第7話:付与魔法使いは正体がバレる

 まずは、魔物に襲われている女の子が怪我しないよう、強化魔法バフをかける。


 ——『防御力強化』『魔法抵抗力強化』『回避力強化』『移動速度強化』の四つを付与。


 そして、魔物に対して弱体化魔法デバフを付与する。


 ——『移動速度弱化』『攻撃速度弱化』『攻撃力弱化』『命中率弱化』の四つを付与。


 ここまで、約0.5秒ほど。


 その後俺自身に対して強化魔法を付与し、踏み込むと同時にブルーウルフの鋭い牙が少女を襲う。

 しかし——


「え……? 痛く、ない……?」


 強烈な痛みが襲うことを覚悟し、死すらも考えていたであろう少女は想定外の事態に困惑していたようだった。

 

「ちょっと熱くなるから、俺から離れないで」


「え!? あ、あの……あなたは!?」


 俺は質問に答える間も無く、付与魔法を展開する。


 付与魔法の本質は性質付与。

 全てを付与魔法で再現することはできないが、大抵のことは再現することができる。

 いや、それどころかより強力に改変することも可能だ。


 つまり、付与魔法は攻撃魔法にも応用できる。


 俺を中心に空洞を作り、その周りを焼き尽くす性質をイメージし、付与魔法を展開。


 ——『灼熱の業火プロミネンス』。


 俺と少女の周りを囲むように巨大な炎の壁が出来上がり、触れた部分を一瞬で焼き尽くしていく。

 ドーナツの穴の中にいるような感じなので、めちゃくちゃ熱い。


 少女も少し汗ばんでいるようだ。

 俺の腕にしがみついている格好なので、滑って万が一業火に巻き込まれでもしたら大変だ。


 俺からも少女を抱えるような姿勢になった。


 付与魔法の応用で魔力を使った周辺探知により、周辺の魔物の状況を探る。

 ブルーウルフたちが全滅したことを確認し、俺は魔法を解除した。


「あ、あの……危ないところを……ありがとうございました!」


「どういたしまして。まあ、そんなに大したことはしてないけどな」


「あ、あれが大したことないなんて……もしかしてかなり高位の冒険者の方ですか……?」


「いや? まだ正式な冒険者ですらないぞ。この薬草をギルドに届ければ冒険者になれるらしい」


 言いながら、俺はさっき回収した活力草を少女に見せる。


「冒険者試験でここに来たってことですか!? 試験でこんな場所に……!?」


「ああ、それはそうなんだが……活力草の回収場所をここにしようと決めたのは俺だ。ギルドは特に場所を指定しなかったからな」


「な、なるほど……そういうことですか。って、それにしても強すぎますよ!?」


「まあまあ、俺の話は別にいいだろ? そもそもなんでここにソロなんかで来てたんだ? 失礼な言い方にはなるが、まだ実力が足りてないように思うが……」


 俺は自分の強さを誇示したいわけではない。

 むしろそういうのは勘弁願いたいので、そう言ってもらえるのはありがたいがこの話を長く続けたくはないのだ。

 だから、話題を切り替えた。


「あっそれは……私、勇者になりたいんです」


「勇者……? 勇者ってあの勇者?」


「はい、その勇者です! 私も世界の平和のために勇者になりたいと思っていて、そのために経験値を溜めてたんです! 格上の魔物を倒した方が経験値効率も良いですし。ですけど、死にかけたので反省はしてます……」


