第11話:付与魔法使いは夕食を食べる
◇
今日のところはセリアが泊まっている宿を間借りすることができることになったため、心置きなく冒険者ギルドの隣にある食堂に入った。
食堂は広々とした空間の中に椅子と机が並べられている一般的なスタイル。
入り口にある魔道具——食券機で注文したいメニューの代金を支払い、カウンターへ持っていくスタイル。
注文が完了すると札を渡してくれるので、好きなテーブルについて料理が届くのを待つという仕組みになっている。
「アルスはどれにするのですか?」
「そうだな……お金も入ったし、宿代も安く抑えられそうだし、思い切って牛肉のステーキにしようかな。サイズは……もちろん最大の500グラムだな。今日は腹一杯食べたい」
「す、すごいですね……わ、私もステーキが食べたくなってきました! 500グラム!」
なぜか俺に合わせて来ようとするセリア。
500グラムのステーキとなると、男の俺でも腹八分目。なかなかのボリュームだが、大丈夫だろうか……?
「ステーキはいいんだが、セリアはそんなに食べるのか?」
「はい、私大食いなので大丈夫のはずです!」
「そうか、ならいいんだが」
華奢な見た目に反して大食いとは……。
人は見た目によらないのだな。
こうして俺たちは二人ともステーキ(500グラム)を注文し、十数分待つと料理が届いた。
改めて500グラムの肉を目の前にすると、かなりのボリュームだった。
フォークとナイフを使い、食べやすいサイズに切り分けて口に運ぶ。
「……美味いな!」
「すごく美味しいです!」
思えば、勇者パーティ時代はかなり給料も安かったからな……。
一ヶ月の給料が30万ジュエル。
普通の村人なら十分な金額だが、勇者や冒険者のような家業は生活費以外にも金がかかる。
日々の仕事に支障が出ないようにするため、どうしても食費を抑える必要があった。
久しぶりの贅沢である。
俺は黙々と食べ進め、十分ほどで完食した。
「美味かった——って、あれ? セリア、もうお腹がいっぱいなのか?」
「ま、まだいけます……。大丈夫です……」
と言いつつも、セリアの皿にはまだ半分以上のステーキが残っていた。
やはり、セリアには多かったようだ。
「無理するなって。無理に食べても美味しくないだろう」
「でも、残すのは……」
やれやれ。
食べきれない量を食べようとするのに、残すのは嫌ときたか。
「じゃあ、残りは俺が食べるよ。これでセリアは無理して食べないし、食べ物も無駄にならないだろ?」
「アルスはまだ食べられるのですか……!?」
「ん、まあな。500グラムが最大だったからこれにしたけど、腹一杯ってわけじゃないぞ」
「な、なるほど……やはり勇者は食べる量も違うのですね……」
「いやこれは単に個人差だと思うが……」
たくさんのエネルギーを摂るにはたくさん食べる必要があるのはその通りだが、女勇者が皆500グラムのステーキを食べるわけではないからな……。
「あっ、でもこれってもしかして間接キ……」
「ん、なんか言ったか?」
「い、いえなんでもありません!」
「そうなのか」
セリアが何か言おうとしたのが気になるが、まあいいだろう。
なぜか赤面しているので理由を知りたい。しかし無理に聞き出すほどのことでもなさそうだしな。
俺はセリアの分のステーキまで平らげ、満腹になった。
「ふう、そろそろ食堂を出——」
「おいっ! なんだよこれっ!」
席を立とうとした瞬間、隣の席から怒号が聞こえてきた。
驚いてしまったが、どうやら俺たちに何か言っているわけではないらしい。
食堂の若い女性給仕さんに荒くれ者の冒険者二人が怒鳴っていたらしい。
何があったのかわからないが、他にも人がいるのに大声を出すとはけしからんな。
俺は胸中で呟き、ため息を吐いた。
「な、何か失礼がありましたでしょうか……!?」
「失礼も何もねえ! 料理に髪の毛が入ってたんだぞ! ほら!」
荒くれ者の冒険者は、料理に入っていたという髪の毛を給仕さんに見せつけた。
なるほど……異物混入か。
料理を提供する店としてはあってはならないことだし、怒る気持ちもわかる。
しかしこれほどの剣幕で怒鳴らなくても良いだろう。
「も、申し訳ございません。……しかし、その……」
「ああ? この店は毛が入ったもんを客に提供してんのか?」
「い、いえ……そんなことは……」
「だったら誠意を見せろよ! 誠意!」
「あ、あの……しかし……」
「あー、お前じゃ話にならねえ! 責任者呼んでこい! 責任者だ!」
なるほど、要するにこの冒険者たちは遠回しに返金を要求しているということか。
しかし給仕さんが何か言いたげなのがやや気になるな……。
「わ、わかりました……。責任者をお呼びします」
「おう、早くしろよ」
給仕さんは大慌てで厨房に引っ込むと、ものの数十秒で頭に白いシルクハットを被ったコックがやってきた。
コックは、かなり大柄の男。なかなかの威圧感がある。
「うちの料理に、何か」
冒険者たちは、やや怯みつつもさっきと同じようにクレームをつけた。
「ここの料理に髪の毛が入ってたんだよ! これが証拠だ! この食堂でこんなもん提供してんのか?」
「危うく食べるとこだったぜ、ありえねえよ!」
口々に文句を吐く二人組。
その髪の毛を見て、コックは悩まし気な顔をした。
髪の毛自体はなんの変哲もない茶髪。
五センチほどの長さのものが入っていたようだ。
「ふむ……料理に毛が入っていたことについては申し訳ないと思うのだが、奇妙なことも起こるものですなぁ」
「何がだ! ここの料理に毛が入ってて、危うく食わされそうになったんだ!」
「そうだ! 返金を要求するぞ!」
コックは冒険者たち二人の茶色い髪の毛を見つめた。
そして——
「おい、厨房! 全員集合しろ!」
コックが声を張り上げてから十秒ほどで厨房から三人のコックがやってきた。全員が白いシルクハットを被っている。
「なんですかい?」
「うむ、うちの料理に髪の毛が混入しているとクレームを受けてしまってな」
「どんな毛なんです?」
「これだ」
責任者のコックは、冒険者たちが持つ髪の毛を指さした。
「こ、これは奇妙ですな……」
「こんなものが混入するとかあり得るんですかい……」
「これはおかしいですぞ」
集まってきた三人のコックたちは、責任者のコックと同じように悩まし気な表情を見せた。
「何が変なんだよ!」
「まさか俺たちが言いがかりつけてるとか思ってんじゃねえだろうな!」
心外だ、とばかりに冒険者たち二人は怒り始めた。
その直後。
「いやなに、我々はこのような頭でしてな。そのような長い毛が混じるはずないと思ってな」
四人のコックたちが、一斉に白いシルクハットを脱いだ。
するとそこには——
「ぼ、坊主頭だと……!?」
「う、嘘だろ……」
薄々わかっていたことだが、どうやらこの冒険者たちは言いがかりをつけて返金を求めていたようだった。
なかなか悪質だな……。
「だ、だが髪の毛が混入するのはなにも厨房だけじゃねえだろ!」
「そ、そうだ! そこの女の毛が入ったんだ!」
料理の『中』にどうやって給仕さんの髪の毛が入るのかわからないが、まだこの冒険者たちは諦めていないらしい。
しかし——
「あ、あの……料理の中に入っていた髪の毛は茶髪ですよね……? 私はこの通り赤毛なのですが……」
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