STAGE2
鈴村健二君は今年22歳。昨年大学を卒業して、今の会社に勤めたばかりの新米サラリーマンである。
酒も呑めないし、煙草も喫わない。
ギャンブルにも手を出したことがなく、女遊びさえ一度もしたことがない。
鈴村君が”彼女”と初めて会ったのは、会社に入社して半年も経たない頃だった。
新入社員歓迎会の後、二次会と称して、先輩に連れていかれたのが”フーディーニ”という名のショーパブだった。
その道に少しでも知識のある方なら、もうお分かりだろう。
19世紀末から20世紀にかけて世界に名を轟かせた大マジシャン、ハリー・フーディーニが由来・・・・そう、つまりはマジックを専門に見せる店ということだ。
先輩というのがアマチュアのマジシャンで、つまりは”同好の士”を募ろうという下心もあったのかもしれないが、残念ながら彼にはそっちの方も全く興味がなかった。
しかし酒ばかり呑まされる店よりははるかにましというものだ。
彼は何となくという感じで、ノンアルコールビールを舐めながら、ステージを眺めていたが、彼女が上がって来た時、
『全身に電気が奔ったんです』ということだった。
若く、美しく、華麗に見せるテーブルマジック・・・・鈴村君はすっかり魅了されてしまった。
彼女の名前は、
”ミラクルレディ・ルミ”と言った。
無論本名ではない。
ステージネームという奴だが、それからというもの、仕事が終わると先輩の誘いのあるなしに関わらず、”フーディーニ”に通いつめ、彼女のステージに魅入った。
『で?』
俺は目を輝かせながら話す彼を、うんざりしながら見つめ、言葉が切れたところで問い返した。
『で、私に何をしてくれっていうんです?』
『彼女の事を調べて欲しいんです。声をかけようにも、こんな性格でしょう?それも出来ない。だからここはプロの手を借りようと思ったんです。』
『私が調べたら、声がかけられるんですか?』俺の少しばかり毒を含んだ答えにも、彼は全く動じることなく頷いた。
『僕だって男です。最後は自分で何とかします。』
彼はそう言って、何杯目かのコーヒーを飲み干し、はっきりした口調で言った。
『分かりました。いいでしょう。料金は平賀氏から聞いているとは思いますが、一日6万円に必要経費。万が一拳銃を使わねばならないと言った場面に遭遇した場合は、危険手当として4万円の割増し料金を付けます。後はこの』
俺は後ろに手を伸ばし、デスクに立てかけてあったケースから、書類を引っ張り出して彼に手渡し、
『契約書を読んで、納得が出来たらサインを願います。』そう言ってシナモンスティックを取り出し、音を立てて端を齧る。
鈴村君は丁寧に契約書を読んでから、ボールペンを取り出してサインをし、返して寄越し、懐の財布から、着手金にしてくださいと言って、きっちり10万円を現金で取り出し、
俺はそいつを受取り『結構、では早速仕事にかかります』と答えた。
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