第71話 立花隼人という男
最終話なのでちょっと長くなりました。
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俺達は如月家に着いた。久しぶりだ。星世夫婦の結婚式以来だ。あれから既に一年半以上経っている。
「素世、立花君。いらっしゃい。久しぶりね」
「お母さん、ただいま」
「お義母さん、お久しぶりです」
玄関の上り口ではお義父さんが待っていた。星世夫婦はいない様だ。
「素世お帰り。立花君久しぶりだね。さっ、上がってくれ」
「ありがとうございます」
それから俺達は素世の部屋で着替えた後、ご両親がいるリビングに行った。
「日本で公演を行ったそうじゃないか。大した出世じゃないか」
「いえ、お世話になった教授からの依頼で科学誌に発表した内容を説明しただけです。出世とかは縁がないので」
「そうかね。素世から今度准教授になると聞いているが」
「素世、話したの」
「だって嬉しかったし。私の選んだ夫は、アメリカでもきちんと仕事しているわって連絡すれば安心して貰えるでしょ」
「まあ、それはそうだけど」
素世にしてみれば、お義母さんがそもそも俺の仕事で生活できるか心配していたからな。仕方ないか。
「立花さん、私も素世から准教授の話を聞いて安心したわ。やっぱり講師では心配だったし」
「済みません、心配かけて」
「母さん、何を言っているんだ。素世との結婚を許したのは、彼を信用しての事だ。今更そんなこと言うもんじゃない」
「でも…………」
「それより、素世から少し聞いたが、一郎君がおかしな事を君に言ったそうだね。詳しく話してくれないか」
「はい、少し時間が経っているのではっきり覚えている事だけを話します」
そう言って俺は結婚式の時、一郎から言われた事を話した。素世からも補足をして貰った。
「そういう事を一郎君が言ったのかね。にわかに信じられないが。彼はそんな事は考えない純粋な人間だと思っていたのだが」
「あなた、一郎君からも聞いた方が良いんじゃない」
「いや、一郎君からそんな節の事を口にされた事が有ってな。どう言う意味だと思っていたんだ」
「そうなの。ならもっと早く立花さん達と話した方が良かったんじゃないの」
「立花君達はアメリカにいる。向こうの生活や都合もある。それに私はまだ元気だ。その内話す機会が有るだろうと思っていたんだよ。
まあそれが今回になった訳だが。立花君、君はどう考えているのかね。一郎君の言葉に対して」
「俺は、お義父さんとの約束を守ります。素世さんとの結婚を許して貰う時の約束です。それを簡単に反故にする訳には行きません」
「しかし、向こうに永住すると言ったそうじゃないか」
「問題ありません。向こうで医学部を卒業させ医師免許を取らせた後、日本でも医師免許を取らせます。そして如月病院に勤務させれば良いだけです。俺達が日本に戻って来る必要はありません」
「そういう事か。確かにそれなら問題はない。子供の意思の尊重は前提だがな」
「子供は両親の母国に魅力を感じるのが一般的です。それにご両親もいます。安心してこちらに来させることが出来ます」
「そうか、孫が一緒に住むか。ふふっ、楽しみだな。それならなおの事、一郎君の気持ちは訂正させなくてはいけないな。今度私が話そう」
「お父様。私達がいた方が良いのでは」
「いや、お前達がいると話が感情的になる可能性がある。ここは私と母さんで話そう。その結果をもってお前達と話した方が良いだろう」
「そうですね。分かりました」
次の日、隼人達はニューヨークに戻って行った。そして如月医院長はその日の内に如月一郎に連絡した。自宅いるであろう時間に。
スマホが震えた。まだ仕事中だ。誰だ。あっ、お義父さんからだ。仕方ない出るか。
「もしもし、一郎です」
「一郎君か、今電話良いかな」
「済みません。まだ仕事中なので。出来れば自宅に戻ってからこちらから電話では如何でしょうか」
「今午後九時だ。何時位になる」
「十一時を過ぎるかと思います」
「そうか、では仕方ない。近々こちらに戻って来れないか星世と一緒に。話が有る」
