第3話:序章 3| 少し未来のプロローグ/選定試練・2《セレクトゲーム・セカンド》終


◇ narrator / 達身タツミ トオル

───────────



「……どういうことだよ。なんでそんなこと知ってるんだ、あんた」


「身内に理解わかるヤツがいるんだよ。

 お前があの時間に鳥居とりいに来る事も、お前の能力の事も、お前ならあの神様が創ったぼうを斬れるかもって事も、全部そいつから聞いたんだ」


「……なんだよそれ。プライバシーもクソもないな」


「……まだお前が会いたい相手までは聞かされてない。

 だけど、その相手がどこの誰だろうと、僕が絶対に会わせてみせる。

 だから頼む。タツミ、お前の力を僕たちに貸してくれ」



 キスキの言葉を聞きながら思う。

 つまり『そいつ』とやらは他人の個人情報を知る事のできる願能がんのうを持っているのだろう。

 もしかしたらそいつなら何か、俺の望みを叶える方法を知っているかもしれない。


 考えながら窓の外の巨大な赤いぼうを見やる。

 太さは少なくとも直径100メートル以上、高さに至っては雲海うんかいに隠れて果てが見えない。


 眺めながらキスキの言葉を思い出す。

 俺が赤い柱アレを斬れたなら、キスキは俺の手助けをしてくれると言った。

 例え口約束でも、さっきの言葉は『信じてもいい』と思えるモノだった。

 こいつは本当に俺を手助けしてくれるつもりなのだと思う。

 そして今は、俺もこいつを手助けしてやりたいと思っている。

 けれど──、



「やっぱりムリだ。俺には絶対にムリだよ。

 だってあんなデカいモノを斬るとこなんて、どうしても俺には想像できない」



 ──けれど俺にはできない。

 窓の外の赤い柱アレを斬る想像イメージがどうしても見えない。

 キスキの力になってやりたいと思えても、こいつが俺の手助けをしてくれると言ってくれても、それでも。

 ……それでも今の俺に、こいつの望みを叶えてやれる力は無い。

 俺はもう一度ハッキリと断って、キスキから顔をそむけた。



「────そうか、分かった」


「────悪いな、けどどうしようもないんだ。じゃあな、キスキ……」



 言いながら俺は体育倉庫の入口いりぐちに足を向けた。

 キスキはそれを見ると右手を上げて、ヒラヒラと振ってくる。

 こいつなりの別れの挨拶あいさつなんだろう。

 それに俺も手を振り返す。


 ……来次キスキ 彩土ハニか、なんだかんだ良いヤツだった。

 この学園に来て最初に会った相手がこいつで良かったと思える。


 期待に答えられなくて申し訳ないし、体育倉庫ここを出る時に悪目立わるめだって、キスキの逃げるすきくらい作ってやろうかな。

 なんて思った瞬間───、




「……あぁ、分かったよ。

 ──もう説得するのはヤメだ! ッ……!!」


「 ────え? 」




 キスキはそう言って、ヒラヒラさせていた右手を思い切り下に振った。

 その勢いは凄まじく、〝──ビシッ!!〟という効果音が聞こえそうな程だった。

 どうやらそれは何かの合図だったらしく、気付けば俺の背後には、いきなり見知らぬ女生徒が立っていた。

 咄嗟とっさ竹刀袋しないぶくろに手を伸ばそうとするけれど、それより早く女生徒に羽交はがめにされて動けなくなる。



「 ──ハァッ!? ダレッ!?!? 」


「マコト、マーカーはッ!?」


「 なんてッ!?」


「だいじょぶ、仕掛しかけてるッ!!」


「 だからなんてッ!?!? 」




 状況が全く分からない。

 かろうじて分かるのは、マコトと呼ばれた女生徒は白い腕章を付けていて、どうやらキスキの仲間らしいという事だけだ。




「タツミいいかよく聞け!

