トマトパスタ

はちやゆう

第1話

 わたしは鍋の水の沸騰がつくる気泡をながめていた。キッチンのむこう側にあるテレビは、青く丸い惑星を大きく映した液晶モニターを背景に、近未来的な意匠を施された演説台を映していた。テレビの向かいのソファーの幸太はその映像を食い入るようにみつめていた。


「いつからはじまるの?」わたしは聞いた。

「もうまもなくだと思う」彼は答えた。


 わたしは鍋に塩をいれ、菜箸でかるくかき混ぜた。パスタを放射状に広げながら鍋に投入し、菜箸片手に沸き立つ湯気をぼんやりとながめていた。

 そのときテレビのほうで歓声があがった。視界のはしで光が明滅し、カメラのシャッターを切る音が聞こえてきた。


「いま『光の点滅があるのでご注意ください』というテロップが流れているのだけれど、これはなにをどう注意をすればいいのだろう」彼はこちらに問いかけるように言った。

「注意しないことに注意すればいいんじゃないかな」

「なるほど、むずかしいことをいうもんだね」


 わたしは菜箸で、鍋にこびりつかないように、パスタをかき混ぜた。コンロの火力をすこし弱めて、お湯のなかで踊るパスタをながめた。幸太はテレビを眺めているようだった。カメラのフラッシュとシャッターの絨毯爆撃のあとは、艶のある声をした司会者が今回の偉業を興奮気味に伝えているようだった。


「宇宙船いつ戻ってきたんだっけ?」

「昨日だよ。どこもそのニュースで持ちきりさ、見ていなかったのかい」

「ふうん、わたしはあまり興味ないかな」

「宇宙人がいたんだぜ! 気にならないの?」


 菜箸でパスタを一本つまもうとするが上手くいかなかった。数本まとめて掴みあげ、そのなかの一本を口に含んだ。わずかに芯が残る硬さで、調理のことを考えると、ちょうどよかった。鍋のとなりのフライパンには、ナスとベーコンを炒めたものにトマト缶をくわえ、コンソメと煮詰めたものが準備してあった。パスタを鍋からフライパンに運び、加熱し、具材と和えた。


「――どういうところが我々と違っているのかという質問にお答えします。まずは思想でしょう。彼らには知性というものがあるようでしたが、合理性というものは持ち合わせていないようでした。たとえば、彼らはなにかに囚われることを嫌います。しかし、解放されると彼らは自らなにかに囚われていくのです。また、彼らは孤独というものを嫌います。にもかかわらず、みんなと一緒ということも同時に嫌い、孤独を望みます。さらに、彼らはみな傷つきたくないと思っているのに、傷つきたくないもの同士で傷つけあうのです。彼らの考えはまったく自己矛盾に満ちたもので、わたしには大変ミステリアスなものにうつりました」


 テレビでは宇宙飛行士の演説が続いていた。わたしは夕食のなすのトマトパスタを山のように盛った皿をテーブルに置いて、彼のとなりに腰掛けた。


「そういえば今回、宇宙飛行士はどこにいってきたの?」わたしは幸太に聞いた。

「えっと、たしか地球っていってたかな」

「ふうん、聞いたことない、星ね」


 パスタの茹で加減は抜群だった。わたしはその出来に満足して、幸太をみた。

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トマトパスタ はちやゆう @hachiyau

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