第67話 それぞれの思惑その3
金田君と柏木さんの場合
箱崎オフィスの受付フロアで柏木さんと待合わせた俺は、この前と同じ会社から五つほど離れた街のレストランに居る。少し小洒落ているので気に入っている。
「済みません。急に誘って」
「ううん、良いよ。私もあの後、金田君どうしたのかなと思っていたから」
「えっ?」
「だって、とても辛そうな顔して帰って行ったから」
「そんなにひどい顔していました」
「していました。どう少しは落ち着いた。確かに話した内容が酷かったからね」
「…………。その事というか、その後の事で今一つ心の中の踏ん切りがつかなくて」
話をしながら金田君が、私を誘った理由を考えていた。何を求めているんだろう。単に話す事で心のしこりが取れるなら良いのだけど。
「そうか、難しいよね。あれから一ヶ月経つけど、たった一ヶ月だからね」
金子君がお酒を飲むのが早い。ちょっとまずいな。
「金子君、お店変えない」
「いいですよ」
少し、外に出て頭を冷やさないと。ちょっと不味いかも。
柏木さんどうして急にお店変えようなんて言ったんだろう。何か考えあるのかな。それとも俺と話すの嫌なのかな。彼女に取ってはつまらない話だよな。女性の前で別の女性の話をしているんだから。
次のお店は特に決めていない。このまま帰った方が良いのかな。でももう少し柏木さんと居たい。
何となく繁華街を歩いた。この街は賑やかだ。午後八時では人が減るどころかどんどん増えてくる感じだ。
「あの、俺の話って詰まらないですよね。迷惑だったかな誘ったの」
ふーん。そんな風に思っていたんだ。
「金田君。少しは醒めた。だいぶ早かったよ。飲むの」
「えっ」
「あれでは、色々話を聞く前に酔いつぶれそうだったから、お店変えるって言って外に出たんだ」
「そうだったんですか。済みません。つまらない心配かけて」
「いいよ。次何処に行く。後二時間位なら良いよ」
「本当ですか。急いで決めます」
ふふふっ、金田君で分かり易いな。
俺はジャックダニエルをソーダで割ったハイボールの二杯目を飲んでいた。酔いはそれほどでもない。柏木さんは、モスコミュールだ。
思い切って言ってみようかな。
「柏木さん」
「なに?」
「今日誘ったのは、俺の心の底にある何か魚の腐ったような嫌な臭いがする重いものが有って、それをどうしても追い出しきれないんです。だから柏木さんと会えば何かいい案が有るかななんて簡単に考えて」
やっぱり。
「そうなのか。でもそう言われてもな。そうだ。金田君、旅行でも行って来たら、来月と再来月に連休有るじゃない。そこで行けば」
「旅行ですか」
「連休は高いかもしれないけど、気分変わるかも知れないよ」
言ってみるかな。引かれたら嫌だけど。
「あの、柏木さん、一緒に行きませんその旅行」
「えっ…………」
「あっ、いや部屋とか別にすれば。代金は全部を俺が持ちます」
「会社入ったばかりで、夏のボーナスもほとんど出なかったでしょ。無理は言わない」
「無理ですよね。やっぱり。済みません忘れて下さい」
「…………」
「帰りましょうか。済みませんでした」
「ええ」
二人で駅に向かいながらとても気まずかった。あんなこと言わなければ。もう会ってもくれないな。
駅について、
「じゃあ」
「あの金田君、旅行行っても良いよ。割り勘で。後、部屋は別で。高くつくけどお付き合いしていないから。その……まずいでしょ」
「本当ですか。お金なら俺持ちます。あっちから貰ったお金あるから」
「そのお金で行きたくないの」
「…………。そうですね。済みません。でもありがとうございます。細かい事はスマホでいいですか」
「うん、いいよ」
「じゃあ、また」
「うん、またね」
やったあ、柏木さんとは、今回の事で話せる間柄になったけど、確かにそれだけだし。彼女の考えで正しいよな。でも散財させちゃうみたいだし。あのお金じゃないお金で出すって言ったら払わせてくれるかな。今度聞いてみよう。でもなんか嬉しい。
あーっ、行くなんて言っちゃった。この前話せる程度になった男の人なのに。お酒飲んだ時に返事する内容じゃ無かったな。でも金田君のあの顔見たら…………。仕方ないよね。
