第8話 (8) うんちドリル。始めました


(8) うんちドリル。始めました。


暮らし始めて1ヶ月。

菜月は掃除や洗濯を毎日の様にしてくれている。

お風呂掃除も週一回、してくれるようになった。俺が見本を見せると、大体できる。物覚えは良い方なのかもしれない。

ごはんも朝、3合仕掛けると、お昼に菜月が少し食べ、夜、二人で食べてもよく残ってしまう。

そうすると次の日、菜月はそれでチャーハンを作ったり、ドリアにしたりして昼食にしている。

スーパーに行けば、チャーハンの素やドリアのレトルトがある。

一緒にスーパーへ買い物へ行くと、あちこちの棚を見て、「これ、何?、、、おいしい?、、、作っても良い?」とよく聞いてくる。

オーブントースターも使える様になった。ちゃんとミトンをしてやけどしない様にしている。

【良いぞ。菜月。偉いぞ。】ちゃんと言葉にして、頭を撫でてやりたいが、まだ出来ていない。


健太郎、ベランダに出て一服する。菜月が追いかける様にベランダに出てくる。

「ん、、、煙草か?」

「ううん、要らない。もう吸わない。やっぱ、美味しくないし、、、身体に悪いから、、、」

「良い心がけだ。偉いな。」

「おじさんも止めれば、、、身体に良くないよ、、、ゴメン、オレが言っても似合わねえな。」

「う~ん、、、考えてみるかな、、、菜月が”オレ”って言わなくなったら、考えよう。」

「何だ、それ?、、、関係ねえし、、、」

「ハハっ、きっかけが欲しいだけだ。気にするな。」

「変なの、、、」


「お母さんへは連絡してないのか?電話貸そうか?」

「してない、、、」

「……行ってみるか。俺も一緒に行くから。菜月はまだ未成年だから、親の承諾がないと、駄目だろうし。」

「行かない、、、行きたくない。」

「そうか、、、、菜月になにかあったら連絡しないといけないから、住所とお母さんの電話番号、書いておいてくれるか?」

「うん、」菜月は差し出したチラシの裏にボールペンで書いた。

”川崎市幸区***一丁目**-** 市営住宅 B-302  貝野瀬 由香里  080-7125-****”

俺はそれを携帯へ登録した。近いうちに会いに行こうと思いながら。菜月には内緒で。


「なあ、菜月、勉強、始めてみないか?」

スーパーでの買い物の途中、健太郎の提案。

「勉強?学校行くのか?」

「いや、家でやってみるんだ。小学校のドリル。いつまでにここまで、とか無しで。……一教科1冊とかでお小遣い1万円でどうだ?」

「オレ、学校行ってねえから、分からねえよ。出来ねえよ。」少し前の喋り方に戻った。

「できなくても良いんだ。答え合わせの時、正解をドリルに書いて、それでOKにするんだ。」

「答え見ながらでも良いのか?」

「最初は見ないでするんだけどな、俺が帰ってから一緒に答え合わせしよう。その時に違ってる所に答えを書くんだ。」

「それならしても良い。」菜月、おじさんと一緒ならやっても良いと思った。

「よし、早速買って帰ろう。うんちドリル。」

「うんち?なんだそれ?」

「問題が全部、うんち絡みなんだって、、、面白そうじゃん。」

「うんち、、、」菜月、指で鼻を摘みながら、ちょっと嫌そうな顔になる。


本屋でうんちドリル小学校3年生の、夏休みドリルと総復習ドリルを購入する。算数、国語、理科、社会の4教科が入っている。


その夜、二人で少しやってみた。算数は2年生の復習から。

『ゾウさんは一日、うんちを8キログラムします。この動物園にはゾウが4頭います。飼育員さんは一日何キログラムのうんちを運ぶでしょう。』

 { 答え : 8 X 4 = 32 キログラム }

***保護者の方へ。掛け算は2年生で習います。***

「ん?、、子ゾウさんは居ないのか?、、、子ゾウさんも8キロ、うんちするのか?」

「……おじさん?何言ってんの?」


次の日からは菜月が昼の間に1ページでも3ページでも自分の出来るペースでする様にした。

健太郎が帰宅し、夕食後に二人で採点する。正解を書くのも二人で喋りながら書く。

始めてみた。続けばいいなと思った。

菜月は本当は賢い子で、勉強がしたかったんだろうなと健太郎は思った。


健太郎、川崎市幸区鹿島田駅に来た。夜の7時過ぎ。

この近くに菜月の母親の勤めるスナック『シルバー』があると聞いてきた。分からなければ直接電話しようと思っていた。

多摩川方面へ少し歩く。飲食店ビルの看板に”スナック シルバー”の文字を見つける。意外と早く見つかった。

そのビルの階段を昇る。その店は2階にある。ドアを開ける。

「いらっしゃ~い。……どうぞ~。」俺より若そうな化粧の濃い女性がカウンターから声を掛けてきた。俺はカウンターの止まり木に座る。

「初めてのお客さんね。よろしく。何、飲まれます~?」

「そうだな、、、水割り。」

「はい。」その女性はグラスに氷を入れ、”響”と言うウイスキーを注ぎ、ペットボトルの水を注ぐ。

軽くかきまぜた後、俺の前にコースターを置きグラスを置いた。

「お客さん、サラリーマン?」営業トーク開始。

「ああ、マンション売ってる。」正直に答えた。後の事も考慮して。

「不動産屋さんかあ~。今、景気良いでしょう?、、、羽振り良さそうだもん。」

「そうだな、順調だな。コンスタントに売れてる。」

「こちらへはお仕事?この辺にお住まい?」

「ちょっと、用事があってね、、、家は代々木上原。」

「まあ~、チョー都心じゃん。やっぱ、不動産屋さんはリッチねぇ~」由香里、テンション上げてきた。

「都心でも格安とか、コスパ良い物件とか情報が集まるからねぇ、仕事柄、、、役得だよ。」

「ねえ、私にも紹介してよ。都心に住みたいし、、、」素が出てきたか?

