第6話:第一章 2 | 始まりゆく謎のスピーチ


 体育館に到着すると、僕達は所属クラスである一年B組に五十音順で整列した。


安足アダチ』、『明松カガリ』、『来次キスキ』という苗字の為、僕達三人は五十音順だと距離が近く、レンと僕に至っては4番と5番で連番になる。


 故にこういう行事では、校長先生のありがたい言葉を半分聞き流しながら小声で雑談をして過ごすのだが、今回はそうはいかなかった。

 なぜなら。


 


 校長先生のありがたい言葉に聞き入ったとか、近くに担任の教師がいて喋りづらかったとか、そういう話じゃない。

 単純に、機能的に声が出せなかったのである。


 いつからだ? ついさっきまで普通に喋れていたはずなのに。


 栄養失調によるひきつりだろうか。身体中ピクリとも動かせず、口だけでなく全身が硬直しているのだと気付いた。


 何とか前のレンに伝えようと努力するも、重心をズラす事すらままならない。


 かろうじて視線だけ泳がす事ができたので、助けを呼ぶ為に周囲を見渡し観察する……と。

 僕だけでなく、マコトやレン、他のクラスメイトや近くの教員まで、視界の人々は全員身動きが取れないようだった。



 ……いや違う。一人だけ。

 一人だけ、今まさに動き出した人影があった。



 結婚式の新郎装束に似た純白のタキシード姿と、中性的な顔立ちが相まって判別しにくいが、肩まで伸びた煌びやかな金髪をフワリと揺らす華奢な姿から、女性だと悟る。


 学園の関係者では無いだろう。格好があまりにも場違い過ぎる。

 退任する教師陣の紹介は済んでいるし、新任の教師を紹介するのは春休み明けのはずだ。


 何より、場違いな恰好ながらここにいる事が当然と思えてしまう堂々たる立ち振る舞いと、存在感の強さが、学園の関係者というよりはもっと手前で彼女を『普通じゃない』と感じさせた。

 まるで、みたいな、そんな印象を受ける。


 彼女は登壇してからマイクを取ると、何やら「うんうん」と頷きながら館内を一瞥(いちべつ)した。


 見渡した視線が僕達のクラスを向いたところで一度止まり、おかげで一瞬彼女の碧眼へきがんと目が合った気がしたが、彼女は優しく微笑むだけで、事実はどうか分からない。


 こんなに美しい人は見たことがない。

 勘違いでなく、本当に目が合ったのなら。

 その優しい微笑みが僕に向けられたものならどれだけ光栄だろうと、自然と願ってしまうほどに美しかった。


 やがて彼女は前を向き直し真剣な面持ちをつくると、深く息を吸い込んでから口を開いた。



『──まずは謝罪をしよう。皆さんまこっっとに申し訳ない!!


 謝ることは2つあるんだが、何よりもまず皆さんの身体の自由を奪ってしまって申し訳ない! 私もこんな事はしたくなかったんだが、ほんと使いっぱしりの私にはどうすることもできなかった……!!


 いや本来ならね? もう少しゆとりをもって、それぞれに向けて個別に情報を発信する予定だったんだが、上からやれ時短! やれ人員削減! やれリスケ! とかめたくそ理不尽極まりない要求ばかり飛んできて、もう関係者が集まるこの場でパパッと状況説明しちゃうか! 冴えてるぞ私!! っていう流れでこの場をお借りしたわけなんだよ!!


 でもね? いきなりこんなワケ分からん奴がワケ分からん説明始めたらみんな混乱するしパニックになると思って、悩んだすえに一時的に身体の自由を効かなくさせてもらったのさ!


 だいじょぶだいじょぶ、説明が終わったらちゃんと動けるようにするからね、そこは安心してくれていい』



 いきなりのフルスロットルマシンガントークに戦慄し動けなくなっていた。いやもっと関係ない理由で動けないんですけどね?


 何か趣味の話になると饒舌になっちゃうオタクに通ずる悲しさがある。もしくはオイオイコマコマでギリギリのギリだった社畜と飲みニケーションしたら全力で絡み酒されたみたいな感じ。


 あれ~? めっちゃ綺麗で最初うっかり恋に落ちるかと思ったのにどういうこと?


 彼女は両手で握っていたマイクから今や片手を離し、空いた手で壇上をバンバン叩いたり、握った拳を宙でブンブン振ったりと、忙しなく動いていた。

 う~ん、これは追い込まれてますねぇ……



『それからもう1つ謝る事があるんだ。

 関係者が全員集まるこの場で話すと言ったが、この中には今から共有する情報を、現状はまだ知らない方が良い人達もいる。

 情報の共有が済み次第、そういった一部の人達の記憶を一時的に封じさせてもらう。


 各々おのおの、必要な時が来ればちゃんと思い出せるようにするし、障害を残すこともない安全な措置だから安心してくれたまえ! 


 身体の自由を奪うだけでなく記憶までイジってしまい心苦しいがどうか聞き入れてくれ! いやもうほんとに…本当に申し訳ない! ごめんなさいっ………!!』



 彼女は心底申し訳なさそうに平謝りを繰り返している。

 そのうち土下座でも始めそうな勢いに驚いたが、そんな事よりよほど気になるワードがメジロ押しで、脳のキャパシティはそちらの処理で手一杯だった。


 なんだ? 今なんと言った?

 つまり彼女はこの場で速やかに情報伝達を行う為に、僕たち全員の身体の自由を奪ったというのか。

 そして今から共有する情報を、一部の人間の記憶から封印すると。


 やはり普通じゃない。体育館ここには4ケタ近い人間がいるんだぞ?

 それだけの人数から同時に身体の自由を奪う? 記憶を封じる? そんなの普通できるはずがない。 



 だとすれば、もしかして彼女も普通ではなくて。

 つまり彼女にも、何か特別な秘密があるのだとしたら。



『── よし、謝罪も済んだ事だし自己紹介だね。


 私の名前はケイナ。

 ここ真弾高校の理事長にして、最高神から君たち候補者の育成を任された、神の遣いっぱしりです。


 君たちとは頼り頼られの関係になるだろう。これからよろしくね!


 さてさて、あまり時間も無いし早速本題に入らせてもらおうか。

 まずは主題というか、これから君達に頑張ってもらう今後の目標とかそういうのから話してみよう。


 ………そうだね。ザックリ一言で、頼み事形式に言ってしまうとね。

 君たち生徒諸君の誰かに ──』



 言始いいはじめこそ話の組み立てを考えてまごついたものの、彼女は意を決して向き直ると、はっきりと告げた。





『 ───




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