でも別の部屋だし。彼、無理強いする雰囲気じゃないから大丈夫か。でもいくら掛かるんだろう。ボーナスで洋服買っちゃったし。まだ少しあるから良いか。
九月から俺は大和研究所勤務になった。AIの研究をする為だ。最近テレビでなんでもAIと言っているけど、あれは従来のウォーターフォール方式のプログラミングされた物。
AIは、課題をAI自身が考え何回もの思考を重ねて結論を出す。人間の思考回路を模擬的に実現する仕組みだ。まあ、それもプログラミングされたものだけどね。でも楽しみだ。色々な分野への応用が出来る。
それはそうと柏木さんとの旅行が来週になった。二泊三日という豪華版。代金は俺が貰ってまだ使っていないボーナスから出すと言う事で説得した。
あのお金とどこが違うのと随分言われたが、何とか分かって貰えた。でもちょっと痛い。あのお金どうしようかな。
旅行当日、俺達は新幹線が発着する駅の改札で待ち合せた。
「おはよう、金田君」
「おはようございます。柏木さん」
二人共キャリーバッグを持っているが、柏木さんはそれに大きなハンドバッグを持っていた。俺は簡単な小物入れ。
「行きましょうか」
「うん」
柏木さんもとても嬉しそうだ。
シートはもちろんグリーン。実は割引店でチケット購入したんだけどそれは内緒。
新幹線が入線して来たので、早速車内へ。二つのキャリーバッグを棚に上げると柏木さんを窓側にして座った。
「グリーン車って初めて乗るけど広くて良いわね」
「はい」
一時間しか乗っていなかったけど、結構楽しかった。温泉のある所までは、駅からレンタカーを使った。二十分で現地着。ここまでは良かった。
「えっ、部屋が一つしか予約されていない。いやそんなはずないです。ネットで予約したんです。昨日確認もしているし」
「しかし、受付られたのは一件なのですが」
「…………」
「部屋は空いていませんか」
「申し訳ございません。連休で満室です」
俺は、柏木さんを見た。柏木さんも俺を見ている。
「柏木さん、帰りますか」
「…………。いいよ一緒で。せっかく来たんだし」
俺はフロントを見て
「一部屋で良いです」
「ありがとうございます。それでは、こちらのご記入を。お名前はお一人様とその他一名で大丈夫です」
「分かりました」
部屋に案内され仲居さんの説明が終わり、部屋から出て行くと直ぐに柏木さんを向いて土下座した。
「済みません。本当に済みません。こんなはずじゃなかったです。本当です」
「金田さん、最初からこのつもりだったんじゃないの」
「違います。絶対に違います。寝る時、俺玄関で良いです」
「でも、それだけじゃ、不味いよね。夜中だったあるし」
「…………。信じて下さい。絶対に何もしません。指一本触れません」
「…………。分かったわ。絶対に指一本触れないでよ。もし約束破ったら、どうしてくれるの?」
「破らないから」
「破ったら?」
うっ、完全に怒っている。どうしよう。仕方ない。
「僕の命差し上げます。自由にして下さい」
もう、途中で笑い出したくなった。金田君可愛い。
「じゃあ、それで。破ったらその窓から落ちてね」
「はい」
ふふっ、じゃあもう一つ。
「じゃあ指切りね」
「はい、えっ」
「あははっ、引っ掛からなかったか」
「えっ、今の冗談何ですか」
「私に触れないでまでは本当。そこから落ちてねは冗談。ふふふっ、金田君可愛い」
「そんなあ」
―――――
この後の事は皆さんの想像にお任せします。
ご存じの方はいると思いますが、某大手IT企業の箱崎オフィス、大和研究所とは、一切関係ありません。小説の上での設定です。
PS:大和研究所は、小説内容から言うと東京基礎研究所になります。←超余談です。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると 投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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