 少女が勇者のことを話す瞳はすごくキラキラしていた。


 俺の場合は付与魔法師が当時求められていたから、冒険者としてのキャリアを積まないまま勇者になった。

 この子の場合は、剣を使っているということは剣士なのだろう。


 剣士が勇者になるには、既存の勇者より強くなければなることは難しい。

 そのためにまずは冒険者になって地道に強くなろうとしていたというわけか。


 俺から言わせれば勇者なんてこれほど憧れるほど良いもんじゃないんだがな……。

 そう思った時には、つい言わなくても良いことを口走ってしまっていた。


「夢を壊すようで悪いが……剣士は既に勇者パーティにいる。なかなか茨の道だと思うぞ」


 しかし、返って来た反応は意外なものだった。


「大丈夫です! 私、剣士ではないですよ! 剣聖ですっ!」


「剣聖……?」


「はい、剣聖です」


 剣聖……どこかで聞いたことがある。

 そうだ、昔読んだことがある古文書に書いてあった気がする。


「つまり、ユニークジョブか」


 剣士や魔法師、回復術師、付与魔法……etcのような一般的なジョブではなく、特別なジョブが神から与えられることがある。


 同時に生存しているのは世界で各ジョブごとに一人ではないか——とまで言われるほどに稀有な存在だ。


 強くなるためにたくさんの経験値を必要とする反面、成長すれば通常のジョブとは比べ物にならないほど強くなると言われている。


 剣聖の場合は同じく剣を扱う剣士と比較されがちだが、評価としては剣士の完全上位互換に当たるとされている。

 まだ成長途上だが、剣聖なのであれば勇者になることは夢でもなんでもない現実的な目標と言える。


「そうです! 私、頑張れば勇者になれるって聞いて……頑張ろうって思いました!」


「でも、勇者なんてそんなに良いもんじゃない……と思うぞ」


 俺は内情を知っているだけに、勇者なんて冗談でも勧められない。特にこの子は話していると本当に無垢で純粋な子だろうということが伝わってくる。


 こんな良い子をあんな場所に送り込みたくない。

 やんわりと説得していたところ——


「確かに大変だということはわかります! でも、付与魔法の勇者アルス様と一緒に冒険するには勇者になるしかないはずです!」


「ブフッ」


「ど、どうしたんですか!?」


 いきなり俺の名前が出たものだから、めちゃくちゃ驚いてしまった。

 変なやつだと思われたらどうしよう?

 いや、もうすでに思われてるな。じゃあいいか。


「な、なんでもない。なんでその……アルス様と冒険したいんだ?」


「私、アルス様が大好きなんです! いえ、愛してます! アルス様のお嫁さんになるために、まずは一緒に冒険して、私のことを知ってもらおうと思うんです!」


「ブフッ」


「……!?」


「す、すまない。君の夢を笑ったわけじゃないんだ……。でも、会ったこともない相手だろ? なんでそこまで好きになれるんだ?」


 恐らくこの子は戦闘にあまり向いていない。

 ブルーウルフの群れを相手に身動きできなくなってたしな……。


 本人もあまり魔物と戦うのは好きではないだろう。

 それでもなお弱みを克服して勇者なんかになろうと言うのは、よほどの強い想いがないとできることではない。


「アルス様は命をかけて私を救ってくれたんです。私、恩返しをしたいと思ってて、アルス様のことをずっと考えてたら大好きになっちゃったんです。もうこれは、お嫁さんになって一生ご奉仕するしかないと思うのです」


「お嫁さんはともかく、アルス様がそんなことを……な」


 う〜ん、全然思い出せないな。

 この子を助けたことなんてあったっけ?


「もう三年も前ですが、私の故郷——ルーリア村に魔物の軍勢が押し寄せてきたことがあって、その時村はピンチになりましたし、私は魔物に殺されそうになりました」


「ああ、あの時か」


 完全に思い出した。


「確かあの時はたまたま勇者パーティが物資の補充のために立ち寄ろうとしたところがルーリア村で、俺と同じくらいの歳の子が避難に遅れて魔物に捕まってたから助け出したんだよな。確か、その子の名前はセリア・ランジュエット——」


 あっ、うっかりここまで言っちゃったけど俺の正体、バレてないよな……?

 できることなら隠し通したいが……。


 ジーッとセリアは俺のことを見た。


「な、なんでそんなに詳しいことまで知ってるんですか!? しかも、私の名前まで……」


「い、いやそれはだな……」


「あっ、わかりました。あなたがアルス様なんですね! よく見たらあの時の少年にすごく似てる気がします!」


 自信満々に俺のことを勇者アルスだと断定するセリア。

 さすがにこれは言い逃れするのは無理そうだな……。


「あれ? でもそれだとおかしいですね……。アルス様は勇者パーティ所属のはずです。冒険者をしているのはおかしいです」


「まあ、その疑問はもっともだと思うよ。勇者アルスはちょうど今朝に勇者パーティを追い出されて冒険者になったんだよ。もう今はただのアルスでしかない」


「な、なるほど……アルス様がそんな大変なことになっていたんですね……。ということはやっぱりあなたがアルス様!」


「ま、まあな……」


「信じられません! ずっと会いたかったアルス様が目の前にいるなんて!」


 完全に俺のことをアルスだと信じ切っているのだろう。

 セリアは俺の胸に飛び込んできたのだった。


 まあ、偽物なら大問題だが、本物だし別にいいのか……?

 っていうかもしかしてさっきのセリアの話からすると——


「も、もしかして俺と一緒にパーティやるとか言わないよな……?」


「あ、その方が都合いいですね!」


 やっぱりついてくる気だ……!

 不本意ではあるが、行動の自由がある以上は勝手についてくる者を止めることは俺にはできない……か。


 しかしまぁ、剣聖——ユニークジョブなのなら、きちんと育てれば既存の勇者よりも強くなるだろう。

 それなら、俺の目標である平穏な日常を取り戻し、二度と災厄が起こらないようにするためには魔王の討伐は必須。

 その目的には合致する。


 意図しない形ではあったが、結果的には悪くない。


 ともあれ、俺のソロ冒険者ライフは一日保たずに終わりを迎えたようだった。

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