第5話:第一章 1 | 終わりゆくいつも通り



「いやー負けた負けた。クソゲー乙」



 昼休みの中庭で、サンドイッチ片手にスマホをいじりながら、級友の明松カガリ レンは呟いた。



「……いやいや昼飯食べる時間 惜しんでまでプレイしてるくせになに言ってるの? ツンデレかよ」



 べ、別にアンタの事が面白いからプレイしてる訳じゃないんだからっ! 勘違いしないでよね!!


 うーん…全く需要が無いツンデレですね。さてはデバッグのバイトかな?

 あれマジでキツいからそんな可愛いリアクションできないぞ?

 最終的に「ォン…」ってうめき声が出ちゃうし、いくら「がんばるぞいっ!!」って言っても心が死ぬからね。



「いやキスキ、お前が足引っ張るからつまんねーんだよ。

 なのにレベルだけは課金してガンガン上げるし。追いつかれそうでモチベが下がってるんだよオレは」


「しつこいな、無課金攻略だから。もし課金してもランク上げじゃなくてガチャに使うわ」



「パズル&ドラモンズ」通称「パズドラ」は、モンスター溢れるダンジョンを、タッチパズルアクションで攻略するスマホゲームだ。

 レンはだいぶ前から、僕、来次キスキ 彩土ハニは二カ月前から始めたゲームである。


 最近は二人でずっとこのゲームの協力プレイをやり込んでいた。



「無課金にしてはレベル上がるの早すぎるんだよなぁ……。

 短期間でそんなに上げるとか、魔法石 使ってレベル上げするしか無いだろ?」


「ふっ、長年のピアノで鍛えぬいた華麗な指使いがあってこそ為せる偉業さ…」



 確かに僕はこのゲームの殆どのダンジョンを難無く突破していた。

 その結果 無駄なスタミナを消費しなかった分、ランクの伸びが良いのだと思う。


 だがそれは課金でレベリングをしたからじゃない。

 ピアノも正直 関係無いが、そういう事にしている。


 もっと別の理由で、僕がこのゲームと相性が良かったのだ。



「ふーん…ボスの気迫に押されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった…とかじゃねーの?」


「ちっげえよ。普通にプレイしてるだけだから、本当に」


 かやばあああああっ! と心の中で叫びつつ相槌を打つ。

 僕はオーバーアシストのようなチート行為はしていない。本当にスマホゲームと相性が良いだけなのだ。



 ──どういう風に相性が良いのかは、人前では見せないようにしているけれど。



「そういえばマコトは? 今日まだ見てないけど」


「さあ? 小テストの結果が悪くて呼び出しとかじゃねえの?」


「あーなるほど。今日返ってきた小テストっていうと数学かな? あいつ苦手だし」



 今日は僕達の通う真弾しんぜん学園の終業式なのだ。


 それに伴い学期末に行われた小テストの返却があった。

 結果によっては明日から始まる春休みが何日か補講で潰れてしまう。……それはなるたけ避けたい。



「だったらあんた達も呼び出されるでしょ。失礼ね」


「「確かに」」



 その通りだ。もしテストが原因なら僕もレンも真っ先に呼び出される自信がある。そして恐らく行きはしない。

 むむっ、迂闊だった。本人に聞かれてしまったか…



「遅かったな。呼び出しじゃないなら何してたの?」



 顔色を伺いながら振り返ると、そこにはポニテの女生徒がウンザリした表情で仁王立ちしていた。

 どうでもいいけど角度的にパンツ見えそうですよ?

 風よ吹け、何してる! 職務怠慢だぞ!!


