第44話 戻る日常生活の中に


 素世さんとの楽しかったプチ旅行も終わり、また秋からの生活が始まった。

俺は大学の授業と塾講師。素世さんは三年から医学科に進んでいて、四年生からは授業が広範囲で深くなり大変だと言っていた。


 俺も量子力学や物理数学など知りたい分野の基礎知識を得る課程に入っているので気を抜く訳には行かない。プラスアルファの分もある。


 素世さんとの仲は、一段と深まった気がする。彼女がもう一緒に住もうと言ってくれている。まだ返事はしていない。

 彼女がそこまで言ってくれるのは、とても嬉しい。俺を思ってくれている証だ。


 だが今のアパートを解約しないといけないし、そうなると当然親にも事情を話さなければいけない。


 同棲すれば、親の負担は少なくなるが、親に学費を出して貰っている立場で、素世さんとの同棲を親がどう考えるか、どう言えば理解してもらえるか、まだ自分の心の整理が付いていなかった。


 秋以降、柏木さんからの月曜日の夕飯のお誘いは無くなった。彼女の気持ちの変化かもしれないが、もし良い人が見つかったのなら良いと思う。




最近は金曜日から泊まりに来ている。

今日俺は、合鍵を使って七時には来ていたが、素世さんの帰宅は八時を過ぎていた。


「ただいま」

「お帰りなさい」

「今すぐ夕飯作るね」

「済みません。俺も少しは出来ると良かったんですが」

「ふふっ、いいの。隼人の胃袋は私の手料理で一杯にするんだから♡」


二人で食事して、一緒に片付けると九時半を過ぎていた。


「素世さん、最近帰宅が遅いね」

「うん、授業以外にもワークショップとか研究とか色々有って、どうしても遅くなるんだ。ごめんね隼人」

「謝らないで下さい。こうして貰っているだけで嬉しいです。それに俺も来年以降、遅くなる日も多くなりますから」

「でも、夕飯はきちんと作るから。遅くなる日は、前もって作っておくから」

「済みません。とても嬉しいです」



「素世さん、自分の事で申し訳ないんですけど。塾の方で土曜日午後枠を担当してくれないかと言われています。俺としては、素世さんと一緒に居たいんですけど、三年生以降は塾も今より減らしたいので、受けようかなと思うんです」

「どうして」

「うーん、塾で稼がないとちょっと小遣いが厳しくて」

「小遣いなら私が必要な分あげるわ」

「いや、さすがにそれは駄目ですよ。

 それに塾は今、火、水、木に担当していますけど、年末年始と来年三月まででこのやり方を終わりにしたいと思っています。

三年からは塾時間をぐっと減らして、今師事している神田教授の元でやりたかった研究をしたいんです」


「やりたかった研究って」

「宇宙物理学です」

「だって、三年だとまだこれからの授業よね」

「いや、もう終わっています」

「えっ、どういう事」

「はい、年次関係なく受けれる授業は片端から受けまして、神田教授からの推薦特別枠で三年次の授業も二年で終わります。

四年生分も研究の合間に受けようと思っています。俺のしたい事は今の研究科には無いので立ち上げる形になります。神田教授と講師が一緒です」

「え、えーっ」


 やはり、この子ただ勉強が出来るだけじゃない。人とは違った頭脳を持っている。どれだけの人になるのか、彼に臨むだけの事をさせてあげたい。そしていつも私が彼を支え側に居れれば嬉しい。


 最近、彼の噂を聞く。色恋ばかりの話だ。そんな人達に彼の邪魔をさせる訳にはいかない。何とか守らないと。



「分かった。寂しいけど土曜日の塾頑張ってね。何時に終わるの」

「終わりが六時なので、七時には帰って来れます」

「そう、仕方ないわね。でも終わった後からは私の時間よ♡」

「は、はい」





場面が大学構内になります。


今年も十一月に入った。だいぶ寒い。


 俺、的場京介は、如月姉妹と同じ長尾高校出身。姉の元世とは一年先輩にあたる。俺の後輩の高田が妹の星世に手を出した挙句、自動車事故で死んだのは、あいつの業としか言えないが、大学になっても俺の友人望月が姉の元世に興味を示すとは、つくづく俺はあの姉妹と腐れ縁が合うのかと思ってしまう。

