第6話:付与魔法使いは最後の試験を受ける

「す、すげえええ……」


「Cランク冒険者に勝っちまうなんて、あいつ何者なんだ!?」


 後ろで見ていた二人の冒険者志望者からそんな声が聞こえてきた。


 しまった……。目立つつもりはなかったのが、うっかり目立ってしまったようだ。

 俺は周りにすごいと思われるために強くなりたいと思ったわけじゃない。


 むしろ目立つと否が応でも面倒ごとに巻き込まれてしまうことを分かっているから勇者パーティでもなるべく目立たないようにしていたくらいなのだ。


「名前……なんという?」


 さっきまで決闘していた試験官が尋ねてきた。


「アルス・フォルレーゼだ」


「アルス……勇者パーティの付与魔法師か!?」


「いや、勇者ではないぞ。勇者ならここで試験を受けてはいないだろ?」


「う、うむ……確かにそれもそうか。それに、アルスは付与魔法師の域を超えてるからな……」


 それはさすがに過大評価だと思うがな……。

 上には上がいる。


 俺は、自分が規格外などと自惚れてはいない。


「それにしても、さっきはそのなんだ……悪かったな」


 地面に落ちたヅラを横目で見つつ、俺は改めて謝罪をした。


「あ、ああ。これが真実の姿だからな……。アルスが悪いわけではないさ」


「もし良ければなんだが……生やそうか?」


「生やす? 何をだ?」


「その……髪のことだ」


「そ、そんなことができるのか……!? これまでに軽く500万ジュエルは投資してるんだが、全く毛根が復活する気配がないんだが……」


 この国の通貨はジュエルというものが使われている。

 冒険者の収入はピンキリだが、一般の労働者の収入は毎月30万ジュエル程度。


 一年半以上の収入を毛根に投資していたことになる。

 中にはこうした治療を施すことで毛根が復活し、髪が復活する者もいるが、復活しない者も大勢いる。


 ハゲは恥ずかしいことではないと割り切ることができれば幸せなのだが、そう割り切れる人間ばかりではないというのがこの世界の悩ましいところである。


 むしろハゲる理由の一員としてストレスというものがあることが分かっている。


 ハゲていること自体がストレスになり、そのせいでさらに深刻なハゲに繋がる無限悪循環に陥ってしまう者も多いのだ。


「できる。ちょっと頭を貸してくれ」


 俺は試験官のツルツルな頭の上に手を翳し、付与魔法を構築する。


 毛根が復活し、再び力強い髪が生えてくることをイメージして性質を付与する——


「よし、できた」


 その瞬間、ニョキニョキと力強い髪が生えてきたのだった。


「う、うおおおおお!!!!」


 長年の悩みの種が解消されたのか、ものすごく嬉しそうだ。

 これほどまでに喜んでくれたら俺も嬉しい。


「ありがとう……本当にありがとう!」


「ど、どういたしまして……」


 ちょっとドン引きするくらい感謝されてしまったようだ。

 試験官に俺の手を両手で握られる。


「この恩は一生忘れない! 俺の名前はクリスだ。これから何か困ったことがあったら俺に相談してくれ!」


「お、おう……ありがとな」


 ハゲをバラしてしまったお詫びのつもりくらいでしかなかったのだが、困った時の相談相手が増えるのは良いことだ。


「アルスさん、合格おめでとうございます。それでは、次の試験——と言っても最後の試験ですが……準備はよろしいですか?」


 ニコニコ顔の受付嬢が俺に確認してきた。


 そう、まだ試験は終わっていないのだ。


 本物の依頼と同等難易度の試験をクリアして初めて冒険者になることができる。


「いつでも大丈夫だよ」


「さすがですね……。普通は実技試験が終わった後はクタクタになって後日とするのですが……では、内容をご説明するので一旦ギルドに戻りましょう」


「ああ」


 俺は返事をして受付嬢の後ろをついていった。


 やや裏庭から離れたところで、少しだけ気になっていたことを確認する。


「クリスの髪のことって知ってたのか?」


 ヅラが落ちた時、受付嬢は笑顔ではあったが驚いた様子はなかった。

 初めて知ったにしては引っかかる反応を不思議に感じたのだ。


「もちろん知ってましたよ! というか、気づかれてないと思ってたのはクリスさん自身くらいだと思います」


「そ、そうなのか」


「今までもたまにズレてましたし……」


「………………」


 俺はなんとも言えない気持ちになった。


 ◇


「今回の最終試験の内容は、採集依頼です」


 受付嬢は本物さながらの依頼書を俺に見せながら説明する。


 最終試験の内容は、毎回バラバラなものになるらしい。とはいえ通常の依頼と同じく討伐・採集・護衛など基本的な形式になる。


 いくつかのパターンがある依頼書からランダムで選ばれる。


 今回の俺の試験は採集になるようだった。


「アルスさんには、ポーションの材料となる『活力草』を20本採集していただきます。ただし、制限時間は5時間。上手く戦闘を避けるもよし、戦闘をしつつ効率的に回収しても構いません」


 活力草というのは、受付嬢の説明からもあった通り、生命力を回復させるポーションや魔力を回復させるポーションの原料になるものだ。


 高ランク向けの狩場ならありふれたものだが、低ランク向けの狩場だと生えている数が少なく集めにくい。


 広範囲を移動しなければならないため、避けたくても魔物とエンカウントする場合もあるだろう。


 集める数が少なければ上手く魔物との遭遇を回避することもできるだろうが、5時間という時間制限が難易度を引き上げている。


 Eランク冒険者にとっては5時間で20本を集めきるのはややハードな内容かもしれない。


「ただ、お察しの通り……やや採集試験としては、やや難しめの内容だと思います。しかし、圧倒的な試験結果を出されたアルスさんならクリアできるはずです。試験とはいえ、少しですがきちんと報酬も出るので頑張ってくださいね!」


 報酬ももらえるのか!

 Eランク依頼程度の報酬だと雀の涙だとは思うが、少しでも貰えるのはありがたい。


「ああ、問題ないと思う。5時間後にここに戻って来ればいいんだな?」


「はい、その認識で構いません」


「一応の確認なんだが、採集のついでに魔物を倒した場合は、それも買い取ってもらえるんだったよな?」


「もちろんです。今回は制限時間がある依頼なのであまりお勧めはしないのですが……」


「ちょっと気になって聞いてみただけだ。気にしないでくれ」


 俺は受付嬢から依頼書を受け取り、冒険者ギルドを出た。


 ◇


 ベルガルム村を出た俺は、村から北東に位置するイスタル森林を目指した。


 今回採集するもの——活力草は、周辺にいる魔物の魔力にあてられて成長するという特性がある。

 そのため低ランク向け狩場では自然に生えにくく、高ランク狩場ではありふれた存在になるのである。


 逆にいえば、ギルドからは採集する場所を指定されてはいないのだから、最初から高ランク向けの狩場で楽に回収してしまえばよいと考えた。


 勇者パーティ時代にこの辺りの魔物のおおよその強さは理解している。

 魔物の強さがソロでなんとかできる程度の強さでかつあまりベルガルム村から移動して時間がかからない場所——そこが、イスタル森林だった。


 たくさんの木々が生える森林の中を歩いていると、さっそく活力草を見つけた。

 それも、まとめて10本生えている。


 至る所に生えているので、すぐに20本くらいなら集まるだろう。


「ピギィ!」


 その時、足元からネズミ型の魔物が飛び出してきた。


 グリーンラット——防御力は大したことがないが、とにかく素早く毒牙による攻撃力が高い。


「うるさい」


 俺は飛びかかってきたグリーンラットの動きを正確に見切り、足で急所を蹴飛ばした。


「キュウゥ……」


 他にも複数の魔物が俺を狙っていたようだが、グリーンラットがワンパンされたことでそそくさと逃げてしまった。


 例外はあるが強い魔物になるほど知能も高くなる傾向がある。

 勝てない相手には挑まない——懸命な判断をしたということだろう。


 いや、知能が高いからこそ強い魔物になるのかもしれない。


 どちらにせよ、採集がやりやすくなってありがたい。


「よし」


 目的の活力草20本を回収し終えた。

 しかし、ギルドに戻ろうと村を目指して移動を始めたところ——


「や、やめて! こないで————!!」


 悲痛な声を漏らす女の子の声がした。

 一人——ということは、俺と同じくソロ冒険者か。


 どうやら、魔物の群れに突っ込んでしまい、大量の魔物に囲まれてしまったようだ。


 魔物の種類は、ブルーウルフか。

 縄張りに踏み込みさえしなければ積極的に人を襲うことはないが、縄張りには特に目印となるものがないため、青いウルフに常に警戒しなければならない。


 他に一人で考えることが多いソロ冒険者にとってはトラップのような存在である。


 襲われていたのは、金髪碧眼の美少女。

 サラサラのロングヘアーに、一切の無駄がない華奢な肢体。しかし華奢ではあるが、胸は大きい。


 一言で言えば、まるで御伽噺に出てくるお姫様のような美少女だった。


 剣を持っているのでおそらく剣士だとは思うのだが、腰を抜かしてしまって動けそうにない。

 既に何度か攻撃を受けているのかローブの装甲が剥がれてしまい、防御力が下がってしまっている。


 防戦一方でかなり苦戦しているようだ。


 あのままだと、確実に死ぬな……。


 仕方ない。

 あまり他の冒険者に干渉したくないが、このまま放っておいて嫌な知らせを聞いても寝覚めが悪い。


 助けるとしよう。

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