「…………。分かりました。今週末で宜しいでしょうか」
「それでいい。では仕事頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
何だろうな。話って。星世にも教えないと。
それから二時間後の午後十一時に自宅で有る星世のマンションに戻った。
「星世。お義父さんから仕事場に電話が来た。話が有るから戻って来いって。一応週末に行くと言ってあるけどどうかな?」
「週末ならいいわよ。久しぶりにあなたと一緒に居れるわ」
「そうか、そうなるな。ここの所午前様が多かったからな」
「ねえ、今日どうかな」
うっ、星世最近求めて来る回数多いな。零時過ぎに帰って来て求められても厳しいだけど、どうしたんだろう。流石に今日は疲れた。
「ちょっと今日疲れているごめん」
「そうなの」
最近何か、おかしい。季節の所為かな。彼と体を合せたくて仕方ない。どうしたんだろう私。
その週末、如月家において
夕食が終わり、一郎さんはお義父さんとリビングで寛ぎながらアイリッシュウィスキーを飲んでいた。
お母さんと私は紅茶。
「一郎君。来て貰ったのは、今後の事についてだ。結婚前にも話したが、星世が来年医師免許を取った後は、ここの病院で働いて貰う。
そして私が元気な内に医院長を退いて星世に医院長になって貰う。もちろん経営と病院運営は私とお母さんが支援する。
だが、いつまでも支援出来る訳ではない。君達には私が元気な内に子供を産んで貰い医者として育てて貰うつもりだ。そして次にこの病院を継ぐのは君達の子だ。
だが、一人で病院を運営するのは厳しい。星世が居たとしてもだ。そこで素世が産む子供に医者になって貰い、副医院長として星世の子供を支えるという形にすればこの病院も安心だ。これはすでに話している通りだ。分かるな」
「はい」
「そうか。分かっているなら良いが、君は結婚式が終わった後、立花君に『この病院は俺が守る。お前達は二度と此処に戻るな。子供の支援も要らない』と言ったそうじゃないか。言葉は少し違うだろうが。それはどう言う意味何のかな?」
「それは。…………。星世に過去の事を思い出して辛い思いをさせたく無いからです。病院経営も私がサポートします」
「馬鹿言うんじゃない。医者でもない者が病院経営が分かると言うのかね。それとも今の仕事をすぐ辞めて経営の勉強するのか。無理だろう」
「…………」
「それにだ。君は星世から聞いていないかも知れないが、立花君は星世の元恋人だ。中学からの付き合いで妻も私もその頃から良く知っている。
だから星世が何故立花君と別れたか、その後星世がどうしたかなど親として知っている。だが、娘が親に助けを求めない限り、自分で解決すべきものだ。
少し厳しかったかも知れないが、それでも君を連れて来た時は間違っていなかったと思っている。
だからと言う訳でもないが、それを知った上で立花君と素世の子供をここの病院に招くつもりでいる」
私は、初めてお父様が話した事にショックを受けた。確かに中学の頃、お母様は隼人を息子の様に可愛がっていた。お父様も。だから私が隼人と別れた後も何も言わなかったのは全て知っていたからか。
なんて事だろう。私はあの時、間違いを犯したのは隼人にだけでなく、両親に対してもだったのか。なんていう事なの。
一郎さん、なぜ何も言わないの。
「お義父さん、僕は立花の血がこの病院に入って来るのは断ります。どうしてもというなら…………。僕がここには戻りません。もちろん星世と別れるつもりも有りません」
「どう言う事だ」
「妻がお義父さんの後を継いで医院長になるのは流れから仕方ない事ですが、僕達の子供をここには来させません。子供にまで立花達への負い目を背負わせたく有りません」
「なんだと。それでは約束が違うじゃないか」
「星世が医院長になる約束はしました。ですが、子供がその後を継ぐ約束はしていません。星世の跡継ぎは立花の子供にして下さい」
お父様が凄い形相で立ち上がった。
「どう言うつもりだ。星世は私の娘だ。君にそんな勝手な事を言わせるつもりはない」