 だが素世は、確か理学部に在籍する男と仲が良いと聞いている。望月には諦めさせたいがどうしたものか。しかし俺の友人は、なんで人の彼女に手を出したがるんだ。

今、その望月葵陵と一緒に学食で昼食を取っている。



「望月何考えているんだ。手が進んでいないぞ」

「ああ、ちょっとな。夏前に会った如月素世とかいう女の子が頭に残っていてな。何とかもう一度会えないかと思って」

「お前、まだあの子の事、覚えているのか」

「いや、的場だって気になる子は早々忘れないだろう」

「俺はいるからお前みたいな考えにはならない」

「何とか会えないものかな」

「そんなに会いたいのか」

「ああ」

「如月さんに変な気を起こさないならきっかけは作れないでもないがな」

「本当か。会うだけでいいんだ。頼む」



 如月素世は俺と同じ長尾高校出身だ。だがそれだけでは声を掛けても会えないだろう。確か妹の星世と長尾高校時代同学年で、文学部入って来た女性がいるという事を同じ文学部の友人から聞いている。その伝手でその子に会えばきっかけが作れるかもしれない。




 いつもの様に同じ科目の授業には俺の側には金田、高橋さん、宮崎さんが座っている。

「なあ、立花。春に会った如月さんの妹さん。今どうしているのかな」

「知らないよ。俺には関係ないし」

「そうか」

「金田、お前柏木さんだったんじゃないのか」

「いやあ、柏木さん、全然相手してくれなくて。脈ないなあって感じでさ。誰か好きな人でもいるのかな」

「俺が知るか」


くだらない会話している間に講師が入って来た。



授業が終わり、教室を出ようとした時、

「立花さん、ちょっとお話が」

「えっ、何ですか宮崎さん」

「外で話せませんか」

「良いですけど」


 宮崎さんとはあれきり終わったはずだ。実際あれ以来声も掛けてくれなかったのにいったいなんだろう。


 随分黄色くなった銀杏並木を見ながら、宮崎さんと通りを歩いていると急に宮崎さんが寄り添って来た。どうしたんだ。

「立花君」

あれっ、さっきまでさん呼びだったのに。


「なんでしょう」

「今から、ファミレスに行かない。この前行った所」

なんだろう。どうしたんだ。


「いや、この後用事が有るので帰ります」

「いいでしょう」

急に俺の腕を掴んで上目遣いで甘えて来た。



「隼人。誰その子」

「えっ」

振返ると素世さんがいた。


「立花君、この人は……」


俺は急いで宮崎さんの腕を外すと

「如月素世さんです。僕の彼女です」

さっと素世さんが寄って来た。


「えっ、だって立花君彼女いないって言っていたよね」

「宮崎さん、はっきり断りましたよね。彼女いるからって」

「嘘です。私と付き合うって言ってくれたじゃないですか」

「はぁ。何言っているんですか宮崎さん。意味分からないです。行きましょう。素世さん」

「うん」



「あっ、ちょっと待ってよ…………。

 行っちゃった。上手く行かないな。先輩上手く行くとか言ってたのに」



 何となく感が働いたというか、理学部の方へ足を向けたら、やっぱりだったわ。隼人がモテるのは友人から聞いていたけど、まさか帰宅中にまで声を掛けられているとは。隼人には良く言っておかないといけないわ。




素世さんと二人で門の方に行きながら

「今日このまま帰っていいんですか」

「仕方ないわ。隼人が変な女に付きまとわれたんじゃ心配だから」

「そ、そうですか」

「帰ったら、しっかり教えてね。あの子の事」

「はい」




「失敗したな」

「当たり前だ。あんな下手なやり方で何とかしようとする方がおかしい」

「そうか、宮崎さんにはもう少し協力して貰う必要が有りそうだな」

「適当にしておけよ。今別方向から会えるか聞いているから」

「いや、諦めないよ。ちょっと遊ぶだけだし」

「まったく」


―――――


素世を狙っている望月葵陵の友人、的場京介の紹介が無かったので文中に入れました。今後関わってきます。

しかし、彼氏がいるのにその彼女に手を出そうという男がいるのは、困ったものです。

まあ、現実は結構多そうですが。

 隼人、素世さんを守れますかね。素世さんも自身を守って下さい。


せっかく平穏になった日常にまたさざ波が立ち始めました。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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