第11話 (11) 学歴が無ければ、学力も無いのか?

(11) 学歴が無ければ、学力も無いのか?


菜月が来て、一年とちょっと。亜紀が戻ってきてからも一年。

中学校の教材ももうすぐ終わりそう。もちろん間違いはある。間違えた所は赤ペンで答えを書く。

教材の学年毎の一教科、修了する度のお小遣い、一万円が菜月の洋服や化粧品代になった。

化粧品と言っても基礎化粧品の地肌手入れ用や薄い口紅など。アイメイクなどはまだ手を出していない。

髪も黒髪になり艶が出て、肌も明るく、亜紀と話すうちに言葉使いも覚え、料理も一通り出来る様になった。

菜月も18歳になった。お嬢様とはいかないが、可愛い娘さんだ。

そう言えば、菜月は”オレ”が徐々に減っていき、今は”私”になってきている。

約束?だった、健太郎の禁煙は、、、まだ、出来ていない。


菜月のお母さんからは健太郎へ、月に一度は電話がある。

元気か?迷惑掛けていないか?会いには行かない。父親は会わないと言ってる。

「俺の事を責めるなら会わない」といつも怒るらしい。

菜月の事、ありがとう。といつも言って電話は切れる。

【菜月の方から会わせに行こう。タイミングは、、、、いつにしようか、、、】健太郎、思案。

菜月用の携帯電話を購入した。でも菜月はほとんど利用しない。健太郎と亜紀とのメールやライン、電話くらい。

ツィッターもインスタグラムもしない。理由は友達がいないから。


「菜月、高校へ行ってみないか?」


「高校?行ける所、あるの?……私でも行ける所あるの?」

「通信制とか単位制とか、年齢関係無く通える所があるよ。」

「ヤンキーとか陰キャとか多いんじゃないの?」亜紀がちょっと心配する。

「中にはいるだろうけど、色んな人が要るらしいぞ。毎日行かなくて良いし、受ける授業で人が入れ換わるらしいし、一度見学してみるか?」

「う、、、うん、行ってみる。」

お茶の水駅の近く、『未来学園通信制高校お茶の水キャンパス』

学科は、進学(大学、専門学校進学向け)、経済(一般就職向け)、IT(プログラム、システム開発)、クリエイティブ(漫画、アニメ、映像、音楽向け)、

ファッション(服飾、メイク、理美容、ネイル)など。姉妹校に専門学校があり、それぞれの専門コースがある。

通信制と言っても、学校へは週に1日行けば、残りはリモート授業か、自分の都合のよい時間に授業の映像を見て、リポート提出したり、

週5日、学校へ通っても構わないし、自分に必要な授業をコース外で選択しても良い。

午前中が共通の一般教養。午後から各専門コースの授業。

制服はある。私服でも良い。髪の毛の色やタトゥー、ピアスも自由。校則は社会一般常識及び法律に準拠。

在学生の年齢も、16歳から50歳代までいる。LGBTの人もいる。対人恐怖症の人用の個室もあり、リモート授業が受けられる。

普通の高校へは行きたくなかった人、いじめや妊娠で高校を中退した人、夜のお仕事を続けながら通う人、改めて行き直している人。

トラブルはほとんど無いらしい。多種多様、あらゆる価値観、社会的弱者と呼ばれる人の多い環境ゆえにそれぞれが認め合う雰囲気。

東大へ行ける程の偏差値を持つ人と、小学校程度の学力の人が教え合い、話し合い、助け合う。

「ここ、行ってみたい。私でも受け入れて貰えそう気がする。」菜月の目が輝いている。

「うん、友達とか出来れば良いな。」

「でも、、、お金、、、どうしよう。おじさんに出して貰うの、そこまでして貰う事、、、出来ない。」

「じゃ、お父さんとお母さんに頼みに行こう。一緒に行こう。今の菜月なら、大丈夫だと思うよ。」


健太郎と亜紀、そして菜月。菜月の両親が待っているスナックシルバーを訪ねた。

【う~ん、、、殴られるかな、、、顔はヤダな、、、腹も痛いよな、、、距離、保っとかなくちゃな、、、ハハハ、、】


「ど、どうも、はじめまして。須藤健太郎です。」

「あ~、貝野瀬竜男っす。菜月が、娘が世話かけとります。」大柄な強面の菜月のお父さん、竜男が神妙なおもむきで挨拶してくれた。

「菜月、、、、あんた、変ったね、、、やっぱ、私らが駄目だったんだね。須藤さん、、、すみません、、、ありがとう。」同じように、母、由香里も礼を言ってくれた。

「い、いえ、元々、菜月ちゃんは良い子だった様ですよ、、、お、俺も感心しました。」健太郎、思ってたより迫力の無い場面にちょっと戸惑う。

「そうですよ。菜っちゃんは良い子ですよ。私、大好きです。」亜紀が笑顔で言う。

「……ワシ達は、人間が出来てないから、、、子どもなんて育てられないと思ってたんです。どうして良いか分からなかったし、、、学校とかは偉そうに分からん話をするし、、、」