 今からお前を赤い棒アレの前に飛ばすから、


「 ちょっ、ちょっと待て! ふざけんなッ……!! 」


「さっきも言ったけどケガはしない! そこは安心していい!!」


「 ドコがッ?! アンシンッ?! ナニがッ?! 」



 気が動転していて滑舌かつぜつがヤバい。

 けれど一番ヤバいのはこの一見 人攫ひとさらいにも見える状況で『安心していい』とか言ってくるキスキの方だろう。



「あ、でも落ちた時に一瞬だけ、ちょっと、いやかなり痛いと思う。

 だから落ちる前に斬って戻って来い。

 お前がアレを斬った瞬間、またここに飛ばすから」


「 さっきから飛ばすってなんだ!? 落ちるってなんだよ!!!! 」



 必死に抵抗するけれどふりほどく事ができない。

 マコトとやらの力が強すぎる。

 あとキスキのスルー能力も強すぎる。

 さっきから一つも俺の質問に答えてくれない。



「──良しマコト! あとは頼んだぞ!!」


「頼まれた! 行ってくる!!」


「 良くねぇよ待てッ…!! 行くな! 分かんねえっ!! いっこも分かんねぇんだけdo── 」



 俺の必死な抗議の声は全く届かず。

 次の瞬間、俺はまるで無重力下のような不思議な感覚に包まれて、体育倉庫から姿を消した。




 ◇

 ◇

 ◇




◇ narrator / 来次 彩土キスキハニ

───────────



「──ふぅ、無事に送り出せたな」



 我ながら完璧な仕事だった。

 本当に完璧だったなら説得できてなければおかしいかもしれないけれど、結果が同じなら万事オッケー。何も問題はない。


 ヤツに言われた通りタツミを送り出せたのだし、後は成るように成るだろう。


 ────トゥルルルルル、トゥルルル、トゥルルル──


 ジャージのポケットからスマホの通知音が響く。

 『もしかして』と画面を見ると、やっぱり予感は当たっていて、通話を掛けて来た相手はヤツだった。

 しょうがないので画面をタップしてイヤイヤ通話に出る。



「──もしもしどうかした? 忙しいから切るぞ?」


「──切るな! なにしてるんだ君は! 進んで協力してもらえなかった時は彼のカタナを奪えって言ったじゃないかッ…!!」


「いやだってアレめちゃくちゃ大事そうにしてんだもん。

 そんな非道ヒドい事できるわけないだろ?」 


「高さ5000メートルから落とす方が非道ヒドいだろッ…!!」


「ハハッ、確かに。

 上手いコト言うなお前、じゃあ僕 忙しいから切るぞ」



 確かに空中に放り出す方が何倍もヒドい気がする。

 しかしそうしろと僕に指示したのは電話先のコイツな訳で。

 なんならタツミを巻き込む提案をしてきたのも、諸々もろもろの情報を僕に教えてきたのもコイツな訳で。


 それにさっきはタツミに発破ハッパをかけるつもりでああ言ったが、実際はタツミが地面に叩きつけられるような事はない。安全策は用意してあるし、問題はないはず───



『待て切るな! 今のでほぼ確定したぞ、どうするんだっ!!

 ……!!!!』


「───え。待て、言われた通りに送り出したぞっ! これでいいんじゃないのかッ……!?」



 通話先の声に焦りが見え始める。

 『協力してもらえなかったら刀を奪う』というのは苦肉の策で、どうあれ柱の前に送り出せれば解決すると思っていたが、勝手が違うのか…?



「全然よくないっ! それはあくまで彼が『自分から進んで協力してくれた場合』の話だッ……!!

 モチベーションというか精神面パフォーマンスが違いすぎる!!

 このままだと彼は斬れないっ! 自分で何か言ってなかったか、能力の条件とか!!」



 言われてタツミとの会話を思い出す。

 能力の条件、それに関係がありそうな記憶をひたすらに探していく。



『あぁ、なるほど──いや斬れねぇって言っただろうがっ!

