第3話 (3) 風呂へ入りに来い。いつでも良い。

(3) 風呂へ入りに来い。いつでも良い。


女が風呂から上がってきた。頭は濡れたまま、タオルドライのみ。

手にはブラジャーを持っている。

「これ、大きすぎる。返す。要らねえ。」と言いながら、健太郎に突き返して来た。

前屈みになり、猫背になりながら、分からない様にして入るが、そういえば胸は大きくはなさそうだ。

「……あっ!そうかっ!、すまんすまん!。100センチのEカップはデカすぎたな!ハハハハハっ」

健太郎、大笑い。そこまで気が回らなかった。女は薄笑いで健太郎を見る。

「あれっ、左手、どうした?」女の左手がTシャツの中へツッコまれている。

「何でもねぇ、、、」女はそう言うが、少し見える左の肘辺りに傷跡らしきものが見える。赤い何本かの筋の様な傷?。

【ん?、、、怪我か?、、、ああ~それで長袖だったんだ、、、】

「そう言えば、、、ちょっと待ってろよ、、、」健太郎はソファーの脇に置いてある先ほどの衣装ケースの中を見た。

「あった。これだ。」ケースの中から、茶色地に白い花柄のアームカバーを取り出した。「これ、使え。」

「なんだ、コレ?」女が怪訝そうに受け取る。

「アームカバー。日焼け防止用のだ。手首から二の腕ぐらいまで隠れるぞ。」

「うん、借りる。」女が右手で受け取る。

前にかがんだ時、着ていた大き目のTシャツから胸が見えた。やはり貧乳だった。【ん?発育不良か?】そんな気がした。

女はアームカバーを袋から出し、それを通そうと左をTシャツから出した。傷跡らしき赤い線が4,5本くらい見えた。

「見んなよっ。」女は健太郎の視線が気になったらしく、そう吐き捨てると後ろ向きになり、アームカバーを通した。右腕にも通した。

女は口を堅く閉じたまま、振り返り、健太郎を見る。不機嫌なような、困ったような、少女の顔だ。

「リストカットか?」健太郎、気になったので聞いてみた。出来るだけ優しく聞いてみた。

「関係ねえだろっ。ほっとけよっ。」目をそらして呟くように言った。それが答えの様だ。

「すまん。……おう、腹減った。何か食べよう。お前、何が良い?。」

【何があったか知らないが、、、知ろうとするな、、、うん、、、しかし、、、】揺れ動く心の健太郎。気にはなるが、エッチな気分は湧いてこない。

風呂上がりの女は、若く見える。顔にはニキビか、吹き出物か分からない赤いぶつぶつはあるが、酷い病気の様ではなさそうだ。


それから女は、焼き肉弁当とうどんを食べた。相変わらず箸の持ち方は変だが、食べっぷりは良い。見ていて微笑ましくなる。

「じゃ、俺は風呂に入る。お前はこっちの部屋で寝ろ。布団がある。自分で敷いて寝ろ。あ、、、それからこれ。」

健太郎は衣装ケースを持ってきた部屋を指さした後、財布から、一万円札を3枚取出し、女に手渡す。

「今日は何もしねえから、それで勘弁しろ。」

「……やっても良いんだぜ。一回くらいなら、、、」渡されたお札を持ちながら、目を健太郎に向けたり、伏目になったり、はにかむ様に言う。

「……要らない、今は。、、、それより明日は俺、8時には出る。7時には起こすからいいな、起きろよ。」

「分かった。」

「お、寝る前に歯をもう一回磨いておけよ。」

「分かったよ。なんでそう細かいんだよ。」女は、薄笑いを浮かべている。

「ハハハっ、ほっといてくれ。」


健太郎が風呂から上がると、女はリビングには居なかった。指定した部屋のドアは閉まっている。

洗濯機から出して来たタンクトップとショーツを、リビングのブティックハンガーへ掛ける。Tシャツとジーパンは乾燥機で乾かすことにした。

リビングの明かりを小さくし、玄関横の自分の部屋に入る。風呂に入る前に着ていたスーツや財布はこの部屋に置いて来ている。

風呂に入る前と変わりは無い様だ。財布の中を確認する。減ってはいない。あの女、泥棒ではなさそうだ。

「…フっ、、、」健太郎は、女を疑ってみた事を少し後悔した。左側だけ口角が上がった。

【どんな奴かは分からない。とんでもない奴かも知れない。ただ、、、、本当はまだ、子供なんじゃないだろうか?

 見た目より精神年齢が低いかも、、、発達障害だろうか?、、、それにあの腕の傷。何があったんだろう?

