第14話
初めての無断欠勤。初めてリージを家に招いた。初めて自分の部屋で母以外の人と一緒に寝た。
目覚めると、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。隣では、狭いベッドで密着したリージが寝息を立てている。
頭がぼーっとする。わたしはどうかしてしまったのだろうか。変な薬物なんて、一度もやったことはないけれど、やってしまったみたいな気分。
なにかを忘れている気がする。そう思った時、映話機のけたたましい呼び出し音が鳴った。身じろぎしたリージを部屋において、居間の映話機に駆け寄る。
警察からの連絡だった。家族三人は保釈請求をせず、保釈金の支払いを拒否しているが、代わりに払う気はないか、と言われた。
さっさと払ってくれと言わんばかりの口調だった。きっと、保釈したいのだろう。ハイルは、少し考えさせてください、と答えた。
保釈金は、三人分でも、絶対に払えない金額ではなかった。今月分の静杯会に送る予定のお金が手元にある。それをすべて使い、テーブルか電子レンジかなにかを売れば、足りるだろう。
しかし、三人が保釈金の支払いを拒否したということは、三人は、静杯会への支払いを滞らせたくないと思っているということだろう。今の静杯会の状況がどうなっているのかはよくわからないけれど、簡単に静杯会のシステムが壊れてしまうとは思えない。三人も、きっとそう考えている。
自分が三人の保釈金を払うことを三人は望んでいない。話さなくても、それくらいはわかる。静杯会への支払いを優先してほしいと思っているだろう。
でも、このまま何か月も一人で暮らさないといけないなんて、耐えられるのだろうか? リージがいてくれるとしても、これまでのハイルにとって、両親と兄は自分のすべてだった。いきなり、リージがいるから百パーセント大丈夫なんて、そんなことにはならない。
三人に帰ってきてほしい。でも、保釈金を払ったら、怒られてしまう。保釈拒否をするかもしれない。
これはもう、被害者に訴えを取り下げてもらうしかない、と思った。ハイルには、民事と刑事の区別はつかなかった。そして、ハイルにとってこの事件の被害者は、エピークだった。
ハイルは、エピークに映話をかけた。取ってもらえないかもしれないと思ったが、意外にもあっさりとつながった。
映像はオフにされていたが、エピークの声が聞こえた。
「ハイルか?」
「はい。あの、なんと言ったらいいか、あの、すみませんでした」
「ありがとう」
「え?」
「ハイルが裏切ったから、どうにかうちの会社のデータは盗まれずに済んだって聞いた。あと少し、うちの社員がアクセスして気づくのが遅れていたら、まずかったって」
あの時、ハイルは緑ジャージ社畜を中に入れたのだ。そのあと、警察が来た。
「裏切った?」
確かにあの時、シュンリが言っていた時間よりも、二分ほど早かった。フレジャイルが、あの人を入れろと言ったから。
ハイルにとって、フレジャイルは細基レイではなく、フレジャイルのままだった。フレジャイルはどさくさに紛れ、いつの間にか姿を消した。
「裏切ったんだろ? 違うのか?」
エピークの声が険しくなった。
「……わからないんです」
「わからない?」
「そんなことより、うちの家族のことなんです。三人とも捕まってしまって」
「知ってるよ」
「勝手なお願いだっていうのはわかってるんですけど、訴えを取り下げてもらえないでしょうか」
「なに言ってるんだ? 訴えるとか、そういう問題じゃないんだよ。三人は、犯罪者だから捕まったんだよ」
「どうにかしてもらえませんか?」
「ふざけるなよ。きみのことはかわいそうだと思うよ。変な思想を刷り込まれて、恥ずかしい仕事をさせられて、犯罪の片棒を担がされて、家族全員逮捕されて、最悪だよな。でも、そろそろ、自分の馬鹿さに気づいたほうがいいと思うよ」
「……そうですか」
諦めが忍び寄ってきた。エピークとは、話が通じない。やはり、エピークと自分たち家族は違いすぎるのだ。わかってくれるはずがない。
「家族とは縁を切って、一人でやり直したほうがいいよ。若いんだし、ある意味素直でいい子なんだから、どうにでもなるよ」
「そんな、家族と縁を切るだなんて」
「とにかく、俺に言えるのはそういうことだけだから。じゃあ――」
「ちょっと待ってください」
「なに? 忙しいんだけど」
「お願いします。家族を許してください」
「許すとか許さないとか、そういう問題じゃないんだよ。司法の問題だから」
「許してください。悪気はなかったんです。わたしたちはもう、ただ必死で」
もうよくわからなくなってしまった。エピークの被害がどういうものなのかも、両親と兄がどこまで自分たちがしたことをわかっていたのかもわからない。ただ、心細くて、不安だった。エピークは少なくとも、お金を持っているし、偉い立場にある。エピークを敵にしたくなかった。わかった、いいよ、許すから、と言ってほしかった。
「じゃあ、そうだな」
エピークの返事は、予想していないものだった。
「きみが俺のためになることをしてくれるんだったら、許してあげてもいいよ」
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