 近くても遠くても関係ない! あんなデカいのはムリだ!』



 あの時『デカいのはムリ』と言っていたけれど、理由というか、条件はそこではない気がする。

 そんな明確な基準りゆうで斬れないのなら、

 そしてさっきの通り、モチベーションや精神面パフォーマンスの違いが結果に影響するなんて事も無いはずだ。


 つまり他にあるんだ、何か別の理由が。

 本人にはどうしようもなくて、感情や精神がトリガーになるような理由が。

 もっと思い出せ、もっと。

 時間が無い、スマホからなにやら声が流れているが関係ない。

 思考をひたすら加速させて、全てのやりとりを脳内で再生する、そして──、



『だってあんなデカいモノを斬るとこなんて、どうしても俺には想像できない』



 ───そうだ。あの時のあの言葉。

 あれがただの諦観ていかんの言葉ではないのだとしたら?

 あの言葉こそが、タツミが斬れない明確な『理由』であるとしたなら。



「──そうか。想像って、具体的なイメージができないとダメなのか…?」


「──もういい彼を体育倉庫そこに戻せ!

 チャンスは一度だっ! このまま斬れば……!!」



 思考が等速に戻っていく。

 確かに、マコトに頼んで一度 体育倉庫に戻してもらうのも手ではあるだろう。それで柱への学習を止める事はできる。


 しかし赤組の連中もバカじゃない。

 今回は連中の無警戒むけいかいいて上空から接近できたけれど、仕切り直してる間にガードを固められるだろう。

 次のチャンスが無いかもしれない以上、退いてはダメだ。


 ──それに想像する事が能力の条件だと言うのなら、まだ僕にも打てる手がある。

 



「──いやまだだ、ようは『』んだろっ!

 だったら──」



 無意識にスマホの通話を切って、僕は窓の外から赤いぼうへと視線を向けていた。


 そうだ。タツミができないって言うのなら。

 あいつに想像できないものを、



「──── ……!!」




 ◇

 ◇

 ◇




◇ narrator / 達身タツミ トオル

───────────



 体育倉庫で不思議な感覚に襲われたと思えば、次の瞬間にははるか上空、赤い柱の前に飛ばされていた。



「──くっっそ! なんだよこれふざけんなよッ!!

 死ぬ死ぬシヌシヌしぬしぬッーーーー……!!!!」



 このまま落ちたら絶対に死ぬ。そう確信できる高さからの自由落下。

 正確な高さまでは分からないけれど、前に一度登った電波塔スカイツリーよりは明らかに高い。


 あと何秒で地面に叩きつけられるのだろう…?

 二十秒か? 三十秒か? ダメだ、そんな考えで時間を消費しては本当に死んでしまう。

 地面に激突するまでにやるべき事をやらなくては。


 俺は覚悟を決めて、背中にげた竹刀袋しないぶくろに手を伸ばした。

 そして息を整えて前を向く。



「ちくしょうッ! やればいいんだろやればッ……!!」



 目の前に広がる『巨大な柱』。

 それは空高くそびえ立ち、頂上は雲海うんかいの中に隠れきっていた。


 どのくらいの質量があるのかなんて分からないけれど、

 それでも俺は『コレ』をどうにかしなければならない。


 ……そう、この、今から俺は───、



「──ぶった斬ってやるッ……!!」



 そう言葉にして眼前を見やる。

 下はできるだけ見ない。だって怖すぎるから。

 なにより余計な事に意識をやってたら、コレを斬るところなんて想像イメージできない。



「──集中しろ、集中しろ、集中しろ、集中しろッ…!!」



 俺は竹刀袋を捨て去って中身を腰で構える。

 何より大事な預かりモノ、今ではもうがらになってしまった宝刀を。

 そしてまぶたを閉じて想像する。

 可能性を現実にするには、それだけ明確なイメージが無ければいけない。

 そうでなくては再現しても無意味な結果になる。



「─────────くそッ…!!」



 意識が散る、環境が悪過ぎる。

 違うそうじゃない、想像しろ。


 そもそも刃が通らない。けてしまったらどうする、大事な預かりモノなのに。

 そんな事はありえないと誰よりも自分が知ってるだろ、言い訳するな。


 時間が足りない、今も落ちてる、失敗する。

 まだ余裕はある、どうしてか落下スピードが遅い。この空の上の環境の特性なのか、それともキスキが何かしらの準備をしてたのかもしれない。ていうかそうだ、キスキ ハニ、許せない、あいつは許さない、俺がこんな目に遭っているのは、全部あいつのせいじゃないか。どうして俺が───


 ──違うそうじゃない! 今は考えるな、想像しろッ……!!!!



