第65話 それぞれの思惑
前回六四話から少し時間は遡ります。
日下部美鈴が望月葵陵を刺してから三日目
俺は、自分が勤務する附属病院の個室ベッドで横になり天井を見上げていた。
此処に運び込まれて三日目。美鈴の包丁は非力だった分、深く入らず、あばら骨にも邪魔されて、肝臓や膵臓に到達しなかった。
その代わり脊髄の一部を損傷したと担当医が言っていた。後遺症は残ると言っていた。美鈴は何故心臓を狙わなかったのか、あの時の状態では無理だったのかもしれないな。
まだ、体は固定状態だ。痛み止めを打たないと我慢できない。
しかし、あの時美鈴が包丁を取り出したのは、彼女が自殺する為だと思い、俺はそれを止める為にキッチンに走ったが、まさかおれを刺して心中する為とは思わなかった。
幸い、美鈴も一命は取とめたらしいが、容体が回復次第、殺人未遂で警察から事情聴取を受けるらしい。俺にも同じ連絡が有った。俺は被害者としてだが。
俺は、美鈴を見誤っていたのか。彼女は教授の指示で俺に近付き、将来が有ると分かると打算で結婚を考えていたとばかり思っていた。
しかし、現実は真逆だったようだ。死ぬ覚悟をする程までに俺の事を愛していたとは。俺も遊び過ぎている内に目が曇ったのだろうか。
いずれにしろ、美鈴を訴える事は止めておくか。この事で教授に貸しを作れる。だがこれだけの事が起きたというのに日下部教授は俺の所に顔を見せない。何を考えているんだろう。怒鳴り込んで来ると思っていたのだが。
「望月さん、お父様の面会です」
「はい、通して下さい」
特別室対応なので勝手に入って来る事は出来ない。
この病室になったのは、病院側も面子があるし、俺の父親が病院側に色々言ったんだろうな。
「葵陵。起きていたのか。具合はどうだ。昨日はまだ麻酔で眠っていたからな」
「父さんか。まだ、痛み止めが無いと厳しい。容体については担当医から聞いているんだろう」
「ああ、車椅子かもしれないと言っていた。リハビリ次第だと」
「仕方ない。腰を刺されたんだからな。まあリハビリを頑張るしかないだろう」
「そうだな。ところで美鈴さんの事どうするつもりだ」
「考えているよ。それに如月医院長との約束もある」
「葵陵。傷が治ったら、実家に戻れ。その体では仕事は出来ないだろう。リハビリは実家で行えばいい。それからでも如月さんとの約束は話せるだろう。あそこもお前がこうなった以上、無理に婿入りは進めないんじゃないかな」
「分からない。星世を医院長にして俺が婿入りするという手もある」
「しかし、それでは如月さんの思惑から外れるのではないか」
「話さないと分からない」
「もし、向こうが良いと言うなら、私の病院の後を継げ。妻となる人間は改めて探せばいい。急ぐ必要はない」
「考えさせてくれ。退院までまだ時間がある」
「母さんが、明日来るから。相当に心配している。病院が有るので一緒に来れなかったからな。後、美鈴さんを相当に恨んでいるから上手く言ってやってくれ」
「分かっている。美鈴が一方的に悪い訳じゃないから」
父親が帰ってから三十分程して日下部教授が来訪した。
「望月君。具合はどうだね」
「まずまずです」
どうせ担当医から俺のカルテ見ているだろうに。
「望月君、今日此処に来たのは二つある。
一つは、美鈴が君に対して行った事、誠に申し訳ない。今回の件お詫びのしようもない。親として責任を取りようがないが、美鈴を訴える様な事はしないでくれ。頼む」
頭を下げて謝って来た。
「日下部教授。その気は全く有りません。警察へもそのつもりで話します」
「ありがとう。二つ目だが、如月さんの病院に婿入りするという事はどう言う事かね。私の娘と婚約までしているのに。親の感情としては、今君を殴り倒したいくらだよ。美鈴の行動もそもそもそれが原因だ。この責任はどうとるつもりだ」
「お時間を頂けませんか。退院までにははっきりさせるつもりです」
「分かった。いずれにしろ、君の出方次第では、もうこの病院に君の椅子は無いと思ってくれ。私は外科部長だ」
「…………」
好きなだけ言って日下部教授は病室を後にした。
「今回の件、高くついたな…………」
しかし、今回の件、一番の被害者は如月星世だ。彼女に対しては、中途な事を言わずにしないといけない…………。ふっ、俺も焼きが回ったかな。
日下部美鈴の病室にて
生きていたんだ。あのまま死んでしまえば良かったのに。体が固定されて動かせない。腕には点滴とバイタルチェック機器が付いている。今日は何日なんだろう。私これからどうなるのかな。葵陵さん生きているのかしら。
意識がうつつの中で考えているとドアが開いた。
「美鈴。目が覚めたのか」
「お父様。私、ごめんなさい。大変な事をしてしまいました」
「今は何も考えないで休みなさい。警察からの事情聴取が有るが、なるべく先延ばしするから」
「私は、捕まるのでしょうか」
「そうしない様にする。望月君はお前を訴えないと言っている。安心して休みなさい」
「葵陵さんがそのような事を…………」
「お父様、私はどうすれば良いのでしょうか。葵陵さんに捨てられた私はどうすれば良いのでしょうか」
答え等ない事は分かっている。最初は打算も有ったけど、今は本当に愛している。でもその葵陵さんを私は傷つけてしまった。元に戻れるなんて考える方がおかしいよね。
涙が溜まって来ている。お父様の前では泣きたくない。でも…………。
「美鈴、お前は、まだ望月君の事が好きなのか」
娘が涙を流しながら頷いている。
「美鈴。お父さんに任せなさい。今はとにかく休みなさい」
一週間後、警察は望月葵陵と日下部美鈴に対して其々の病室で事情聴取を行った。
美鈴は、警察病院への移動も考えられたが、病状から逃走できる状態でない事、本人にもその意思がない事等を考慮して、このまま附属病院で治療を受ける事になった。
望月葵陵は、日下部美鈴が自分を刺したのは、婚約中に浮気をして子供を作ってしまった事、それが原因で婚約の一方的な破棄を伝えた事による一時的な精神喪失状態だったことを医者として提言し、自分は美鈴を加害者として訴えない事、情状酌量を求める事等を警察に語った。
いずれにしろ直ぐには警察は判断できないので、日下部美鈴がどのような罪状になるか決まるのはまだ先の事だ。
―――――
むーっ、分からん。どうなるの。
それに如月星世の事も。そして金田君と柏木さん。…………私も頭痛い。
次回をお楽しみに。
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