ミラクルレディ・ルミ
冷門 風之助
STAGE1
★これは今からざっと五~六年前の記録である。
従って、昨今大流行の”新型ナントカ”もまだない。
極めて暢気な時代である。
”現代の世相に合ってないじゃないか”なんていう無粋なツッコミは無しにしてくれ。
乾宗十郎敬白
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ステージの上では一人の女性がスポットライトを浴び、観客からの拍手喝さいの中、華麗にマジックを演じている。
緑色のシルクハットに、真っ赤なスパンコールの上着、その下は白いハイレグのレオタード風衣装に黒タイツ、足には 真っ赤なハイヒール。
”写真とそっくりだな”俺は思った。
目の前に置かれたテーブルには、大きく『?』と描かれた真四角の箱が置いてある。
彼女はドラムロールに合わせ、いつの間にか取り出したステッキで、箱の上を二三度たたく。
すると大きな音と共に、箱が開いた。
最初に飛び出したのは白い鳩、次は七色の花吹雪。
ステージを囲んだ客席から、再び拍手が巻き起こる。
見事なものだ。
彼女は被っていたシルクハットを脱いで、観客に向かってお辞儀をした。
顔立ちもスタイルも、日本人離れしたところがある。
俺は客席の一番後ろ、入り口のドア近くにもたれ、腕を組んで彼女を凝視していた。
金を払って観に来ているんなら、俺だって拍手の一つもしただろう。
しかし残念だが、俺は客じゃない。
これは純然たる金銭の発生する行為。
つまりは仕事、依頼なのさ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その青年が新宿四丁目の、通称三角ビル5階にある”乾宗十郎探偵事務所”のドアを最初にノックしたのは、まだ寒さの残る二月終わりの事だった。
彼は首の周りに捲いていたマフラーを取り、コートも脱がずに深々と頭を下げてから名刺を取り出して俺に渡した。
『弁護士の平賀市郎先生のご紹介で来ました。』
几帳面な声で言うと、そこでやっとコートを脱ぎ、俺が勧めた洋服掛けも『いえ、結構です』と断り、ソファに腰かけながら丁寧に畳み、持っていた鞄をその上に乗せ、腰かけた。
名刺には、それほど大きくはないが、そこそこ知られた事務機器の販売会社の名前があり、その下に”営業部第二課、鈴村健二”と、控えめな活字で印刷されていた。
『平賀弁護士から聞いていると思いますが・・・・私は反社や犯罪とも縁がなく、尚且つ離婚や結婚、恋愛関係と無縁であれば、大抵の依頼はお引き受けします。と、その前に』俺はそこで言葉を切り、キッチンから持ってきた耐熱ガラスのコーヒーポットから、目の前に置いたカップに淹れたて(残念だがインスタントだ)の熱いやつを注いでやり『まずお話を伺いましょう。その上で依頼の諾否は決めさせて頂くという事で如何ですか?』彼は俺が淹れたコーヒーのカップを両手で包むようにして持ち上げ、一口だけすすると、
『是非引き受けて頂きたいんです。ここしか頼る先がないんです』と、まずこっちのウィーク・ポイントをくすぐる殺し文句を口にしてから、またコーヒーを飲み、それからゆっくりと話し始めた。
『貴方へのご依頼は・・・・』鈴村氏は、懐から一枚の写真を取り出し、
『この女性について調べて欲しいんです。お願いします』
マジシャンだった。
え?
”見ただけで何故分かる”だって?
憚りながら俺は名探偵だぜ…‥と言いたいところだが、そんなんじゃない。
派手なグリーンのシルクハット。
スパンコールの燕尾服。
大きな赤い蝶ネクタイ。
レオタード風の衣装。
馬鹿でかいトランプを持ってポーズをとっているんだぜ。
誰だってそんなことは直ぐに分かるさ。
『恋をしたんです。彼女に』
彼は顔を真っ赤にし、もう一度コーヒーを飲み、思いつめたような声を出した。
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