 シッシッと手を払うジェスチャーで僕とレンの間にスペースを作りつつ、女生徒はそこに腰を下ろした。



「ある意味 呼び出しよ……12人目」

「「あー……」」


「しかも、また女の子……」

「「あー……」」



安足アダチ 真琴マコト

 こいつは凄くモテるのだ。


 数学以外は学業優秀。運動神経も抜群で空手部の次期主将。絵に描いたような文武両道。

 背がスラッと高いモデル体型で、顔立ちも整っている。


 今回で計12人から告白されており、驚く事にその半数近くが同性からという、なかなかレアな経験をしているのだ。


 なんと女性主体のファンクラブまである。

 ちなみに僕の会員番号は11だ。この間プレミアム会員に昇格した。



「僕さー、百合ってすっごい尊いものだと思うんだよね…」


「やめてよね、あたしソッチの趣味ないから」



 ちょっとした持論と願望を語ってみたが、即拒否されてしまった。

 いいじゃん百合。みんな好きでしょ? もう付き合ってカーテンの裏とか体育倉庫でキスしちゃえよ。

 桜でTrickしちゃえよ。



「でもお前 女子はともかく男子相手でもOKしないよな。

 こないだのバスケ部の清光キヨミツとかどうなんだ? 女子から見たら優良物件だろ、イケメンだし」



 レンがパズルをしながら何の気なしに問いかける。視線は全くスマホから逸らそうとしない。

 やっぱりこいつパズドラ大好きじゃないか?


 というか清光もマコトに告白してたのか、知らなかった。

 確かに清光は好青年で、男女問わず人気がある。

 祖母がアメリカ人だかでクォーターであり、学年随一の顔面偏差値を誇る。


 ちなみに僕はそこまで好きじゃない。

 なぜって? 奴がイケメンだからだよ…!!



「清光はイケメン過ぎるから逆にパス。

 ていうかあんた、他人事だと思ってほんと適当に言うわよね。───ヒトノキモシラナイデ」



 うつむいたマコトがゴニョゴニョと小さく主張をしていて可愛い。

 まぁ好きな奴が無自覚に他の男との交際を進めてくればそうなる気持ちも分かる。

 ……少し後押ししてやろうか。



「まあこんだけ断るからには別に理由があるんじゃないの、知らんけど。

 ……例えば他に気になる相手がいるとか」



 恋愛経験豊富で百戦錬磨な僕からのさりげない気配り、かつ援護射撃である。

 今まで数多の女の子達の心をモノにしてきたのだ、抜かりはない。

 あ、そういえばそろそろ好きなギャルゲーの新作が出るんだった、予約しないと。

 まーた彼女が増えちゃうのかぁ…やはりモテる男は辛いゼ☆



「は、はあ!? 好きな奴とかいないし! 全然いない! どこ情報それ!? ていうかキスキ、なにか心当たりある……とか?」



 いやいや心当たりどころかむしろ確信してるまである。



「ああ、僕は気付いていたぜ。お前が(レンに)向ける熱い視線に!」



 顔を赤くするマコトに、僕はお前の恋を応援する、味方だと。そう目で訴える。



「いやいやいやいや! 別にあんたの事とか全然見てないから! むしろ普段から意識的に視界に入れないようにしてるから!!」



 ますます顔が赤くなっていく。耳まで赤い。

 どうしたんだこいつ? 今更そんな分かりきった事言わなくても。



「え、そりゃそうでしょうよ。お前が僕に熱い視線を向ける理由なくない?」



 ていうか視界に入れないとか徹底的過ぎない?

 ──え? もしかして僕のこと嫌い…?



「え、いやあんた何言ってんの?」


「え、いやお前こそどうしたの?」


「お前ら、特にキスキ。すげえ勘違いしてるぞ、多分」



 レンは相変わらず、スマホから全く視線を逸らさぬまま茶々を入れてくる。

 そこには一分一秒すら無駄にしないという気迫があった。

 やっぱりこいつパズドラ大好きじゃないか?


 というか勘違い? 何が? 勘違いはお前の方なんだよなぁ…

 今もマコトが僕を巻き込んで熱い視線を向けているというのに。


 しかしここまで分かりやすい好意に気付かないとは、こいつラブコメによくいる鈍感系主人公タイプか?

 何故そこまで恋に無頓着なのか。もしや故意に無頓着なのか?