「今日は、菜月ちゃんの事でお願いしに来ました。……お願いします。菜月ちゃんを高校へ行かせてあげて下さい。」健太郎、素直に頼んだ。

「でも、菜月は、、、この子は満足に中学も行ってないのに、高校とか行けるんですか?」心配そうに由香里が聞いてきた。

「通信制の単位制の高校があります。色んな人が通っています。認め合っている様です。それに、中学校の勉強もある程度、理解できてますよ、菜月ちゃんは。」

「そんな学校、聞いた事は有ります。ワシ達の時にも有ったけど、、、結局、ワシ達は高校へは行かず、働き始めて、、、ハハ、二人とも中卒ですわ。」

「中卒でも、大卒でも、社会に出て何かの役に立てていれば、関係は無いと思いますよ。」

「……あんたみたいな人が、小学校の先生だったら、、、良かったのになあ、、、」と竜男がポツリ。

学校へ行かなくなった時の事を、竜男は話し始めてくれた。


菜月、小学校3年生の時、学校から泣いて帰って来た。

「菜月っ!、学校で何があった?!。いじめか?、、、誰かにやられたならやり返せっ!、、、つけ上がらせるんじゃねえっ!」と竜男の怒声。


教室で、キッズ携帯が無くなったと騒ぎがあった。若い男性の担任、谷川は、

「人の物を盗むのはイケない事です。世の中には人の物を平気に盗む人たちが残念ではありますが、居ます。

 学歴の無い人、頭の良くない人、知識の無い人は善悪の判断が出来ない人が多いのです。正直に言いましょう。正直に言ったら、許してあげましょう。良いですか?みんな。」

谷川は、そう言うとクラスの中の数人の所を、順番に回って行き、特定の子に聞き始めた。

「加納君は、取っていませんか?」「鈴木さんは取っていませんか?」「田辺君は取っていませんか?」「貝野瀬さんは取っていませんか?」と。

「取っていません。」と前の3人は答えるが、菜月は善悪の判断が出来ない人と言った担任の言葉がショックだった。

【……学歴の無い人、、、パパとママの事?、、、私も?、、、】菜月の心の中。

菜月は泣きながら「と、取っていません、、、」と答えた。すると、谷川は、

「先生は悲しい、、、正直に言って欲しかった。残念だ。この件は校長へ預ける。」と言って、そのまま下校となったそうだ。


竜男と由香里は校長と担任の谷川を訪ね、事情を聞いた。

谷川は、キッズ携帯が失くなった事。数名の児童に尋ねた事。自ら名乗らなかった事を、校長へ報告した事を話した。

「て、てめえっ~!、人を泥棒扱いしやがってっ!、、、何処にそんな証拠があるんだっ!あるなら出せよっ!」

「落ち着いて下さい。私は一般論を言ったまでです。何もお子さんが盗んだとは言っていません。本人たちにも確認しました。みんなにも許す事の大切さは教えたつもりです。」

「何人かの子供に聞いただけで、お前が取ったのかって聞けば、そういうことだろっ!」

「可能性の高い対象を限定する方法を取ったまでです。家庭環境に問題の無い子は窃盗をする可能性が低いのは自明の理です。」

「家庭が悪いって言いやがるのかっ!、てめぇ~っ!バカにしやがってっ!」

「バカになんかしていません。理論的に話しましょう。感情的になるのは、学力の無い証拠ですよ。」

「な、なんだとっ!、、、中卒だと思ってバカにしやがってっ!」

「中卒かどうか問題では有りません。大学でもFランクとか言うのは有りますから。」

「もう良いっ!こんな奴のいる学校なんか行かせられねえっ!」

