第2話:序章 2| その約束は必然に


◇ narrator / 達身タツミ トオル

───────────



「……ふぅ。よし、うまく逃げ切れたな!」


「どこがだ! 近くに赤組のヤツらめっちゃいるじゃねぇか!」



 キスキについて行きながら移動を繰り返すうちに、気付けば体育倉庫に到着していた。

 窓ガラスの外には常に赤い腕章わんしょうを付けた生徒が徘徊はいかいしている。



「? そりゃそうだろ。赤いぼうに向かって走ってきたんだし。

 自分達の柱を守ってる赤組の連中が増えるのは当たり前じゃん?

 今の逃げ切れたってのは『さっきの女から逃げ切れた』って意味ね」


「あぁ、そういう──はぁ? ちょっと待て!!

 それ知っててなんでワザワザ赤組が多いところに来てんだよ!」


「? いやだってタツミにこれからアレ斬ってもらわなきゃだし。

 お前って近づかないと斬れないんだろ?」


「あぁ、なるほど──いや斬れねぇって言っただろうがっ!

 近くても遠くても関係ない! あんなデカいのはムリだ!

 信じて付いてきたのに巻き込みやがって、このクソ野郎!!」



 俺にあの柱を斬らせる事を前提に動いてる事に腹が立った。

 体育倉庫ここに来るまでに何度も赤組の生徒のそばを通ったのに、白組の生徒は全然見当たらないからおかしい気はしていたけれど。



「クソ野郎とは失礼だな、同じBクラスの仲間なのに」


「同じ……? 俺ってBクラスなのか?」


「そうだよ。生徒手帳 見てないのか?

 自分のクラスとその専属理由とか書いてあるぞ。

 ちなみにAクラスとDクラスが赤組で、BクラスとCクラスが白組に別れて体育祭に出てる」



 キスキは生徒手帳を取り出しながらそんな事を言う。

 俺はクラスの専属理由とやらが気になって、キスキに〝ちょっと貸して〟と手を差し出した。



「生徒手帳まだもらってないんだよ。

 ていうか本当に体育祭なんだなこれ。

 ただの学校行事が命懸けって、狂ってるのかここは…?」



 俺のジェスチャーを受けて、キスキは生徒手帳を手渡してきた。

 それに一言お礼を言って、彼の話に耳を戻す。



「あーまぁ危ないっちゃ危ないけど、ケガとかはしないぞ?

 神様たちが『形代かたしろ』っていう人形を用意してて、ソレが僕らへのダメージを肩代わりするようになってるからな」



 キスキの言葉を聞いて、一瞬 生徒手帳をめくる指を止めた。

 普段の会話ではまず聞かないようなワード、何より『神様』という単語が当然のように日常会話の中で使われる。

 それを目の当たりにしてようやく実感した。

 聞いてた通り、ここはそういう学園ばしょなのだと。



「──本当にここって、なんだな。

 ここの生徒は特別なヤツばっかなんだろ? なら一人くらいあの柱どうこうできるヤツいないのかよ?」


「いやーそれが探したけど居なかったんだよね~お前しか。

 だからいっかい試しに斬ってみない? 全然ダメ元でいいからさ!」


「軽いノリで頼んでくんな!

 ……買い被りだよ、俺にはとうていムリだ」


 キスキから受け取った生徒手帳をパラパラとめくりながら、もう一度明確に断りを入れる。

 友達からでいいから! みたいな感じで言われても困る。

 できないものはできないのだから。


 するとめくっていたページの中から、『各クラスへの専属条件』という項目が目に付いた。



◇各クラスへの専属条件

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Aクラス

abid|アバイド

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永続的えいぞくてき』、『不変ふへん』である事を望んだ願い。

