第19話:第一章 15 | 跳び出した先で ②


 僕にはもう他にできる事は無いのか。

 諦めて、この場を静観する事しかできないのか。



「春休みの間に、左手から取り出す方法っていうのが見つかるかもしれないしな。それに最悪切り落とされても、後からくっつけれるかもって言ってたし……」



 誰に話し掛けるでも無く、僕は自分に言い聞かせるように漏らした。

 納得したい。このまま自分を納得させて、そして。



 そしてこのまま手を無くせば、何人かの心に傷が残るのだろう。

 僕は当然として、家族、レン、マコト、それからケイナもそうなのだろうか。


 そこでふと思い出す。

 目尻に涙を浮かべながら、何度も謝罪を重ねてきたケイナの姿を。

 重傷でフラつきながら、一歩踏み出してくれたレンの背中を。

 意識が途切れても僕を運んでくれた、マコトの寝顔を。



 全部、全部、全部、僕は返す事ができない。

 本当に、本当にそれでいいのか──?



 そう思った直後だった。


 目の前から"ピシッ"と音が鳴る。

 顔を上げてそれを見やると、



「──なんだ、これ。こんなのもう何分も保たないぞ……」



 清光が目測を誤ったのか?

 さっきまでのペースならと、確かに僕も思った。

 

 いや。でも、ちょっと待てよ……?


 あいつは、



「清光。お前、まさか──」



 違うのかもしれない。

 100%の正確な未来は見えなくて、純粋に外したのかもしれない。

 でも今は関係ない、このままだと結局間に合わない。

 このままだと──



「──マコトッ……!!」




 ◇

 ◇

 ◇





◇ narrator / 安足アダチ 真琴マコト

───────────


 段々と周りの壁が近付いて来る。


 マズった、どうするべきだろう……?

 気が付いた時には閉じ込められていた。

 外にはマーカーも無い、能力で脱出するのは無理だ。



「やっぱりこれ、あたしを失格にしようって事よね。そして多分、キスキかレンも失格にして、無理矢理ゲームを終わらせに来てる……」



 ポケットの中の残り二つのマーカーを握る。

 もっと沢山マーカーを用意しとくべきだった。

 一つは常に自分が持っていなければ跳べない。

 つまり、瞬間移動先に置けるマーカーは残り一つだけだ。


 宝石の場所を見つけて、この最後の一つはそこに置く予定だった。

 それで何時でも宝石の場所に行き来できるようにすれば、後はキスキかレンと合流して勝てる。


 そう思ってたけど、こういう事なら緊急脱出用にスタート地点にでも置いとくべきだったかもしれない。



 どうする、どうすればいい…?

 さっきよりも明らかに壁が近付いてくるスピードが上がってる気がする、本当にマズい。


 チラと俯いて下を見る……そして気付いた。



『"マコト、これに気付いたら声を出せ。

 そっちに僕の声は聞こえて無いみたいだけど、お前の声は僕に伝わってる"』



 文字だ。

 床に大きくジワジワと、赤い文字が浮かび上がってくる。

 これは、もしかして─。



「──キスキ!? 何で、これってどうして」


『"気付いたか、良かった。

  お前の立ってる地面の色を変えて文字を作った。無事か? 外にマーカーは無いのか?"』


「………なるほどね。今はまだ無事、でも外にマーカーは無いわ。それに知ってる先じゃないとあたしは跳べない。初見のここだと、あたしが通ってきたどこかにマーカーが無いと跳べない……」



 横目で周りを見る。

 また壁が近付いて来た、これじゃもう本当に時間がない。


 さっき壁に石を投げて確かめたが、それは潰れて破裂した。

 腕力的にそもそも厳しくはあるが、壁を壊して出ることも、絶対に叶わない。


 残り一分と少し、あるかどうかといった具合だ。

 

 ならもう、腹を括るしかない──



「キスキ、あたしの事はいいからゲームに戻って。大丈夫、ケガしても学園に戻ったら治るんでしょう? 役に立てなくて悪いけど、レンと2人で、どうにかクリアして──」


『"勝手に諦めるな! まだ何とかなるかもしれないんだよ!!"』



 ──何とかなる?

 そんな事不可能だ。自分で良く分かる。



「どういう事? マーカーが無いんじゃ──」


『"マーカーはある! さっき学園で1つ拾って来たんだ、だからここにある!"』


「え、嘘でしょ!? いつの間に……」


『"マジだ! 今、僕の手元にあるんだ! これならどうだ? お前が僕のところに跳ぶのに、他に必要な物は何だ!? 条件を言ってくれ!"』



 キスキが今マーカーを持って外にいるなら、あたしがここまで来るのに通った場所に移動してくれれば、跳ぶ事はできる。


 しかし、今からキスキが移動するよりも、壁に押し潰される方が確実に早い。



「もしそうなら、後はあたしとあんたの正確な相対位置が分かれば、いや、でも結局、あたしがキスキの居る場所を知ってる必要があるから、無理か─」


『無理とか言うな! 頑張れ!! 知ってるってどういう意味だ、記憶してればいいんじゃないのか? お前が見たことがある場所ならいいんじゃないのか!?』



 だからそう言ってるのに!

 初見のここでは、キスキの居る場所を見て記憶してない、だから不可能だと。



『例えば、お前が実際には行ったことがない場所でも、正確にその場所の事を知れたなら、跳べたりしないのか!?』


「──待ってよ! どういう事? 分かんないって!!」


『時間が無いんだよ! まずは相対位置だ、僕はお前から見て右手前方、距離は21.5メートルの位置に居る。まずはこれを信じろ! 間違い無いから!!』


「え、ちょっと何で、──信じるけど!!」


『次はこれだ、少し待てよ、もうちょいでできる、僕の方を向いてろ!』



 そう言われ、あたしはキスキが居る方向、右手前方に身体を向けた……すると。


 

 どのくらいの色数なのだろう、写真より、3Dアートよりも精密に、陰影や奥行きさえも、正確に再現されていく。


 そして確かに21.5メートルくらい先の位置で、キスキが膝を突いてこちらを見ている。


 


 そういう風に見えた。



 リアルタイムだ! 完全に一致してる! これなら跳べるか!? 僕の足元を見ろ! マーカーもあるだろ!?』



 キスキの作り出す文字は今は地面から壁に移動していた。

 そしてその文字に併せて、壁に写るキスキの口も動いている。


 確かにキスキの足下にはマーカーが見える。

 いつもと条件が違うとすれば、それは実際の風景を自ら見て記憶している訳では無いということ。



「──やった事ないってこんなの!!」

じゃ  あできるかもって事だろ! やる前から決めつけるな! レンが言ってたんだよ! お前にできることはお前が認識してる事意外にもあるって! これもそうだ、決めつけるな!!』



 もうすぐそこまで壁が迫って来ている。

 仮に手を横に伸ばしたなら、肘より先は潰れる程の距離だ。


 こんな初めてな事を、こんな状況下で、できるわけ──




『 お前が必要なんだよ! 信じて跳べ!! 』




 ──普段はそんなの、絶対に言わないくせに。


 なのに、初めて聞いたその言葉を、あたしは。


 嘘じゃないと、本気だと、心から信じる事ができる……




「 ── ぶっ跳べジャンプ!! 」




 ◇

 ◇

 ◇




「── 水色と白のストライプ……」

「…… あん  たぶちのめしてあげる」



 移動後の着地で下敷きになったキスキが、彼の部屋で聞いた一言を繰り返した。

 あたしも真似して、同じように返す。


 ただ一つ違うとするなら。

 あたしの声音は一回目より、全然怒っていなかった。



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