第4話 (4) ゴメン。また来た。



須藤 健太郎、東亜開発社長の水城菜々美(50歳)と12年前、お見合いパーティーでの事。

その頃、健太郎はベータステイツマンション販売という会社に居た。

マンション開発、販売業で同業者。水城とは仕事上で競争したり、競合したり、情報交換したり、顔見知りだった。

その頃の健太郎のやり方に苛立ちを覚えていた水城、パーティーの会場で健太郎に、

「君!、君のやり方、間違ってる!。嘘や偽の情報を積み重ねて契約取っても、後で誰かが苦労してるのよっ!。分かってんの?」

「……」大勢の人の前での大きな声の水城の罵り。不思議と腹が立たなかったし、その場で泣き始めてしまった。

健太郎は、顔は笑いながら、安心した様な表情の笑顔で、泣き続けた。

困ったのは水城の方だった。結婚への最後のチャンスと意気込んで挑んだお見合いパーティー。

【しまったっ!放っておけば良かった、、、。でも一言、言って置かないと気が済まなかったし、、、え~い、しゃ~ない!】

水城は健太郎の手を掴み、パーティー会場を飛び出し、レストランで食事をする。事情を聞く。

”直属の上司がパワハラ全開で怒鳴る。小突く。”

”給与の半分以上は、実績見合いで変動する。基本給は新人事務員と変わらず”

”嘘も方便。偽情報は「そう言う世界です」と開き直る度に、心が削られていた。”

”誰かに叱って欲しかった。やり直せと言って欲しかった。”

”出会いサイトじゃなく、その人の雰囲気で選んで見たいと思い、お見合いパーティーに参加した。”

吹っ切れたような、穏やかな顔になった子供の様な健太郎を、水城はホテルに誘った。一夜限りと言い含めて。健太郎は頷いて着いてきた。


2ヶ月後、東亜開発に中途採用の新人入社。須藤健太郎だった。

水城の部下となった。水城は健太郎に、

「1、誠実さを旨としなさい。2、不確かな事は必ず確かめてからお客様へ伝えなさい。3、焦らないで良いから、嘘は言わないで、

 そして、4、私との事は無かった事にしなさい。これからも無いとしなさい。」と伝えた。4は廊下の端で小声で。


その3年後、水城は先代社長の長男で、国家公務員をしている人と結婚した。パートナーと死別し、小学生の一人娘を抱えた小太りの優しい男性。

先代社長が病気、入院の再に「次期社長は水城菜々美で。」と指名。社内は異存なし。人望の賜物。

義理の娘とも、仲は良くもなく悪くもなく、くっ付き過ぎず、離れ過ぎずでなんとかなっているらしい。

その難しくなる年頃の娘さんに、初めての対面での食事の時に、

「悪いけど、私にはあなたの母親は無理だから。でもね、あなたの事は嫌いにならないからさ。悪態ついても良いけど、手は出さないでね。

 友達としても無理よ。分かんないもん、若い子の気持ちなんて。保護者の義務は出来るだけ果たすから、被保護者の責任は持ってね。」

と伝え、不思議な人ね。大人の女性ってこんな人の事?って少し気に入られたらしい。


健太郎、あのパーティーでの水城に叱られた事で、【あの人に着いて行こう。やり直そう】と決め、東亜開発に転職した。

パーティーの後の件もあったが、好きとかまた一夜でもという気は起きなかった。

人として尊敬できる。仕事の進め方は水城のやり方がベストだと思っていたので、水城の結婚の話が決まった時には素直に喜べた。



土日の新築マンション完成見学即売会は盛況のうちに終わった。50戸中、46戸契約、もしくは仮申し込み。

半数は賃貸流用の資産として不動産会社や投資家が購入。

日曜日の夜、社員仲間や応援の不動産会社の社員たちと居酒屋で軽く打ち上げ。

ほろ酔いで、帰路につく。【明日は休みだ。一日中寝てやる。】


マンションの前の階段にうずくまる人影。体育座りで膝に顔を埋めている。

【ん?、、もしかして、あいつか?】見覚えのある長袖のTシャツ。黒い薄手の鞄。

「おいっ、!どうした?、、、何やってんだ?」健太郎、声を掛けた。

膝に乗せた顔を上げ、健太郎の方を見た。「ゴメン。また来た。」と言い、すぐに口を堅く閉じ、見上げて来た。

【何~、頼って来たのか?、、、俺を?、、、へへへ、】「……お風呂か?お布団か?」健太郎、満面の笑みで言った。

女、コクリと頷く。

「分かった。着いておいで。」健太郎がエントランスに入る。女は立ち上がり、お尻を払った後、鞄を持ち後ろに従う。


「昨日はどうした?」冷蔵庫からビールとコーラを出し、コーラをソファーに座る女に手渡しながら健太郎が聞く。

「ネカフェ。」

「仕事、探したか?」 プシュっ。(コーラの栓を開ける音)