「お父様待って、待って。一郎さんもいきなり何を言い出すの。二人共お酒が入っているから興奮しているのよ。この話また明日にしましょう。一郎さん部屋に戻りましょう」
「…………。分かった。お義父さん、済みませんでした」
翌日曜日も午前中話し合ったが、今日の話のままだった。仕方なく時間を置いて再度話そうと言う事になり、私は一郎さんと東京へ戻った。
「どう言うつもりだ。一郎君は」
「あなた、とにかくここまでの事を立花さんと素世に伝えましょう。あの二人なら良い解決策が有るかも知れません」
「…………。そうだな」
その夜、如月医院長と妻はニューヨークの隼人と素世に連絡を入れた。
「立花君、今話した通りだ。何か良い解決策はないかね」
「お父様、いきなり隼人に解決策と言われても困ります」
「いや、一つある。素世に協力して貰わなければいけないけど」
「なに?」
「素世、俺は准教授になって生活が落着き、研究も合間が出来てから子供を作っても良いと考えていた。それでもお義父さんの考えに間に合うだろうと。
でも今の話では、少し早まらないといけないかもしれない」
「何を?」
「俺達の子供さ」
「えっ」
素世が下を向いて真っ赤になってしまった。
「お義父さん、星世が元気な内に俺達の子供が医師としてそちらに行ける様に予定を変えます。こちらで医師免許を取って、そちらの病院で仕事をしながら日本の医師免許を取得させる事を考えていましたが、
こちらでの医師免許の取得は無しにして日本での医師免許の取得を優先させましょう。そうすれば一年でも早く如月病院の医師として働くことが出来ます。
でも俺達が出来るのはここまでです。解決策と言う訳ではないですが」
「一郎君はどうするのかね」
「彼の思い通りにすればいいと思います。子供が病院の後を継がなくても俺達の子供が後を継ぎます。支援は星世さんにやって貰いましょう。一郎と子供は自由にさせてあげれば良いと思います」
「あなた」
「はははっ、素世と結婚させてくれと言って来た時と同じだな。はっきりとものを言う男だ。素世頑張れよ。立花君と」
「お父様、何を言っているんですか。言われなくてもがんばります」
俺が恥ずかしくなった。
それから二十四年の間に、ブライアン・ブルー教授の推薦もありコロンビア大学の教授となった立花隼人は、素世と間に三人の子供を設ける事が出来た。
長男は、如月病院長と約束した通り、星世が現役医院長の時に無事に如月病院に勤務する事が出来た。
予定外だったのは、星世の子供は一人、女性だったがこの子も本人の意思で如月病院に医師として勤務したことだ。
素世も星世も日本とアメリカとの違いはあれ仲良くしている。
一郎がどうなっているかは、話題に上らなかった。
―――――
本編はここまでです。いかがでしたでしょうか。
長い間、この作品を読んで頂いた読者の皆様、本当にありがとうございました。
また、多くの読者様のご感想、ご指摘を頂き大変ありがとうございます。
ご感想を読ませて頂き、激励叱咤共感反感と色々なお言葉を頂き、私としても作品を書いていて大変楽しい思いをさせて頂きました。
今後とも今回の読者様のご意見を糧にして次の作品に生かしたいと思います。
なお、終話には出てこない、鈴木穂香と柏木美緒については最後まで展開する事が出来ませんでした。ご期待されていた方には申し訳なく思います。
時間あれば、どこかで穂香と美緒のその後や、今回一気に飛ばした二十四年の間の事も書こうかなと思いますので作品ステータスは連載中のままにしたいと思います。
何卒ブックマークはそのままでお願いします。
次作品を始めています。
「フツメンの俺に美少女達が迫って来る。なんで?!俺は平穏に学校生活送りたい」
引き続きお読み頂ければ幸いです。
面白そうとか、次回も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると 投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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