4日目 Ⅲ
二人だけで話したいから、私達はすぐ近くの目についたホテルに入った。
いつもと違って、少し変わった形のホテルで、受付が無人で、勝手に鍵をとる仕組みになっているらしい。私は首を傾げながら、慌てた様子のお姉さんに引っ付いてホテルの部屋に入っていった。
部屋に付いたら、とりあえず、気分を戻すためにシャワーを浴びて。上がったらソファで微妙にそわそわしているお姉さんの膝の上にのっかった。
それからそっと、何気なく、話し始めた。
今日、私の最初のクライアントが死ぬ日なの。
……クライアント?
うん、お姉さんみたいに死神憑かれた人のことをクライアントって呼ぶの。上司はそれも時代の流れだって言ってたけど。
へえ……でも、今日? あ、命日ってこと?
ううん。今日だよ。間違いなく、今日、あの子は死ぬの。
……?
死神って時間的に凄く曖昧な存在なんだって。例えば、私が最初に仕事をしたのは今から一週間前の、2021年9月23日。二回目の仕事は2019年10月19日から。三回目の仕事は2020年の8月26日。ね、順番、ぐちゃぐちゃでしょ?
……タイムスリップみたいな?
かもね。とりあえず、そういう縛りがないんだって。私の最初がいつからとか関係なく、死ぬ一週間前に必要な時に私達は現れるの。
……。
だから、こういう
…………。
電車に飛び込んだから、多分人身事故扱いで沿線が止まってるんじゃないかな。調べよっか?
…………ううん、ごめんね。辛いこと、想い出させて。
ううん、もう、終わったことだから。
……それでも、ごめんね。
……。
ごめんついでに、聞いていい?
……何?
ゆなは……こういうことをずっとしてきたの?
こういうこと、……っていうと?
こう、幸せな一週間を過ごそうみたいな。
……初めてだよ、こんなことしたの。っていうか、できたの。お姉さんが初めて。
……どうして?
……最初の仕事は、わけもわからないまま始まって、わかもわからないまま終わったんだ。ずっと引きこもってた男の子で、一週間後に新しい学校への転校が決まってて。何にも喋らないから、こっちも何にも喋れなくて、最期の二日前くらいにようやくちょっとだけ喋ってくれて。初めて笑顔を見た後に、新しい学校に行く駅のホームで電車に突っ込んで死んじゃった。
……。
二回目の仕事は散々で、出会って事情説明したらぶん殴られて、怒鳴られて。大人の男の人だったから、怖くなって逃げ出しちゃった。でも上司にちゃんと交流しろって言われたんだけど、怖かったから上手く近づけなくてさ。アルコール中毒だったみたいで、いつも吐くまで飲んでしんどそうだった。結局、一週間後に首を吊るまで、ちゃんと話すこともできなかったな。
……。
三回目の仕事は、ちょっとヒステリック気味な女の人で、私が事情喋ったら、錯乱したみたいになっちゃって、大暴れされて困っちゃった。一応、ずっと近くには居たんだけれど、あんまり話も通じなくて、ずっと震えて、ずっと怖がってる隣で、どうしたもんかなって悩んでてさ。あんまりに鬱々としてるから散歩でも行こうって誘っても上手く外まで行けなくて。一週間後に、突然やってきた男の人に殴られて、ぼーっとした後、独りになってから薬を一杯飲んで死んじゃった。
……。
なんでなんだろね、みんな最期の一週間くらいに幸せになればいいのにね。
…………。
辛いこと一杯あって、それで死んじゃうんだろうけど。もう先のこと考えなくていいならさ、最期の一週間くらい楽しんで生きたらいいのにねって。
………………。
ずっとずっと、想ってたんだ。なんでだろね。
………………は。
ん?
…………ゆなは、しんどくなかった?
…………しんどかったよ、でもね変な話なんだけど、なんかちょっと慣れてるの。
………………。
なんでかわかんないけどね、慣れてるの。だから、多分、お姉さんが想ってるよりはしんどくないよ。
…………うう。
……もう、泣かないで。
…………………………うう、うう。
ねえ、泣かないでよ、お願いだから。笑わなきゃ、お姉さんは泣いてる時間、もったいないんだよ?
………………………………っぐす。
もう、馬鹿なんだから。
……………………うう、だって。だってえ。
おねーさんが辛いわけじゃないでしょ。それに私が大丈夫だって言ってるのに、なんで泣くの。
……だって、だって。ゆながずっとそんな、しんどいことしてきたって想ったら。なんでか出てきて、わかんない。わかんないよ。
………………。
………………うぅ、ぐすっ。
……はあ。おねーさん、手、広げて。
……っう、ぐす、ぅうん?
ぎゅーってして。
え?
お願い、抱いて? 私を。
え、ええ? えええ!?