「ああ、」  ブシュっ。(ビールのタブを起こし開ける音)健太郎は椅子に座る。

「どこか良い所、有ったか?」

「いや」 ぶっきら棒な態度に健太郎、上手く行かなかったんだろうなと同情した。

「そうか、また明日から探せよ。」

「……」反応が無い。床を見たまま、口を堅く閉じている。

「なんだ?何かあるのか?困った事か?」

「……オレ、漢字が読めねえ、、、計算も出来ねえ、、、普通のところじゃ、無理だ。」

女が泣きそうな顔になっていた。瞬きが激しくなっている。

「……えっ、、、読めねえ?出来ねえ?、、、お前、学校は?」健太郎、驚いた。

”ゴクリっ”女は一つ生唾を飲み込むと、下を向いたままで、

「ほとんど行ってねぇ、、小学校は3年からはたまにしか行ってねぇ、、、中学校はぜんぜん、行ってねぇ。」

「……はあ?、、、お父さんやお母さんは?」

「行かなくて良いって、、、給食費や教材とかもったい無いとかって、、」

「学校の先生とかは、、、家に来なかったのか?」

「来た。来たけど、喧嘩になるから、すぐ帰った。」

「学校、行きたいって言ってみたのか?」

「言った。……好きにしろって言われた。……学校行っても給食無いし、体操服無いし、シューズも無いし、

 ノートも無いし、消しゴムも無いし、鉛筆も無いし、ランドセルも誰かに貰った黒いボロだし、、、誰も相手にしてくれないし、、、」

「あ、、、そうか、、、もう良い。分かった。すまん、、、悪い事、聞いたみたいだな。すまん、すまん。」

【こんな奴もいたのか、、、今の世の中、、、何かしてやれるか?、、、いや、関わらないほうが良いのか?】

「……」

「腹減ってないか?ってもカップ麺くらいしか無いが、それで良いか?」

「……うん。」ようやく顔を上げた。健太郎を見て頷いた。

健太郎は、やるせない気持ちを抱えたまま、棚からカップ麺を取り、フィルムを外し、蓋を開け、電気ポットのお湯を沸騰に切り替える。

「後でお風呂入れてくるから、、、布団はこの前ので良いな、、、着ている物、洗濯するから籠に入れておけ。」

「うん、、、ありがと。」女の目に涙が光った。

「いや、うん、まあ、、、大丈夫だ。」【何、言ってんだ俺は?何が大丈夫なんだ?】

お湯が沸騰したというメロディーが流れた。カップ麺にお湯を注ぐ。

「塩らーめんだけど、良いな?」テーブルの反対側へ滑らして置く。

「俺、風呂入れてくるから、食べてて。おっ、3分間、待つのだぞっ!」健太郎、席を立つ。

「うん。ありがと。」女はソファーからテーブルの席へ移った。


【ありがと。っか。……どうするかな、明日から、、、また追い出すか、しばらく置くか。】

バスタブを軽く洗い、お湯を蓄える様に栓をして、リモートSWのボタンを押す。

洗面台の横の棚からドライヤーを出し、洗面台のフックに掛けておく。


布団を敷きに部屋に入る。昨日の夜、布団敷いたままかと思い、部屋に入ると畳まれてはいた。ちょっと感心した記憶がある。

布団を敷いてやる。クローゼットから大き目のタオルシーツを出す。布団に掛ける。

そう言えば一昨日はシーツ無しで寝かせてしまったんだなと思う。


リビングへ戻ると、食べ終わっていた。カップ麺の容器を取り、シンクへ持って行き、軽く水ですすぎ、ゴミ箱へ捨てる。

「ごちそうさま」小さな声で女が言う。健太郎、笑顔だけで応える。


「ところで、お前、名前は?なんて言うんだ?」

「菜月、貝野瀬 菜月(かいのせ なつき)。」

「幾つだ?」

「16」

「19歳だと言ってなかったか?」薄ら笑いを浮かべながら、悪戯っぽく聞いてみた。

「あ!、、19歳だ。」ちょっと”しまった”という様な顔をした菜月。

「ハハハハ。明日、どうする?また、ネカフェへ移るか?、、、しばらくここにいるか?」

【あ、思わず言っちゃったよ、、、ま~、、、良いか、、、】

「えっ、居て良いのか?」

「ああ、追い出しても働けなくて、あんな事しか出来ねえんだったら、ここに居ろ。そうしろ。」健太郎、腹を決めた。

「良いのか?、本当に良いのか?オレ、居ても良いのか?」菜月が嬉しそうな顔になった。少女の顔だ。

「ああ、良い。でも、エッチはしない。みだらな行為をすると条例違反になる。真摯なお付き合いだと良いんだそうだがな。」

「しんし?、、なんだそれ?」

「真面目なって事かな。」

「ふ~ん。」

「じゃ、風呂入れ。そうそう、俺、明日休みだから、一日居るし、しばらくここに居る為の物、買いに行こう。」

「うん。、、、ありがと。」優しい、少女のありがとうになっていた。

「ドライヤー、出しておいたから。髪洗ったら、洗面所で乾かせ。」

「はい。」菜月は返事をすると、黒い鞄から下着を取出し、風呂場へと行った。

【おっ、”うん”から”はい”になったぞ、、、妙に嬉しいじゃん。】健太郎、何かこそばゆい気持ちになった。


【こいつ、今までどうやって生きて来たんだ?親からの愛情はどうした?周りの大人は何してたんだ?

 これが今の世の中なのか?見て見ぬふりなのか?全部、行政や学校へ押しつけるのか?それが一番楽なのか?

 ……でも、、、俺がこいつに親切にしたからと言っても、人から言わせりゃ下心丸出しの犯罪者に見られるんだろうなぁ、、、

 見捨てる訳にはいかねえだろう、、、追い出して、見放して、知らんぷりした方が良いかも知れんが、俺には出来ねえ。

 犯罪者にでもなってやろうじゃねえか。……でも、捕まったら今の会社、クビになるだろうな~、、、

 それも困ったな、、、社長へ相談しとこうか、巻き込んどくか?そうするかな、、、でも言えねえなぁ~、、、困ったなぁ~、、、】


少し前に女に捨てられた健太郎。誰かに優しくして貰いたい願望が、人に優しくする方向へ動き始めた様だった。

おそらくこれは、健太郎の父親の影響かもしれない。多くの人から感謝され、人の助けとなる職務を黙々と全うし、

一部の人からの軽蔑や罵りには反論せず、そうした人の事も分け隔てなく力になろうとする、そういう組織の人。


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