンキンキンキンッッッッ…………!!
「な、なんでシェフがこんなにつえーんだよ!?」
「う、嘘だろ……こ、こんなのBランク、いやAランク級じゃねえか!?」
二人が気づいたところで、剣戟を辞めて冒険者に剣を返した。
「——ということだ。これに懲りたら、二度と変なことするんじゃないぞ?」
「へ、へい……」
「す、すいませんでした……」
まさか自分たちが脅していた相手が、自分たちよりも強かったとは夢にも思わなかったようだ。
まったく、この程度のことは念頭に入れておくべきことだろう。
「じゃあ、さっさと帰れ」
俺がそう言うや否や、二人の冒険者たちはすぐに食堂を立ち去ったのだった。
「諸々ありがとうございます。それにしても……よく私に剣の経験があるとわかりましたな」
責任者のシェフがそんなことを俺に言ってきた。
「ああ、動きとか筋肉のつき方を見てれば、剣のだいたいの技量はわかるよ」
「なんと……! 実はより美味い食材を求めて冒険者家業をしていたことがありましてな……。剣はその時に磨いたものなのです」
なるほど、目的があると何事も上達しやすいと言うからな。
俺だって本来は戦いたいわけじゃないが、戦いのない平和な世の中にするためには、どうしても強くならなくちゃいけなかった。
「それにしても、そこまで分かっていながら助けてくださったのはどうして……?」
「あの感じじゃ素手でもあんたが戦って負けることはないと分かってたけど、シェフと客が喧嘩するのはあんまり良くないだろ?」
客商売の難しいところである。
正当なクレームをつけたのに腕っぷしで黙らせられた——なんて噂が立ちかねないからな。
「そこまで理解してくださっていたのですね。そう、まさにその通りなのです……」
あの時仲裁に入ったのは、狙い通りかなり助かったらしかった。
俺としては食堂を助けるというよりも、冒険者が変なことをするのが俺たちの不利益になる可能性があるから助けたに過ぎないのだが……まあ、助けられた方にとってはそんなことはどうでもいいよな。
「ほんの気持ちなのですが、こちら使ってください。またのご来店をお待ちしております」
「食券か……いいのか?」
「大金を払ってもこれほどの用心棒は来ないでしょうからな」
フッと俺は笑った。
「なるほど、贔屓にさせてもらうよ」
そう言って、俺は食堂を出た。
夕食を食べる前はまだ赤い夕暮れだったが、食堂を出た頃にはもうすっかり暗くなっていた。
「アルス、さっきの凄かったです……!」
「ああ、あの指のやつか?」
「そうです! 私、大変なことになると思ってしまいました……」
少し悲しそうな顔をするセリア。
どうやら、俺の想像以上にセリアには心配をかけてしまったらしい。
軽い気持ちで試してしまったが、仲間にこうも心配をかけていたとなると考えものだな。
「心配させてすまない。もうちょっとやり方は考えてみるよ」
「ア、アルスが謝ることじゃないですよ! で、でもそうしてくれると私は安心ですっ!」
さっきとは打って変わってセリアは笑顔になった。
「さ、宿に戻って寝ましょう!」
「あ、ああ……そうだな!」
そういえば、セリアと二人きりで一夜を共にすることになっていた。
セリアは客観的に見てかなり可愛い。
魔が差さないよう用心する必要がありそうだ。
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