第63話 嵐の後は突風が吹く


望月葵陵の場合


 俺は、如月家で如月星世と結婚する事、婿として如月家に入り医院長を継ぐことを法的に拘束力のある書面にて約束させられて翌日夕方に東京行の特急に乗った。


 この内容は俺に取って不満不足有るものではなかった。婿入りすると言っても今の父親が他界すれば実質全てが俺の権限の配下だ。それまでの辛抱だと思えば大した問題ではない。


 大変なのは今これからだ。教授の娘の事、教授の事、実家の病院の事、そして星世の心のサポート。


余程の事が無い限り、好きな男と別れさせ、自分を襲った男と連添うなど真っ当な精神の持ち主なら拒絶するだろう。


 だが、如月家は星世の気持ちを抑え込み、俺との結婚を承諾させた。考えて見れば可哀そうな女性だ。条件を受けた以上、出来る限り彼女の気持ちを支えてやるしかない。

 しかし星世は俺を受け入れる事が出来るのだろうか。星世は一週間後に東京に帰る。


…………無理じゃないのか?!


 もうすぐ東京駅に着く。すべては明日からだ。



 翌朝、俺は美鈴に電話した。まだ、大学へ行く前だろう。こういう事は早い方がいい。



 机の上に有ったスマホが震えた。誰、こんなに朝早くから。えっ、葵陵さん。

『はい、美鈴です』

『美鈴か。今日の夕方会えるか』

『もちろんです』

『出来れば日下部教授も一緒だと良いのだが』

『えっ、済みません。お父様はもう出かけられました』

『そうか。お忙しい方だからな。美鈴、午後六時に附属病院に来れるか』

『はい、行けます。午後六時附属病院ですね』

『そうだ』


 教授には後で話すか。美鈴に話をした段階で、教授へは伝わるが、俺の口からも伝えた方が良いだろう。都合よく伝えられても困るからな。


 葵陵さん、何かいつもと違う緊張した声だった。何か有ったのかしら。来年私の卒業が決まったら、結婚する手筈になっている。

 今更何が有る訳でもないか。ふふっ、では何かしら?


 俺は病院の勤務が終了した午後六時に緊急外来の受付を少し外したベンチで待っていた美鈴と会った。何か嬉しそうな顔をしている。


「美鈴、待ったか」

「少しだけ」

「嬉しそうな顔をしているな」

「葵陵さんが、急に私に連絡して来たので何かサプライズしてくれるのかなと思いまして」

「まあ、間違いはない」

「嬉しい」

「取敢えず外に出よう」

「はい」

 確かにサプライズだろうな美鈴に取っては。

俺は、美鈴を食事に誘った後、マンションに誘った。


 ふふっ、葵陵さんと会う時はいつも下着には気を使っている。今日も食事の後、マンションに誘うなんて。どうしたのかしら。もう付けて貰わなくてもいいのだけど。でもお父様は順番にうるさい方だからしかないかな。


「美鈴、大切な話が有る。落着いて聞いてくれ」

「はい」


 リビングで向い合いながら座っている。いつもは、私の側に座ってくれるのにどうしたのかしら。


「美鈴、俺と別れてくれ。婚約は解消だ」

「…………。えっ、ええ」

 頭の中が処理能力を超えてしまった。


「あ、あの。葵陵さん。冗談ですよね。何か嬉しいサプライズの前の冗談ですよね」

「…………。本当だ」


「な、何を言っているのか分かりません。いきなり別れろ、婚約解消だと言われても理解出来ません。何か、私に気に入らない所が有ったのですか。直ぐに直します。おしゃってください。別れるなんて嫌です。出来ません」

「美鈴は俺にとって申し分の無い女性だ。君に悪い所などない」

「では何故?」


「原因は俺に有る」


「何を言っているのですか。私にとって葵陵さんは何処も悪い所などありません。私はあなたと結婚し幸せな家庭を築くのが夢なんです。葵陵さんに悪い所有りません!」


「そうか、それは嬉しい事を聞いた。だが、今回は俺自身の問題だ」

「俺自身の問題?」


「君という女性がいながら外で抱いた女性に子供が出来た」

「そんな事、何が問題なのですか。堕胎させれば良い事です」


「それがな。妊娠した女性は地方の中核病院の娘で、その病院の後を継ぐ事になっていた女性だ。その女性の父親で経営者であり病院長が、俺に結婚して婿に入り病院を継げと言って来た」