「─────────くっっっっそッ……!!!!!」



 突きつけられるのは非常な現実。

 俺にはどうする事もできないという確実な失敗。


 だって俺は気付いてる。

 俺が斬れなくなった本当の理由に気付いている。


 きっとあいつを斬ってしまった時に、俺は自分から望んだんだ。

 どうか斬れないモノがあってくれと、二度と間違えたくないと。

 せめてあいつと同じ神様くらい、斬れないようになってくれと。


 キスキに赤い柱コレが神様の創ったモノだと聞いた時から気付いていた。

 だったら俺には、絶対に斬れないだろうって───、



『────タツミ! 聞こえるかッ……!!』


「────はぁ!?」



 諦めかけたところにキスキの声が届く。

 けれど俺と同じように飛ばされて来た訳じゃない、どういう訳か頭の中に、直接アイツの声が響いている。

 もしかすると誰かしら、何かしらの願能なのかもしれない。



「───キスキ! おっまえ許さねえぞ、このッ…──」


『───時間が無い! 普通より遅くても落ちてるんだぞ!! 今はソレ斬る事だけ考えてくれッ…!!』



 憎まれ口を返そうとしたがさえぎられた。

 本当に勝手なヤツだ、というかやっぱりどういう訳か、俺は普通よりもゆっくり落ちて行ってるらしい。



「だから俺にはムリなんだよ! どうしても斬れねぇのッ…!!」


『──大丈夫だ、僕が斬らせてやる! お前ならできる!

 もう一度 目を閉じろ! 

 そしたら絶対に斬れるハズだッ……!!』


「テキトーなこと言ってんなよ! お前に俺の何が───」


『───僕を信じろッ……!!』



 キスキの大声に気圧されて、俺は言葉に詰まってしまう。

 全くどの口が『 信じろ 』なんて言うんだろう。

 俺を利用してこんな危険な状況に追い込んだくせに信じろだって?

 そんなヤツ、信用なんてできるワケが───、



『 会わせてやるよ、約束する。

  お前がその人に会えるように、絶対に協力する 』



 ふと、体育倉庫でのキスキの言葉を思い出した。

 そう、あの言葉は本当に、心から信じれると思えるモノだった。

 だから───、



「──だったらもう一度約束しろっ!

   キスキ! お前は本当に、俺を助けてくれるのかッ……!?」



 気付けば俺はそんな言葉を口にしていた。

 我ながら信じられない、きっとわらにもすがる思いだったのかもしれない。

 けれどそんな俺の言葉に、キスキは即答で返してきた。



『──あぁ約束するッ…!!

   僕がお前を助けてやるっ! 会いたい人に会わせてやるッ…!! それまで一緒に悩んでやるよッ……!!

   だからお前も───────』



 キスキは一度言葉を切って、頭がおかしくなるくらいバカでかい声で叫んできた。



『────だからお前も! 僕の事を助けてくれッ………!!』


「────分かったよ! 斬ってみせるッ………!!」



 俺は再び前を見る。

 大事な刀のつばに親指を沿わせ、腰を落として居合いあいの構えを取る。


 そしてキスキに言われた通り、もう一度 想像するべく目を閉じた。

 そのまま深く息を吐き、精神を万全な状態にっていく。


 しかしやはりどうしても、明確な想像ビジョンは浮かばない。

 最初から難しいのは知っていて、ムチャなのも分かっていた。


 だけどもう泣き言は無しだ。時間が許す限り何度だって想像してやる。

 それに今の俺には希望がある。

 もしもこの柱を斬るコトで、もう一度あいつに、会えるかもしれないと言うのなら。



 ──絶対に斬ってやる! こんなただデカいだけのぼうなんか、いくらでも斬ってみせるッ…!!