 自分家に帰らない訳は、そういう事なのか?、、、虐待か?メンヘラか?、、、話してる分には、素直な子にも思えるがな、、、

 ……考えるな。どうせ他人だ。関わるな。人に親切にしただけにしておけ。そうしろ、、、そうしろ。】



翌朝、7時に起き、パンを焼く。コーヒーを淹れる。

女を起こしに部屋のドアをノックする。声を掛ける。

「お~い。起きろ~。出てこ~い。パン焼けてるぞ~。コーヒーはカフェオレか?」

ドアが開く。女が出てきた。頭の髪の毛が爆発している。

「あ、昨日、頭、乾かさなかったか?、、、そうか、ドライヤー渡してやんなかったな~。風呂から出て直ぐ、食べたもんなあ~。」

「ん、、頭?、、いいよ。いつもだ。後で濡らすから。」女は頭を掻きながらテーブルへ向かう。

「すまんな。8時には出るから。」健太郎がそう言うと、

「分かってる。ありがと、、、」テーブルの椅子に座りながら、小さな声で、、、

「んんん? なんて?なんて言った?」聞き返す健太郎。

「……ありがと。」女はさっきより大きな声で言った。

「フフフフっ。どういたしまして。さ、パン食べよう。コーヒーはカフェオレにするか?」

「ああ、それ。」


昨夜、健太郎が風呂に入る時にセットして置いた全自動洗濯乾燥機。中に入れた女の服を確認する。

長袖Tシャツ、ジーパンは乾いている。リビングに戻り、ハンガーのタンクトップとショーツを触ってみた。乾いている。

「乾いてるぞ。ほれ。」ソファーに置く。「あ、服。洗ってくれたんだ、、、ありがとう。」今度は少女の様な声。

「今、着てるものも持ってくか?あげるよ。」優しい少女の様なありがとうに健太郎が反応した。嬉しくなっていた。

【ん?、自分の下着を男が触っても嫌がらない?、、、そう言う思春期はあったのか?無かったのか?、、、まっ、どうでも良いかぁ。】

そんな事を考えながら健太郎は、自分の部屋から小さめの生地の薄い黒い鞄を持ってくる。旅行用のお土産用の予備の様な鞄。


二人して、部屋を出る。駅へ向かう。

「なあ、昨日やった金で、ネットカフェでも行ってさ、どっかで働けよ。」

「……ほっとけよ。」昨日までの女の声に戻っていた。

「そうだな、、、偉そうに言えねえな。すまん。ただ、、、あれは止めて欲しくってさ。」

「手で一万か、、、」

「そうだ、、、ま、大きなお世話だよな、、、忘れろ。」

「……昨日はありがとう。お風呂とお布団。何日かぶりだった。……ありがとう。」また、少女の様な声。

「……お風呂とお布団か、、、また来ても良いぞ。他に行くところが無ければな。」また、優しい少女の様なありがとうに健太郎が反応した

「優しいな。こんな人いるんだな。出会った事無かったのかな。気が付かなかったのかな。……でも、いい。」

「遠慮しなくていいぞ。」優しい人にまた反応した。

「悪い人って、最初は優しくて、ニコニコしてて、気前が良いから、、、途中で変わるから、、、」

「あ~、悪い奴らと同じ事したのか、俺って?」健太郎、先程までの優しい気持ちが悪い奴らと一緒だと言われ、申し訳なさに囚われた。

「おじさんは、変わらない気がする。お金の匂いもエッチな匂いもしないから。」

「そうか、、、」健太郎、嬉しくもなく、申し訳なさが残り、気掛かりで、深追いするなと戒めるごちゃごちゃな感じがした。

駅に着いた。

「じゃ、元気でな。」

「うん、、、おじさんバイバイ。」

健太郎、改札口の中に入る。4,5歩歩いた後、振り返る。女がまだ改札横に立っていた。立ち止まる。踵を返し、引き返した。女の前のフェンスに近寄り、、、

「おい。風呂へ入りに来い。いつでも良い。」

女にそう言うと、ホームへと向かっていった。

【あ~あ、余計な事、言ったかな?……いつでも来いって、、、まっ、来ねえわな。】


感謝とか礼を言われると嬉しくなり、何か出来ないかと考えてしまう。そんなお人好しの性格が煩わしい時もあるが

あの子の事となると心配が先に立ち、ありがとうの一言で心が動いてしまう。

【……損な性格だよな、、、仕方ない。親譲りだ。諦めろ。】

地下鉄のホームで、次の列車を待つ間、そんな事が頭をよぎった。

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