 だとしたら絶許。


 やはり僕がこの場を離れて二人きりの時間を作った方が良いんじゃないだろうか。



「じゃあ、僕ちょっと催したからお花摘んでくる。後は若いお二人でー」


「女子かよ。てかやっぱ勘違いしてんぞ」



 気を利かせてその場を離れようとする僕を、今度はマコトが引き止めた。



「あ、キスキ、帰りに午後ティーよろしく」


「オレはがぶ飲みスイカソーダよろしく」



 二人の為に気を使ってる僕にパシリを要求してくるとは。

 まあいつもの事だからいいのだけど…



「いつも通りね、りょーかいりょーかい」



 そう、これが僕にとっての「いつも通り」だ。

 何の不満も不安も無く、繰り返されていく毎日。

 多くはないが、くだらない話ができる友達がいて、二人がくっついたとしても、この関係は壊れないだろうと断言できる。


 恵まれている…と思う。大事にしたい…そう思う。

 でも、何か──



「あ、ちょい待ち。帰ってくるまでお前のスマホいじってていい? 貸しててくんない?」


「え、なんで? 普通に嫌なんだけど?」



 レンから唐突に嫌な提案が飛んできた。何だそれ嫌すぎるぞ。

 普段使ってるブラウザとか見られたらたまったモノじゃない。


 だって履歴が出ちゃう! 男の子だもんっ!! ///



「いやほらパズドラの協力プレイ進めないと。イベント今日の昼までだろ?」



 ………やっぱこいつ、パズドラ大好きだろ。




 ◇

 ◇

 ◇




 結局、レンのパズドラ愛に根負けした僕はスマホを渡してからトイレへと向かった。


 ブラウザの履歴はもちろん消去した。

「先にラインの返信するから待ってくれ」と言ってから、ほんの数秒の出来事だった。

 おそろしく速い隠蔽いんぺい、僕でなきゃ見逃しちゃうね!



「さてさて、午後ティーとがぶ飲みスイカソーダね。確かこの自販機にあったはず……」



 自販機で自分の飲み物を適当に買ってから、二人に頼まれていた飲み物も探す……が、しかし。



「うっそマジか! 午後ティー売り切れかよ……」



 残念ながらマコト御所望の午後ティーが売り切れてるらしい。

 ここに無ければ結構遠くの別の自販機に行かなければならない。どうしようかしら……



来次キスキくん? 午後ティーが欲しいのかい?」



 落胆していると、背後から覚えのある声が聞こえた。


 自販機のガラスの反射を利用し背後を確認すると、見知った人物が午後ティーとイチゴオーレ、二本の飲み物を抱えて立っている。


 しかし見知った外見とは一部 違う事に気付き、振り向き様に訪ねてみた。



「お前清光キヨミツ…だよな。どうしたんだ? その髪…」


「ああこれ? 先週染めたんだよね、結構いい感じだと思わないか?」



清光キヨミツ 明良アキラ

 先週マコトに告白して「イケメン過ぎるから」とかよく分からない理由で玉砕した、例のバスケ部のエースである。


 一生同じ理由で世の女性にフラれ続けてほしいと心から妬んでしまう程にイケメン。


 その清光が髪を金髪に染めていたのだ。

 高校生の身分で金髪に染めるヤツって絶対チャラいし口悪そうだし、僕の脳内関わりたくないランキング最上位に食い込んできそうなモノだが、色白で高身長な彼がやるとめちゃくちゃ似合っており、違和感が無い。


 ここまで似合ってると一周回って腹も立たない気がする。

 ……いや気がするだけだった。普通に腹立つわ、何だこいつイケメン過ぎるだろ。



「お前なんでも似合うな。でもバスケ部員が良いのか?

 校則的にセーフでも、運動部的にはNGじゃないの?」


「もちろん運動部的には染髪NGだよ?

 けど俺はもう対象外なんだ、他にやりたい事ができて先週 退部したからね。

 ……というかこの午後ティーどうする? 譲ろうか?」



 なるほど、清光こいつ部活を辞めていたのか。

 ならば問題は無い。この真禅しんぜん学園において、染髪は校則違反では無いのだ。

 生徒の自主性を重んじる校風により許可されてるのである。


 というかさっきからかたくなに午後ティー譲ろうとしてくるけどいい奴だな清光。

 イケメンじゃなければ友達になれたかも知れない。



「いや悪いし。せっかく当たりで一本儲けたんだろ? なかなかある事じゃないし、折角だから自分で飲めよ」


「……どうして分かったんだ? 君が来る少し前にその自販機で当てたんだけど、もしかして見てたのか?」


「いや? 別に見てたわけじゃない、なんとなくそう思っただけだ」



 清光は「どういう事だ?」と首を傾げた。

 そんな何でもない仕草でさえカッコ良くになるので感心してしまう。



「今日はこの後 終業式だけだろ? 午後の授業も無いのに1人で2本も買うの変じゃん。

 お前は人気者だからパシリでもなさそうだし。


 で、そのイチゴオーレ見て思った。自販機で当たりが出たから、量の少ない紙パックの飲み物イチゴオーレを選んだのかもってな」


「……なるほど正解だ。これ、やっぱり景品にあげるよ。

 君の言う通り2本も飲みきれないなと思ってたんだよね」



 清光はそう言うと、自分は当たりで手に入れたイチゴオーレを飲みつつ、抱えていた午後ティーを投げてよこした。


 本当に譲ってくれるとは何て良い奴なんだろう。

 ……惜しい、イケメンでさえ無ければ友達になれたのに。



「マジかありがとう。そういう事ならもらっとく。

 …140円だよな?」


「いや1本は元々無料タダだしいいよ。持て余してた分を貰ってくれるんだから俺も助かるしね!

