第10話:付与魔法使いは説得される

「ありがとう。これが、ギルドカードか?」


 受付嬢から手渡された金属プレートを受け取った。

 俺の名前と職業、冒険者ランクなどが記載されている。


「その通りです。こちらはギルドから依頼を発注する時だけでなく、身分証にもなります。絶対に無くさないように注意してくださいね!」


「ああ、でももしなくした場合はどうすればいいんだ?」


 まずは無くさないようにしなければならないのだが、俺はやや心配性なのでその辺が少し気になってしまう。


「再発行することになりますが、その時は1万ジュエルをいただきます」


「1万ジュエルはちょっと痛いが、再発行できるんだな」


「ええ、再発行自体はできるのですが……身分証ですので、悪用されてしまう可能性もあります。なので大事にしてくださいね」


「分かった、無くさないようにするよ」


 俺はローブの内側にあるポケットスペースにギルドカードを収納した。


「あ、それとパーティを新しく作りたいんだが……すぐにやってもらうことってできるか?」


「パーティ結成には少なくともアルスさん以外にも一名がパーティメンバーとして必要になりますが……もしかして、隣にいらっしゃる……?」


「ああ、セリアだ」


 俺の隣でちょこんと立っていたセリアを紹介すると、受付嬢はやや驚いていた。

 冒険者になってすぐにパーティを結成するのは珍しいのだろうか?


 などと思っていると、どうやら驚いていたのはパーティを結成すること自体ではなかったらしい。


「驚きました……。まさか頑なにパーティを組まれないセリアさんがパーティを組まれるだなんて……」


「ん、そうなのか?」


「ええ、セリアさんはジョブが『剣聖』ということもあり、たくさんのパーティからオファーがあったのですが、勇者パーティを目指すのに腰掛けで冒険者のパーティに入るのは良くないと……」


 受付嬢がそのように説明すると、セリアは照れ臭そうに笑った。


「えへへ……実はそうでした」


「なるほど、なかなかセリアは律儀なんだな」


 女の子としてどう見るかという点ではまだまだ未知数なところがあるが、人間としてこういう人は嫌いじゃない。

 俺と考え方も似ているし、たまたま出会った相手だというのになかなか相性が良さそうだ。


「本当は今すぐにでも依頼を受けたい……ところだが、もう少しでギルドが閉まる時間だな。明日にするよ」


 冒険者ギルドの営業時間は、特別な事情がない限りは午前9時から午後5時まで。

 今から依頼を受けることもできなくはないが、達成したとしても明日以降の依頼達成になってしまう。


 それでは今日依頼を受ける意味があまりないので、明日を待ったほうが良さそうだ。


 俺は、セリアとのパーティ名を『インフィニティ』と定め、ギルドを後にした。

 大成しなければ非常に痛いネーミングだが、セリアとのパーティならきっと大丈夫だろう。


 ちなみに、魔物の素材の買取金額は合計で10万ジュエルだった。


 一般的な一ヶ月の生活費が30万ジュエルだということを考えれば、弱い魔物ばかりだったというのに思ったよりも良い金額になっていたようだ。


 アイテムスロット様さまである。


 ◇


「ちょうどいい時間ですし、隣の食堂でご飯を食べてから帰りますか?」


 冒険者ギルドを出た後、そんなことをセリアに提案された。

 このすぐ近くに、冒険者をターゲットにした食堂がある。


 料理は冒険者向けに割安に提供され、かつ量も多いため人気の店である。

 勇者パーティ時代も利用していたので、味や値段に関してはなんの不満もないし、できればここで食べたいのだが——


「実は、勇者パーティを抜けたから今日寝る宿がないんだ。飛び込みで入れる宿はあまり多くないから、今から探さなくちゃいけない。今日はここで別れよう」


 今日の朝までは勇者パーティが寝床を用意してくれていたが、今日からは自分で用意しなければならない。

 ベルガルム村の宿情報が全てインプットできていればすぐにでも解決するのだが、あいにくそうではないため、時間がかかることも想定している。


 総合的に考えて、ここでゆっくりご飯を食べるわけにはいかなかった。


「あ〜、なるほどです」


「分かってくれたか」


「それなら、アルスは私が借りている宿に泊まればいいじゃないですか!」


「……え?」


 セリアは何を言っているのだろう。

 確かに、一部屋を共同で借りて複数人で使う——というのはありふれたことである。


 勇者パーティでも男部屋、女部屋に別れて共同で使っていた。

 しかし——


「男同士ならお願いしてたが、さすがにそれはな……」


「何が問題なんですか……?」


 まるで意味がわからないと言わんばかりに純粋な顔を向けてくるセリア。

 この子はこの世の汚れというものを知らなすぎるな……。


「いいか、よく聞け。男というのは女と一緒の部屋にいるとオオカミになってしまうんだ」


「ええ……! アルスもなるのですか?」


「いや、俺はならん」


 ……と、ここまで言って気づいた。

 俺の主張は完全に矛盾してしまっている。


 一般論として、若い男女が同じ部屋で夜を過ごせば、何か間違いが起こるものだ。

 しかし俺が無防備なセリアを襲うか? と言われると、そうではないと答えざるをえないのだ。


「なら、良いじゃないですか!」


「いや、その……えっとだな……」


「あっ……もしかしてアルスは、私と同じ部屋で寝るのが嫌なのですか……?」


「ち、違う! そうじゃない! そうじゃないんだ……」


「アルスはオオカミにならなくて、私と一緒の部屋で寝るのも嫌じゃないんですよね? 新しく宿を借りるよりも絶対に安くなりますし……それなのになぜだめなのですか……?」


 セリアの頭上に大量のクエスチョンマークが浮かんでいた。

 確かに、セリアの言うことの方が理屈が通っている。


 考えれば考えるほど、俺が言っていることの方がおかしく思えてくる……。


「そ、そうだな……。特に問題はないな。セリア、今日は泊めてもらっていいか?」


「もちろんです! 今日だけと言わず、ずっと一緒でいいですよ〜!」


 俺が苦渋の選択をするのと対照的にセリアは無邪気な笑顔をぱあっと咲かせ、嬉しそうに俺を迎えてくれたのだった。

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