第66話 それぞれの思惑その2
如月星世の場合
私が、日下部教授の娘が望月葵陵を刺したという事件を耳にしたのは、医局にて研修を行っている時だった。
「ねえ、知っている。望月先生、日下部外科部長の娘さんに刺されたんですって。今望月先生、この病院の特別室にいるわ。対外的な事もあるからかな。警察も来たらしいわよ」
「えーっ、それ本当ー!」
「本当よ。その件で日下部外科部長は医院長からお小言を貰ったらしいわよ。流石に謹慎とかじゃないけど、副医院長戦では大きな失点ね」
「少し、声が大きいわよ」
「そうね。また休憩の時にね」
あの男が刺された。この病院にいる。私には連絡が無い。どうして。連絡が出来ない程容体が悪いのかしら。それにしても日下部教授のお嬢様に刺されたとは。
想像はつくが、本人の口から理由を聞きたい。あの男は理由はどうあれ、私の将来の夫となる予定の人間。だが、やはり所詮この程度にしか考えていなかったんだ。死ねば良かったのに。そうすれば。
堕胎処置をお父様にして頂き、一週間体を休め、術後経過を確認して貰った後、東京へ戻って来た。お姉様達はもう渡米した後だった。マンションをそのままにしているのは帰国後の事も考えての事なのかな。
いずれお父様にも連絡が行くだろうし、婚約破棄の判断でもしてくれれば一番いいのだけど。もう警察はいいわ。今回の件で痛い思いしたみたいだし。近寄ってくれなければいい。
もう新しい事に目を向けたい。金田君もいない。隼人もいない。あの男もいない。最初からいないと思えばいい。
体もこれだけ汚れれば、どうでもいいわ。私は汚い女。これで生きればいいんだ。人を救う技術だけを身につけよう。
それから更に二日経った夜
食事を終え、リビングで休んでいるとスマホが震えた。誰かしら。望月!
何も考えずに切った。あいつには立場上、スマホの連絡先を教えている。
またかかって来た。切った。出る気にもならない。近寄らないで欲しい。
五分程してまたかかって来た。どう言うつもり。仕方なく通話をオンにした。
『如月さん。望月です。会ってお話したいのですが』
随分低姿勢ね。
『何か御用ですか。私には会う理由は有りません』
『済みません。状況は知って・・』
『何の状況ですか。勝手に私が何かを知っていると想像して話すのは止めて下さい』
『…………。分かりました。俺は、いや僕は今、怪我をしていてベッドから起きれない状態です。それで申し訳ないのですが、附属病院の特別室に来て頂けないのでしょうか。
本当は、僕がお会いしに行かないといけないのですが、動けない状況なのですみません』
『どの様な状況か知りませんが回復してからで結構です。お大事に』
通話をオフにしようとした時、
『如月さん、済みません、急いで説明しないと不味いのです。あなたのお父さんにも関わる大事な事です。先に如月さんにどうしてもお伝えしておきたくて』
『今この電話でも話して頂いても結構です』
『済みません。どうしてもお会いして説明したくて』
どういう事。何この徹底した低姿勢は?心入れ替えた訳じゃあるまいし。でもお父様に関わる事を先に私に話しておきたい。どういう事だろう。
『分かりました。そこまでおっしゃるなら伺います。何時が宜しいですか』
ふーっ、やっと来てもらえる。徹底的に嫌われているな。もっとも自分を襲って子供まで作らせてしまった張本人だ。挙句堕胎する事になった。嫌われて当たり前。今は、我慢するしかないか。
私は、授業の合間は不味いので結局その週末に会う事にした。今、附属病院の特別室に向かっている。
こんな所全く知らない。指定階に着くとナースセンターで場所を聞いた。その前にあいつに面会の確認を取っている。何様のつもりなの。
「如月さん、特別室は、そこを左に曲がって一番奥の右の部屋です。入り口に名前は書いておりません」
「ありがとうございます。分かりました」
一応ノックして入った。腰を傷つけたという事だが、胴体のドーム型カバーはもう外されていた。だが、腕には点滴とバイタルチェック機器が付けられていた。
「あっ、如月さん。済みません来て頂いて。早く伝えなくてはと思いまして」
「…………」
私はベッドの側にある椅子に座った。
「如月さん、情けない姿で済みません。もうすぐ起きる事が出来るのですが」
「自業自得です。気にしなくて結構です」
「あの、単刀直入に言いましょう。僕は日下部教授のお嬢様との婚約を破棄しました。日下部教授は、ここの外科部長です。外科医である僕が、ここに残れる状況ではなくなりました。
まだ、リハビリが残っていますが、実家の病院で行おうと思っています。僕について来て頂けませんか。将来の結婚を前提として」
「はっ?…………。私にあなたの実家の病院に行って、下半身が動かない夫の面倒を一生見ろというのですか。頭おかしくありません?」
「きついな。人が変わった様だ」
「当たり前です。私はもう失うものは有りません。自分の人生は自分で作って行きます」
「そうですか。では、如月さんの病院に転院してリハビリをします。車椅子か歩けるようになるかは、僕の努力次第ですが、歩けるようになりたい。
医院長はあなたがなって下さい。僕がサポートに回ります」
「何を言っているんですか。そんな事お父様が許すはずが有りません。契約不履行という事でお父様はあなたを警察に訴えるでしょう。暴行罪は一年では時効になりません」
「その判断になるかならないか、如月医院長に聞かないと分からないと思います」
「お父様があなたをどうしようが、私はあなたの病院に行くなんて更々有りません。それこそお父様は、あなたを警察に訴える良い口実になります。せいぜいお父様に良いいい訳するんですね。犯罪者にならない様に!」
「はははっ」
「何を笑っているんですか」
「いや、本当にメンタルが強くなられた。始め如月医院長からあなたの心のケアをする事も契約内容の一つだと言っていましたが、必要ないようですね」
「当たり前です。万一、初めの約束が履行されても、あなたとは見かけだけです。私の体に指一本触れる事はさせません。お話はこれだけですか。他に無ければ帰ります。大切な週末なので」
言うだけ言って帰ってしまった。俺の手に負える人ではなくなった様だ。如月医院長への説明難しくなったな。
―――――
人の変わってしまった星世さん。さてどうなる事やら。
次回は金田君と柏木さんです。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると 投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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