副次的ふくじてきな素質に『回帰かいき』する事を望んだ願い。

不変不動ふへんふどうの精神性か、過去の栄光への渇望かつぼうを持つ者。


モノの形や在り方を、とどめる・退行たいこうさせる願能がんのうが多い。


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Bクラス

blend|ブレンド

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調節ちょうせつ』、『変化へんか』させる事を望んだ願い。

副次的な素質に『ぜる』事を望んだ願い。

現状打破げんじょうだはの精神性か、先や未来への希望きぼうを持つ者。


モノの形や在り方を、える・促進そくしんさせる願能が多い。


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Cクラス

create|クリエイト

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す』、『こす』事を望んだ願い。

副次的な素質に『独創どくそう』する事を望んだ願い。

創意工夫そういくふうの精神性か、新たな状況への展望てんぼうを持つ者。


存在しないモノや在り方を、形創かたちつくる・想像そうぞうする願能が多い。


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Dクラス

denial|ディナイル

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拒絶きょぜつする』、『否定ひていする』事を望んだ願い。

副次的な素質に『模倣もほう』する事を望んだ願い。

一筆抹殺いっぴつまっさつの精神性か、他者や自外への羨望せんぼうを持つ者。


存在しうるモノや在り方を、削減さくげんする・否定ひてい

る願能が多い。


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「──なぁ、この願能がんのうっていうのは……──」


「ああ、僕たちにできる〝特別なこと〟の呼び名だよ。

 願って得た才能だから【願能】っていうらしい。

 お前なら『あらゆるモノを斬るコト』。

 僕なら『あらゆるモノの色を変えるコト』だな。

 クラス分けは生徒手帳それに書いてある通り、どんなコトを願ったのか、どんなコトができるのかで分けられてる」



 キスキの言葉を聞きながら思い出す。

 俺が昔、何に憧れ、何を望み、何を願ったのかを。

 子供の頃に繰り返し読んだ、おとぎ話の宝刀が頭に浮かぶ。



「なんでも、人が大願たいがんいだく時、それが少しの迷いもよどみも無い、本心からの願いなら、らしいんだ。


 ここ、真弾しんぜん学園 は、為の、特別な学校なんだよ」


「──は。聞いてたよりムチャクチャなトコだな、ここは……」



 けれどそうでなくっちゃ困る。

 それだけムチャクチャな場所でなら、俺の望みも叶うかもしれない。

 俺は傍らに置いてある竹刀袋を握りしめながら、微かな希望を感じていた。



「…まぁそういう場所だから、ただデカいだけの柱なら、時間を掛ければ壊せる奴は何人か居たんだけどさ。

 ……アレすごい速さで再生すんだよね、僕でなきゃ見逃しちゃうまである」


「──再生する?」



 キスキは再び今のこの状況に話を戻した。

 少しボケを挟んできたけど無視をしながら聞き返す。



「そう、ある程度の傷じゃすぐに元通りになる。

 しかも学習してるのか知らんけど、同じ攻撃だと二度目からダメージが全然入らなくなるんだ。

 もひとつ厄介なのが、あの柱


「……つまり、『柔らかくして/爆破する』みたいな二段構えは取れないって事か?

 いやもっと言うなら、学習する前の最初の一回でどうこうするしかない……?」


「──そういうこと。話が早くていいなお前。

 そのまま勢いでサクッとあれ斬ってきてくれない?」


「だからムリだっつってんだろ!

 ……俺の能力はそんなに便利な感じじゃないんだよ。

 斬れたり 斬れなかったりするんだ」



 二人で話しながら窓の外を見る。

 正確には窓の外の巨大な『赤い柱』を。


 キスキは俺の能力を誤解している。

 俺は何でも斬れる訳じゃない。

 俺の能力は〝俺が斬れると思えるモノ〟しか斬れない。

 能力に関係なく、時間さえあれば同じように斬る事ができると、そう思えるようなモノしか斬る事ができない。


 今ではもう、そういう能力になってしまった。

 だからあんな巨大な柱、斬れる筈がない。

 だから──、



「……悪いけど俺は帰る。だから他を当たってくれ。

 赤組に見つかっても事情を説明するなりして見逃してもらう事にする。

 多分あんたと一緒じゃなかったら狙われないだろ、俺は制服だし」


「──残念だけど、で出て行っても赤組のヤツらは見逃してくれないと思うぞ」



 ……その格好かっこうてなんのことだ……?

 キスキに言われて自分の服装を確認すると、どういうワケかさっきまで着ていた制服ではなく、学校の指定ジャージになっていた。

 左腕にはキスキと同じで、バッチリ白色の腕章が止めてある。



「──はぁ!? なんだこれ、いつの間に……」


「さっき鳥居とりいで女がお前を掴みそこねたのも、ここまでの道中どうちゅう 赤組のヤツらに見つからなかったのも、お前の服装を変えたのも、全部僕の能力なんだよ。


 


 ……タツミ、もしお前が協力しないなら、

 だから話を────」



 背後からキスキの声が届く。

 なんて身勝手なんだろうと思うけれど、それだけこいつも切羽詰まってるんだろう。

 けれどやっと希望が見えたのに、これ以上邪魔をされてたら、叶うものも叶わない。 



「──いいかげんにしろ! 何が体育祭だふざけんな!!

 そんなくだらない事をやってる時間はないんだよ…!

 俺にはもっと大事な、大切な目的があるんだッ…!!

 だからこれ以上 俺に付きまとうのはッ……──」



「──協力したら、って言ったらどうする?」



 声を荒げ、拒絶したその瞬間。

 俺がここにやってきた、一番大事な理由を言い当てられた。



「───え? なんで、知って─」


「会わせてやるよ、約束する。

 お前がその人に会えるように、絶対に協力する。

 だから──」



 キスキは真っすぐな目をして、頭を下げてそう言った。



「──だからお前も、僕たちを助けてくれ」


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