 そう覚悟を決めた瞬間、まぶたの裏に景色が広がる。

 それはとても鮮明せんめいで、驚くほどに現実的リアリティで、れするような精巧クオリティだった。

 


 真っ二つに斬り分けられる 赤い柱。

 分断された柱の間から覗く 青い空。

 斬れた柱が押しのけていく 白い雲。



 それは今まで俺が想像した事もない、とてつもない情景だった。

 


 その誰かに心当たりがあるような気がして、俺の口元は少しゆるんでいた。


 あとはコレを現実に起こすだけだ。

 見た通りに刀を動かし、目の前をいでしまえばいい。




 ────── 斬れる。



 俺はそう確信して目を開けた。

 大丈夫、俺にもう迷いは無い。

 今の俺にはきっとあの頃のように、斬れないモノなんて何もない。




『──お 前 に ぶ っ た 斬 っ て ほ し い ん だ よ ね !!』




 ふと鳥居とりいでキスキに頼まれた無理難題を思い出した。

 本当に、初対面でなんてふざけた事を言ってくるのかと呆れたけれど。

 でも今はこんなモノ、斬れて当然だと思えてしまっている自分がいる。

 俺は刀を握る手に力を込め、大声を出しながら振り抜いた。





「〝──── ぶ っ た 斬 れ ろ ッ………!!!!〟」





 刀を振り抜いた次の瞬間。

 赤い柱は切り分かれ、閉じたまぶたに浮かんだ通りの青い空が視界に写った。




 ◇

 ◇

 ◇




 再び、真弾学園(空の上)/体育倉庫。



 赤い柱を斬った直後、俺の背後に再びマコトという女生徒が現れて、次の瞬間には体育倉庫に戻って来ていた。

 何度か聞いた『飛ばす』という単語も合わせて考えると、何かしら移動に適した願能を持っているんだろう。


 

 さっきぶりの地面の感触に感動しながら膝をつく。

 倉庫内を見渡すと、マコト、キスキの姿があった。



「ありがとうタツミ。おかげて助かったよ、お疲れさま」


「あぁ、ほんとに疲れた。どうにか斬れて良かったよ」



 キスキは言いながら手を差し出して来る。

 それに握手をしながら立ち上がって、長く息を吐いた。


 やり遂げたという達成感と、同時にどっと疲れを感じた。

 本当はキスキに悪態あくたいの一つでも吐きたいけれどそんな元気も今は無い。



 まぁ、あんなデカいモノを斬ったんだし、当然と言えば当然だよな────いやちょっと待て! 柱の下は大丈夫か!?



 思い当たって、体育倉庫の窓に駆け出す。

 あんな質量のモノが落下したのだ、ヤバいッ、俺は地獄絵図を生み出してしまったかもしれないッ………──!!



「────え。あれ…?」


「ん? あぁ大丈夫だよ。壊せる前提のモノじゃなくても、神様がちゃんと対策してる。だから被害とかは出てない。

 ……だからこそ、これでようやく僕たちの目的も叶う」



 窓の外には白い柱だけがあり、赤い柱は綺麗サッパリ消えていた。

 良かった、大変な事にはなっていないらしい。

 あれだけの質量のモノがいきなり消えた事に驚きながら、俺はキスキに聞き返す。



「……え? なんだよ、お前らの本当の目的って──」


『──ピンポンパンポ~~ン! ハ~イみなさん聞こえますかー?

 なんと! なぜか! ビックリ! たった今、赤組のぼうが真っ二つになりました!!

 よってこの瞬間、全クラス参加種目「棒倒し」の終了を宣言しま~す!!』


「────ぃよっっっし! うまくいったッ……!!」



 聞き返そうとした瞬間、とても陽気ようきな校内放送にさえぎられた。

 それにすぐさまキスキが反応し、小さくガッツポーズを作る。



『そして生徒のみんなには嬉しいお知らせです!

 棒倒しはDay2、Day3の2日間に渡る長期スケジュール、目玉競技だったのですがー。

 なんとまさかの初日、本日中に決着が着いたため、明日1日はオフスケジュールとなりました!

 来賓らいひんされる神様方への配慮でスケジュールはどうしてもずらせないとの事です!