 ……その変わりって訳じゃないけど、1つ質問してもいいかな?」



 え、タダでくれるなんて清光さん良い人過ぎる……

 こんなに優しくされたのは久しぶりだ。僕が女だったら惚れてるまである。

 ──いや流石に僕チョロ過ぎない? このレベルの優しさが久しぶりとか我ながらどれだけ寂しい人生を歩んでいるのかしら…



「その、君と安足アダチさんは、付き合ってたりするのかな? いつも一緒に居るけど……」


「僕とマコ…安足が? いやいやナイナイ、全然そんな事ないぞ。

 なんというか腐れ縁? みたいなそんな感じだから」



 清光の前でマコトの事を名前で呼ぶのははばかられ、とっさにマコトの二人称を変更した。

 清光がマコトに振られたばかりな為、下手に刺激したく無かったのである。



「そうなのか? じゃあその、君の方が彼女にそういう感情を抱いてるって事も無いのかな?」


「……無いよ、普通に友達としてしか見てない。

 それにあいつ他に好きなやついるぞ、たぶん」



 マコトが好きなのはレンで、決して僕や清光じゃない。

 話を聞くに、清光はまだマコトの事を諦めてないのだろうか。

 レンとマコトの二人にくっついて欲しい僕としては、変な虫イケメンに付いて欲しくは無いんだけど。



「………そうか。君がそう思っているうちは、俺にもチャンスがあるのかもしれないな」



 ……僕がそう思っているうちは?

 いや、僕がどう思おうとマコトの気持ちは変わらないので清光ヘンなムシにチャンスなんて無いぞ?


 ─── 待て! しかして絶望せよ! である。



「まぁなんだ。ありがとなこれ、助かったよ。また新学期でな」


「あぁ、いい春休みを」



 これ以上 誤解されても困るし長話になる頃合いでもある。

 僕は清光に改めてお礼を言って場を離れる事にした。



「──あぁそうだ。キスキ君!」


「どうした? やっぱ お金払った方がいいか?」


「いや違くて。その午後ティーさ、生まれて初めて当たったやつだから、大切に飲んでくれよな!」



 清光は別に恩に着せたい風でも無く、純粋に喜びを共有したいといった感じに二カッと笑っていた。


 ヤダ! わたし清光君の初めてもらっちゃった、嬉しい……

 何だこいつ、見た目だけじゃなくて言葉選びから挙動までイケメン。思わず乙女になってしまったじゃないか。


 ……もう完璧すぎる。つまり完璧に敵では?



「あぁうん、なおさらありがとな。

 ……そうそう、退部して代わりにやりたい事? がどんなのか知らんけど、上手くいくといいな!」



 歩き出した事でひらいた距離からも聞こえるように、僕にしては珍しく、大きめの声で返した。




 ◇

 ◇

 ◇




 さて、僕が居ない時あの二人どんな話をしてるのだろう。

 思えば共通の趣味とかあるのかな?


 まぁ趣味以外でも共通の話題なんていくらでもあるか。例えば共通の知人の話とか。

 誰だそれ僕か? 僕だね。ヤダソレ100%悪口じゃんモウヤダー……


 声高に僕の陰口とかされてたら嫌すぎるぞ。二人してめちゃくちゃ盛り上がってそうだけど。軽く想像できちゃうのが辛い。


 本人が居ないところでする会話は大体悪口ってばっちゃが言ってたからね。実際そういう時ばあちゃんもじいちゃんの悪口言ってたから大体合ってる、たぶん。


 そんな事を考えながら中庭まで戻ると、遠巻きに気付いたマコトが手をパタパタと振りながら「おかえりー」と声を掛けてくる。



「あれレンは? どこいったのん…?」


「なんか用事ができたとかで、キスキがトイレ行った後すぐいなくなったわよ」


「えぇ……。スイカソーダどうすんの? あと僕のスマホもどうすんの??」



 せっかく二人きりになれるよう離席したのに、マコトはほぼ一人で待っていた事になる。何やってんだよレンの奴……

何やってんだよ団長…!!(風評被害)