「良いけど、このお店は?」

「雇われだもんっ。いつでも代われるわよ。飽きちゃった、、、ここも、、、」

「ハハ、物件は購入?賃貸?あと、希望の場所があれば探すよ。」

「ホントっ?お名刺頂ける?考えておくから。」

「良いよ。」健太郎、内ポケットから名刺入れを出し、一枚抜き、カウンターに置く。

「株式会社 東亜開発 販売二課  須藤 健太郎 さんね。ありがとう。取っとくわ。」

「ママさん、貝野瀬由香里さんって言いますか?」

「……なんで知ってんの?」声のトーンが下がった。

「菜月さん、今、俺の所に居ます。」直球で投げた。

「菜月?、、、お前、囲ってんのかっ?」ドスが聞き始めた。

「囲ってません。関係はしてません。同居人です。」健太郎、丁寧な口調に切り替えた。

「未成年だよ、犯罪だぞ。」声がすこし荒くなる。

「関係すると犯罪になるかも、でも真摯なお付き合いなら、犯罪にならないそうです。」

「親の同意はっ、、、要らねえのか?!」お店には他の客も、ホステスもいない。由香里、遠慮なく声を荒げる。

「結婚する場合なら、必要ですけど、同居だけなら同意というより、報告かな、連絡かな?」健太郎、それで良いかどうか分からないが言い切ってみた。

「う、、、何しに来た?」

「無事ですよという報告と、何かあれば俺に電話くださいという連絡です。さっきの名刺の裏に個人の携帯番号、書いてます。」

由香里、貰った名刺の裏を見る。手書きで番号が書いてある。

「……菜月は、迷惑かけてないか?」由香里、その名刺を見ながら、健太郎に尋ねる。

「迷惑なんて掛かってません。むしろ色々してくれて助かってます。掃除とか洗濯とか料理とか。」

「あ~?、あいつそんな事、出来たのか?、、、なんか言ってたか?私の事、、、」

「いえ、話してくれません。お父さんの事も、、、まあ、俺があまり聞かないからですけど、、、ハハっ。」

「どうするつもりだ。菜月の事。」健太郎を見据えてきた。怒っている様子ではなさそうだ。

「本人が出て行くと言うまで、居て貰う心算つもりです。」

「出て行かなかったら、手を出すのか?」

「多分、出さないと思います。俺、他に惚れてる奴、居ますから。」薄笑いで応える。

「手を出したら、許さねえぞ。……言えた義理じゃねえのは分かってるが、これでも一応、母親だ。」

「はい。だからこうして会いに来ました。分かって貰おうと思って。」

「……」

「お父さんは、普段いらっしゃらないって、ちらりと聞きましたが、、、」

「ああ、今、長野へ行ってる。いつ帰るか知らねえ。」

「そうですか、いずれ改めて来ましょうか?お母さんに電話しても良いですか?」

「良いけど、父親に会って殴られたらどうすんだ?」

「仕方ないでしょうね、覚悟を決めてきます。その時は、、、ハハハ。」

「あんた、変わりもんか?、、、ゴメン、変な事、言った。」

「変わったところがある、中年です。へへ。」


「じゃ、ごちそう様。また、いずれ、菜月さんの近況報告に来ます。これっ。」健太郎、千円札を3枚、カウンターに置いた。

由香里、その内一枚だけ取り、2枚を差し帰す。「良いよ。千円で。」

「あれ~、良心的なお店なんですねぇ~ここって。」健太郎、イヤミを少し入れて薄笑い。

「特別だ。また来てくれ。……いや、また来てください。」

「はい、分かりました。、また来ます。じゃ、ごちそう様。」健太郎、席を立つ。

「ありがとう、ございました~。」由香里、小さめの低い声で一応言っておく感の見送り。

お店のドアを開け、外に出る。

「すっ、、、ふ~、、、」健太郎、大きな溜息を打つ。【良かった~、殴られずに済んだ。】


「おっ、今日はラーメンか?」

「うん、作り方は裏に書いてあるし、スーパーで安売りしてたから。」

ふ~ふ~、、、ズルっ、ズルっ、、、「うん、美味い。上手に出来たな!うん、えらい、菜っちゃん、えらい!」

「そうかあ~、、良かった、、なんか、他にも出来そうな気がする。やってみても良いか?」

「ああ、良いよ。買い物のお金、有るか?……お菓子とかも買って良いからな。」

「まだ、あるよ。」菜月、ソファーの前のテーブルに置いてあるポシェットから財布を出す。

バリバリという、マジックテープの音がした。中身を確認する。

「後、1万2千円くらいかな、、、」

「今度から、食事用と菜月のおやつ代として4万円ずつ、毎月あげようか。休みの日の買い物もそれでできるかな?」

「おやつ代は良いよ。うんちドリルの出来た分で出すから。」

「あれは、洋服とか化粧品とかアクセサリーとかに使いなさい。食べる物はこっちでさ。」

「化粧品とかアクセサリーとかは、要らねえよ。着けねえもん。」

「じゃ、いずれ着けたい時用に貯金しとけ。さっきの財布分も。」

「うん、わかった。そうする。」

「うん、良い子だな。」

健太郎が笑ってそう言うと、菜月は口をキュっと閉じ、上目遣いになり、健太郎を見つめ返す。

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