「継がないと言えば良いだけです」


「それがだめなんだ。断るなら俺を警察に訴えると。犯罪者になるか医院長になるかどちらかを選べと言って来た」


…………。


「葵陵さんは病院長を選んだんですね。私を捨てる事も一緒に決めたんですね」


「そうだ」


美鈴の目から涙が溢れて来た。腰を折り曲げて思い切り泣き始めた。


このままにするしかなかろう。


 どの位経ったか分からない間、美鈴をずっと見ていた。この女性も親の都合で俺と婚約させられた。可哀想と言えばそれまでだが仕方ない。


 涙が止まって彼女がふらっと立って俺の側に来た。座ってはいない。上から俺を見て

「葵陵さん。どうしても私の側に戻って来れないのですか。

私は葵陵さんを愛しています。あなたの為なら身も心も捧げます。お願いします。戻って来て下さい。」


「悪いが決めた事だ」

 日下部美鈴は打算で俺との結婚を決めたと思っている、口ではこう言っているが、これで問題ないはずだ。


「…………。そうですか」


 彼女は立ったままキッチンに歩いて行った。…………。何をする気だ。まさか!

大事になる前に急いで行くと彼女は包丁立てから包丁を取出し、いきなりこちらを向いて突っ込んで来た。


「うわっ」

キッチンからダイニングに逃げて、リビングに行こうとした時、足を椅子に引っかけてしまった。


「葵陵さん、私と一緒に死んで」

「止めろ。ぐわっ!」


 二度目に刺された時、意識を失った。





「美鈴と連絡が取れない。どう言う事。あなた、昨日望月さんと夕方から会うと言っていましたけど」

「じゃあ、心配いらんだろう。二人の邪魔する必要もなかろう」

「そうですね。ふふっ、懐かしいわ。あなたも返してくれなかったですものね」

「ふん、何を言っている」

「事実でしょう」


私は、何気にGPSで娘の居所を確認した。見ろやっぱり望月君の所じゃないか。

病院で居眠りでもしたら冗談の一つも言ってやるか。


 昼を過ぎても望月君が来ない。連絡も入っていない様だ。流石に電話してみるか。


ルルルル…………。

出ない。GPSは?望月君のマンションか。取敢えず妻に電話して確認して貰うか。




東都大学医学部付属病院緊急外来に二台の救急車が突っ込む様に入って来た。

救急隊員が患者をストレッチャーに乗せて急いで入って来る。既に連絡を受けた緊急外来担当医師がドアをフルオープンにして待っていた。


「二人です。一人は背中に刺傷が二ヶ所。もう一人は胸に包丁が刺さったままです。二人共生きています。止血はしています。動脈の損傷は見られません。二人共バイタル低下しています」

「分かりました。急いでこのまま処置室にいれるわよ」

「「「はい」」」




外科部長席に聞こえる外部からの急患の運び込みにいつもの騒がしさと思っていると


「日下部教授。お嬢様がECで入りました。胸に包丁が刺さった状態です」

「なにー!」


「私が担当する」

「教授。もう一人います。望月先生です。二人共まだ生きています」

「なんだとー!」



私は、処置室に運ばれた二人の姿に言葉が出なかった。

二人共止血処理はされているが体は血だらけだ。これで動脈を損傷していないのか。信じられない。


娘の手は血塗られていた。包丁は胸に刺さったままだ。幸い心臓は外れているが、このままでは。

 もう一人を見た。俯せにされている腰と背中に血糊がべっとりとついていた。こちらも時間がない。


「応援を頼め。私一人で二人は出来ん。緊急だ」

「はい」


―――――


あーあ、凄い事になっちゃった。

望月と美鈴さん助かるのかな。


…………私は病み上がりです。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る