ほら、ちゃんと抱いて? しんどくて寂しいから、慰めて? 抱いてくれたら安心するから。そしたらお姉さんも一緒に安心できるでしょ?
え? ええ?! そ、それはさすがにちょっと犯罪っていうか、え、死神にはそういうのないの?! ね、年齢的なあれとか?!
……なにそれ。お姉さんが抱いてくれないなら、私から抱くけど。
ほ、ほぇぇぇ?! え? ええ?! なん、え?!
もう……ん。
…………え、あ、え。
……ふう。
……。
なんで固まってるの? お姉さん。
あの、えと、抱くってその、ハグ的な……あれ?
うん、それ以外ある? ぎゅーってしてって言ったじゃん。
あ、うん、だよね。やっぱ、……そうだよね。
…………?
シャワーも浴びたかったから、浴びただけだもんね。うん、なんか、私がとちったやつだね、うん。
…………何言ってんの?
…………え、だって、ゆな。……ここがどこかわかって入った?
…………ホテルじゃん?
………………。
……ん?
……ゆな、ここね。
うん
…………ラブホテルだよ?
※
「そーいうのは入る前に言って欲しかったな……」
「いや、なんかあまりに迷いなくあのホテルがいいって言うから、なにか理由があるのかなって」
「だって私、知らないもん! そんなの!」
「いや、入り口で気づくかなって想ったけど突っ込まないし」
「それも知らないもん! 鍵の取り方変だなって想ったけど!」
「いや、まあ実は私も初めてなんだけどさ」
「……あれ、そうなんだ。大人だから来たことあるのかと思ってた」
「うん……大人でもね、恋人がいないと入ることなんてないんだよ、ゆな」
「ふーん、じゃあ二人揃って初体験だ」
「……なんか元気になってない?」
「そーんなことないよ? そっかー、ラブホかあ。ねー、おねーさん折角だから探検しようよ、これなに、あ、コンドーム?!」
「ゆ、ゆな、なんかゆながそれもってるのダメな感じが……」
「あ、これバイブじゃない?! すごっ震える!! あははははっ!!」
「ゆ、ゆな、えと、あの」
「てい」
「ひゃいっ?!」
「あはは、凄い声出たよお姉さん?! あ、テレビもある、何かなー?」
「あ、多分、ダメ、ちょっと、それ」
「………………うわぁ」
「………………あ」
「………こ、これくらいに、しとこっかな」
「………うん、そうしよっか」
※
結局、その後、お姉さんもお風呂に入って、出てきたら程なくして眠ってしまった。
まだ夕方にも満たない頃だけど、一息つこうってベッドに転がったら、あっけなく寝息を立てていた。
よくよく考えたら、ここ三日くらいずっと旅をしっぱなしだったから、そりゃそうだね。疲れちゃったんだ。
寝息を立てるお姉さんのために電気を落として、私ももぞもぞとお姉さんのベッドに潜り込んだ。
お風呂上がりで、まだ暖かいあなたの身体にそっと手を回して抱き着いてみる。
指先に触れる部分が暖かくて、胸やお腹に触れる部分は少しだけ湿っている。
足を絡ませると少し楽しくて、頬を擦りつけると安心した。
それから、ふと想う。
今日、どこかであの男の子が死んでしまう。
それはもう起こったこと、戻らないこと。
だから、いまはこのお姉さんを想い出に刻み付けることだけを考える。
でも、お姉さんも、きっと、いずれ。
考えたら、身体が少しだけ震えた。寂しい気持ちがどうしようもなくて、胸が痛く、いっぱいいっぱい抱きしめて、ぐりぐりと頬をこすりつけた。
ああ、いやだ、いやだなあ。
そう想っても変わらない。変えられない。だから抱きしめて、足を絡ませたまま胸の痛みに震え続けた。
どうか忘れないように、せめて今は離さないように。
いずれ失うのは怖いけれど、今、離れてしまうのはもっといやだ、この人に触れていないとどうしようもなく寂しくなってしまう。
どうしようもなく泣きそうなのに、でも抱きしめる身体はあったかくて、眠気に力はゆっくり抜けていく。
抱きしめていた手をそっとあなたの手にもっていって、指先を絡ませた。握った指は柔らかくて、それだけ安心してしまう。
ああ、もうこんなんじゃダメなのにな。
こんなこと本当は想っちゃいけないのにな。
だって、私は死神で、この人はいずれ死んでしまう人なのに。
でも、それでも。
今、この時が。
どうしようもなく
この人から離れたくないって、そう想ってしまってる。
それは叶わない願いだけれど
それでも、もし。
もしも願いが叶うなら。
ずっと。
ずっと。
どうかずっと、このままで。
幸せなこの時のまま、止まっていて。
あなたと一緒に眠ったまま、ずっとずっと。
あなたと離れないままでいて。
※
死神ルールその5 『死神は人間の時間軸とは別の時間軸を用いて現れる』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます