第15話

 リージが、自分の家族に会ってほしいと言った。結婚はハイルの家族に会ってからになるが、まずはとにかく自分の家族に紹介したいと。

 ハイルは、エピークの会社の人から映話がかかってくることになっているから、それまでは外出できないと答えた。エピークに、静杯会のことを教えてほしいと言われた。担当者に連絡させるから、訊かれたことになんでも答えてほしいと。

「そうなんだ」

 リージは少し落胆の表情を見せてから、「ああ、そういえば」と言った。

「俺がプレゼントした記憶、どうした?」

「あ」

 すっかり忘れていた。前は確か、忙しさを言いわけにしたはず。

「まだダウンロードしてない」

「まだしてないの?」

「うん。忙しいし、もったいなくて」

「ダウンロードしてよ。その、親戚の会社の用事?が終わったら、俺の家族に会って、指輪つくって、クリニックに行こう。仕事も辞めて、住む場所も探そう」

「そんな一度にたくさん言わないでよ」

 リージが細かいことを憶えていること、記憶をダウンロードせずに売ってしまったことを言えない自分に苛立った。

「わたしは大変なことがあったばかりなんだよ。人が目の前で殺されるし、警察からいろいろ訊かれるし、家族も先生もみんな逮捕されるし。少しはゆっくりさせてよ」

「ごめん」

 リージは謝ったが、どこか不満そうな顔だ。

「でも、結婚するのは嬉しいよね?」

「嬉しいけど、頭の中がめちゃくちゃなの。リージの家族に会うのは緊張するし、仕事辞めるのも急すぎるし、あんまり簡単に言わないで」

「仕事辞めたくないの?」

 リージは目を丸くする。

「辞められるなら嬉しいけど、辞めるとか、アオと会えなくなるって、考えたこともなかったから」

「アオ? それってもしかして、あの店のセクサロイドのこと?」

「そうだよ」

「どういうこと?」

「どういうことって、一人だけの、友達っぽい存在がアオだから」

「本当に?」

「それに、別の仕事して稼げるかどうかわからないし」

「俺がハイルを養うよ。ベーシックインカムもあるんだし」

「それだけじゃ足りないよ」

「もしかして、静杯会を続けるつもりなの?」

「わたし、静杯会を辞めるって言った?」

 ハイルは心底驚いた。

「そんなこと言ってないよね?」

「満足に稼げないんだったら、結婚しても今の仕事を続けるってこと?」

「そうだね」

 リージは言葉を失ったようだ。

「リージ、どうしたの?」

「信じられない」

 リージは首を振った。

「ハイルは、今の仕事が嫌なんだよね? 全部、お母さんとかに言われてしてたことなんだよね?」

「うん。嫌だよ」

「じゃあ、なんで続けるっていう選択肢があるの?」

「だって、仕方ないでしょ」

「仕方ない? 静杯会のために?」

「会のためっていうか、家族と自分のためにだよ」

「これからは、俺が家族なんだよ」

「お父さんとお母さんとお兄ちゃんも家族だよ」

「俺より、静杯会が大事?」

「そんなことない」

「じゃあ、仕事は辞めてよ」

「それは、家族と相談しなきゃ」

 リージは泣きそうな顔になり、玄関へ向かった。

「リージ?」

「帰るよ」

「どうかしたの?」

「とにかく、今はもう話したくない」

 リージは出て行った。


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