 僕は「ん。」とマコトに午後ティーを差し出すと、マコトも「ん。」といいながら受け取り、後ろに小声でポショリと「ありがとー。」と付け足した。



「流石にそろそろ帰ってくるんじゃない? スマホが返ってくるかは知らないけど……」


「不穏すぎるだろ。スマホ返って来なかったら流石に怒るよ? 親しき仲にも礼儀ありだよ…?」


「親しき……仲?」


「そこ疑問形なのおかしくない? 実は友達じゃ無かった? ただのパシりだった…?」



 実際に二人の飲み物を買ってきた後にそういう反応されると信憑性がマシマシなのでやめて頂きたい。

 ……大丈夫だよね? 信じていいよね??



「すまん、だいぶ長く借りたわ。あと飲み物さんきゅー」



 マコトとわいわいしているとレンが帰ってきたようで、座る前に僕のスマホを優しく放ってきた。

 僕もそれにならってスイカソーダをレンに放ると、お互いに投げたものがボケモンの通信交換のように宙で入れ替わる。



「どう? 協力プレイはクリアできた?」


「いや全然。普通に考えて2台同時にスマホいじるの無理だったわ」


「えぇ…。僕のスマホ何の意味も無いじゃん…」


「それな。道具は持ち主に似るってやつだな」



 ちょっとヒドくない? 100%善意でスマホ貸した人にその言い草はエグいのでは…?


 まあ言っても仕方ないので心の中だけの反論で留めておくと、レンが「あ、そういえば」と続けながら小銭を渡してきた。



「はいよ、150円な。まじサンキュー」


「あ、あたしも。はい150円」



 僕が買ってきた二人の飲み物代だ。僕らのルールで、飲み物を買って来てくれたら10円上乗せするのだ。

 レンの分は受け取るとして、マコトの分は僕がお金 出したわけじゃ無いんだよな…



「あー、マコトの分はいいや。それ当たったやつで、実質無料というか…なんなら当てたのも僕じゃないんだけど…」


「んー? どういうこと?」


「いや、午後ティー買おうとしたら売り切れてて。

 それ見てた親切な奴が、自分が自販機で当てた分を譲ってくれたんだよね」



 マコトは「なるほどねー」とか言いながら、カラカラと音を立てて午後ティーのキャップを外している。



「親切な人って居るのね、ていうか誰なの? 譲ってくれた人って」


「──あ、待った! それ飲まない方が良いぞ!」



 思い当たる事がありマコトを止めようとしたが遅かった。

 彼女はコクりと喉を鳴らし、既に飲み物に口を付けている。

 ……しまった。これ少しめんどくさいぞ。



「え、もう飲んじゃったんだけど! どうしたの?」


「いや、それくれたの清光なんだよね…。

 まぁお金は要らないって言ってたし、直接貰ったのは僕だからマコトが気にする事でも無いけど」



 一言お礼を言えば良いのだろうが、フったばかりの相手と喋るのは気まずいよねという話である。



「いやちゃんと後で礼言った方が良いんじゃね? むしろ礼に付き合ってやれば?」


「あんたほんっとに無神経よね信じらんないっ!!」



 相変わらず、自分に好意を向けている相手に別の誰かとの交際を勧めていく鬼畜スタイル。レンくんさぁ……



「正直あたしは何ともないんだけど、むこうが気まずいかもだしね。結構キッパリ拒否っちゃったから…」


「まぁやっぱり気にする事でもないんじゃない。

 お礼言うにしても春休み明けとか、ほとぼり冷めてからで大丈夫でしょ」


「えぇ~、それはそれで春休みモヤモヤしそうでヤダ……」



 マコトがそう言ったタイミングで、ちょうど昼休み終了のチャイムが鳴った。五分後には終業式が始まる。



「そろそろ体育館行くか」



 相変わらずパズドラをカタカタやりながら呟くレンを横目で見ながら、高校一年生最後の昼休みが終わったのだなと、小さく伸びをして思った。



 これから起こる事を何も知らない、最後の『いつも通り』だった。


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