第75話 二十四年間の後日談その四


 今回は鈴木穂香の話です。時間は立花隼人が日本で講演する事になった時に遡ります。


―――――


 隼人に最後に会ったのは今から六年前。隼人が講演で日本に帰国すると新聞の片隅に書かれていた。


 それも東都大学と京帝大学で講演を行うと書かれている。私には理解出来ない難しい事を話す様だ。会えないだろうか。


 あれから私はずっとお父さんの仕事を手伝っている。あの頃から比較すれば随分変わってしまった。髪の毛は短くなり、白かった肌も随分日焼けしてしまった。


 声を掛けてくれる男の人もいたが、お付き合いする気にはなれなかった。親戚のおばさんが見合いの話を持って来たが断った。


 近所の人や親せきの人は私がバツイチだという事を知っている。でもまだ二十六才。まだ大丈夫。自分ではそう思っている。


 隼人もう結婚もしているのかな。でもまだ二十六才。まだかも知れない。あの新聞の記事が忘れていたはずの過去を蘇らせてしまった。


 最後に会った時、もし結婚相手が見つからなかったら私と結婚して下さいと言った言葉覚えているかな。会いたい。


 日が経つほどに思いが強くなって来た。新聞社に電話をすると聴講者に制限はないが人気が有るようなので、聞くなら早めに行った方が良いと教えてくれた。




 確か十時開演と聞かされていたので三十分前に行けば大丈夫と考えていたが、実際に東都大学の大講堂に着くとほとんどが埋まっていた。

 それでも私は後ろの方の席に座る事が出来た。


 隼人が説明する話は、全く理解できる物では無かったが、六年ぶりに見る隼人の姿を見ているだけで三時間が過ぎてしまった。


 彼に会えないかと思い、会場の出口に行ったが、人が一杯でずっと向こうにいる彼を見るしかなかった。でもじっと見た。気が付いてくれないかと。


 人の移動と一緒に私も移動しながら見ていると隼人がこっちに気付いた。最初は視線を流すだけだったが、やがてこちらに焦点が定まった。目が合った。一瞬怪訝な顔になったが、気付いてくれたようだ。周りの人に少し挨拶をすると私の所に来てくれた。


「穂香だよね」

六年間待った彼が声を掛けてくれた。ずっと高い位置から声を掛けてくれる雰囲気が懐かしくて彼の顔に見惚れてしまった。


「穂香じゃないの?」

「隼人」


それだけで分かった様だ。

「俺の話聞きに来てくれたの?」

「ううん、隼人の顔を見に来た」

涙が下瞼に溜まっているのが分かる。思い切り抱き着きたい。でも周りに人が多すぎる。


「少しだけ時間ある」

首を縦に振ると、隼人は建物の入口を指さした。


「あそこ食堂なんだ。あそこで少し待っていてくれないか。三十分位で行くから」

「うん」


それだけ返事をすると隼人はまた、取り巻きの人達の中心に戻った。とても遠い存在に思えた。



彼は三十分も待たずして来てくれた。


「待たせてごめん。久しぶりだ。六年ぶりだっけ」

「うん六年ぶり」

「元気だった。あれからどうしてたの?」


「見ての通り元気よ。お父さんの仕事をずっと手伝っていたから日焼けしちゃって。随分おばさんぽくなっちゃったでしょ」

「そんな事無い。いつもながら綺麗だよ」

「嬉しい。凄いね隼人は。アメリカに行っていたんだ。それで講演の為に日本に帰国したんでしょ。今何しているの」


「今は、アメリカのコロンビア大学という所で客員講師をしながら研究をしていて、今回はその結果の説明をしたんだ」

「凄い。アメリカの大学で教えているの」

「うん」

「隼人、高校時代から頭良かったものね。本当は…………」


「もう言っても仕方ないよ。それより穂香誰か良い人出来たの?」

「ううん、声を掛けてくれる人がいたり、お見合いを強いられたりしたけど断った。隼人との約束あるから」



この時まではほんの少しだけ本当に少しだけ期待していた。


「約束?」


したっけなそんな事。


「ふふっ、隼人が結婚する相手いなかったら私をお嫁さんにしてってお願いした事」

「あっ、……あれか。覚えているよ。でもごめん。俺結婚しているんだ」


そう言って左手薬指の指輪を見せてくれた。ショックだった。まさか結婚しているとは。


……………………。



「そうなんだ。残念だな。聞いても良いかな。相手は誰。大学の知合い?」

「穂香も知っているかもしれない。如月素世。星世のお姉さんだ」


「うそ!なんで!…………」


ショックを通り越していた。隼人を苦しめたあの子の姉と結婚するなんて。なんて事を。


「穂香、縁なんだ。星世とは全く関係ない」


「そっか。そうだよね。私どうしようかな」

「穂香、俺は綺麗な事は言えないけど、幸せな人生を送って欲しい」

「そうだね。出来ればそうするわ」


下瞼に涙が溜まってしまった。バッグからハンカチを取り出すと軽く当てる様にふき取った。


 隼人は自分もこれから東京駅に行く必要があると言って一緒に来てくれた。途中誰かに電話していた。


 帰りの特急電車の中では遠くに見える景色が歪んでいた。




 それから三年後、おばさんの紹介で知り合った男の人と結婚した。私は二十九才。相手の人は三十二才初婚だった。


わたしはバツイチだけどいいのかと聞いたら、私と一緒に未来を見て生きて行きたいと言ってくれた。


結婚式は近くのホテルで挙げた。ホテルの正面口には私達の案内板と一緒に如月家のパーティの案内板が出されていた。何という偶然なんだろう。


 隼人とは縁が有ったのだろうか。無かったのだろうか。でももう考える事は必要はない。隼人は言ってくれた。幸せになってと。だから私は今の夫と幸せになる。

 さようなら隼人。



―――――


隼人との間を実家の事情で切り割かれた穂香。救いようのない夫と別れた後も隼人を思い続けました。

でも穂香の知らない間に隼人の周りの時間は驚くほど速く過ぎていたようです。

穂香が幸せになってくれればとひとえに思います。


思ったより穂香の事で長くなりました。望月の件は次回になります。


お楽しみに。



並行して投稿している作品も同時にお読み頂ければ幸いです。

「フツメンの俺に美少女達が迫って来る。なんで?!俺は平穏に学校生活送りたい」


面白そうとか、次回も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると 投稿意欲が沸きます。感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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