「保護者の判断にお任せいたします。どうこうしなさいと言う権限は、私には有りませんから。」


これが、小学校へ行かせなくなった理由だった。

他の地区の小学校へ行かせる方法も探したが、区の教育委員会を訪ねても、喧嘩になった。担当者も担任と同類に見えた。

私立の小学校も当たったが、寄付金が準備できないので諦めた。

地区内で、不登校児を預かる団体へも話を聞きに行ったが、どこかの政党の選挙運動や広報活動をボランティア(無料)で行えと言われ、行かせるのを止めた。

地方の田舎へ引っ越してそこで小学校へ行かそうか、北陸や東北へ仕事で行った時、役場を訪ね歩いて聞いてみた。

菜月と母親のみ地方に暮らし、竜男は残り仕事を続ける事も考えたが、竜男の収入では到底足りない。

由香里は働くと言っても水商売ぐらいしか出来ない。

あれやこれや思い付く事を模索したが、上手くいかない。竜男と由香里の喧嘩は続く。罵り合う。殴る。蹴る。物に当たる。

結局、菜月を外に出さない様にした。自分たちの仕事を継続した。どうすればいいのか分からなかった。

それでも時々、菜月は小学校へ行った。保健室か図書室。特別支援教室へは行かせなかった。由香里が嫌った。「あの子たちと一緒にしないで」

5年生の時の担任が新任一年目の女性となり、家庭訪問に来た。3年生の時の事の謝罪や理想の教育論を述べて帰って行った。

4年生と6年生の時の担任も家庭訪問に来たが、喧嘩腰になった。とにかく学校に来いとしか言わなかったから。

5年生担任の女性とは、連絡帳による菜月との交換日記の様な事が出来はじめていた。

その連絡帳は由香里がスナックへ行く前に学校のポストに入れ、翌日担任が、団地の菜月の家の郵便ポストへ入れる繰り返しだった。

それも束の間。他の児童の保護者からクレームが着いた。

「特定の児童への特別な配慮は不適切です。」

「登校させるという努力を怠っている担任へは不信感が募ります。」

「そもそも家庭に問題があるのなら、家庭内で解決させて、学校へ持ち込まない様に指導してください。」

「一部の子供に合わせるのでは無く、全体的な授業の進行を優先して下さい。」

「偏った学級運営では、児童の学力に影響が出ます。中学受験に支障が出ます。責任がとれるのですか?」

問題児、問題のある家庭は排除の方向だ。しかし、直接的に児童と家庭へは矛先は向けられない。あくまでも担任と学校が悪いのである。

担任、学校、教育委員会へと繋がるルートは、児童や家庭を悪者にしない為のサンドバッグなのだが、それを不満に思う一部の者は一部の家庭を悪者にして、精神を正常に保とうとする。


これまでの事を竜男から聞いた健太郎。号泣している。隣で亜紀が背中を擦っている。

「うぐっ、、グスっ、、、お父さんとお母さん、菜月。誰も悪くないじゃないですか。なんで、、、なんで、、、」

泣く健太郎を見て、竜彦と由香里は【この人なら、信用できる。信頼できる】と感じた。


高校への入学金や授業料、寄付金は竜男と由香里が出してくれる事になった。

「菜月、高校に入ったらアルバイトをしなさい。居候させて貰うんだから、食いぶちや家賃は自分で稼ぎなさい。」と由香里。

「うん。アルバイトする。しても良いでしょ、おじさん。亜紀さん。」

「ああ、良いよ。働いて、そこで人との繋がりも学んでみたら。」

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