 なので生徒の皆さんは明日1日、体育祭最終日に備えて英気を養ってくださいねっ!

 くれぐれもハメを外し過ぎないように!!

 それから白組のスコアが格段に跳ね上がったので、赤組のみんなは血反吐ちへどを吐くつもりで頑張ってね~♪』



 なんて赤組の皆さんに申し訳なくなるような小言を添えて、校内放送は終了した。



「なるほどね、表向きはそういう理由で自由時間にするのか。

 けどまぁ理由はどうあれ、1


「キスキ? どういう意味だそれ」


「聞いた通りだよ。この『棒倒し』は2日間の予定だったんだ。

 もともと神様も斬られる想定で用意してなかったから、2日間で赤と白のどっちの総ダメージが上かを競うルールだったんだよ。

 だから勝つだけならわざわざ斬る必要は無かった。

 僕たちが本当に欲しかったのは、この選定試練セレクトゲームを今日中に終わらせる事で手に入る、明日1日の自由時間の方なんだ」



 せれくと、げーむ…?

 なにか良く分からない単語が聞こえたけど、今は頭が痛いので無視をする。

 思ったよりもフラフラらしい。本当に頭が痛い。

 俺は相づちを打とうとしたけれど、またしても足が折れ、地べたに膝を着いてしまう。



「ま、詳しい事は明日にでも聞かせてやるよ。お前もう仲間だし」



 そう言いながらキスキは俺の肩を担いできた。

 仲間という単語に少し温かさを感じながら、キスキにされるがまま立ち上がる。



「あらためて自己紹介しとくか。

 僕の名前は来次キスキ 彩土ハニ

 ……次の神様になる予定の男だ。これからよろしくな、タツミ」


「俺の名前は達身タツミ トオル

 ……どうしても会いたいやつがいるんだ。約束守れよ、おまえ」



 キスキは「任せとけ」なんて言いながら、俺の肩を担ぎ直すと、「あっ、そういえば」と気まずそうな表情で話し始めた。



「あーそうだ、えっとな、タツミ。それで今の内に、とりあえず1つ、謝りたい事があって……」



 なにかと思って顔を上げると、マコトの隣に一人、見知らぬ女生徒が立っていた。

 いや違う、俺はこいつを知っている。

 この女生徒は、鳥居で俺とキスキを問答無用で追い掛けて来た、あの赤組のヤバい女生徒────



「───ッ……!! そいつ! マコト、さん? あんたすぐそいつから離れろ──」


「──いや違う。実は身内なんだよね、その人……」


「……………え? は?」



 キスキの言葉に思考が止まる。

 どういう事か分からない。

 そんな俺の横を通り抜けながら、その女生徒は小言を漏らした。



「誰が身内よ。今回はたまたま手を貸してやっただけだから。

 じゃあ私 用事あるから。先に帰るね、おつかれー」



 女生徒はそう言うと悪びれもなく体育倉庫から出て行った。

 謝罪の一言も無い。

 いや、それよりも今は────、



「「「…………………………。」」」



 キスキと顔を見合わせ、マコトにも視線をやる。

 けれど二人とも目を見てくれず、すぐにソッポを向いてしまった。



「──え? つまりどういうことだ?」


「あぁいや、だからぁ、まあそのー……。なんていうんだっけこれ。

 ──あっ、そうそう! マッチポンプ、っていうか。そういうやつだった、みたいな………」



 キスキはずっと目を合わせない。

 なるほどそういうことか。

 おかしいと思った、ルール的にあんないきなり突っかかってくる必要無さそうだし。


 つまり全部キスキの仕込み、初めて会った瞬間から、あの逃走劇すらもコイツの手のひらの上だったということか。



 なるほどなるほど、なるほどねぇ、そうか、よし。




「───てめぇやっぱ許さねぇッ……!! ぶった斬ってやるッ…………!!!!」




 ◇

 ◇

 ◇




 これは少し未来のはなし。

 出会った瞬間に無理難題を押し付けてきたクソ野郎との出会い。

 俺が来次キスキ 彩土ハニと初めて出会った日の物語。


 そしてこれは、来次 彩土が神様を目指す物語。



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