第28話 塾講師


俺は一週間程いた実家から東京に戻って来た。八月はまだ一週間ある。

本当は、八月の前半にちょっとした旅行を考えていたが、八月最初はどこの宿も一杯で取れなかった。安い所と探したがとても空いていない。


 それと如月先輩から紹介して貰える塾への履歴書も書いて先輩に渡す必要が有ったが、先輩の都合で会う日時も旅行に行けない理由だった。

 明日は、塾長との面接が有る。如月先輩と待ち合わせして出向く事にしている。



塾のある駅の改札を出た所で十時に待ち合わせ。二十分前に着いた。一応礼儀。

改札前で待っていると改札から出てくる先輩が目に入った。


 淡いピンクのブラウスに膝上の茶色のスカート。白い運動靴を履いている。

黒く長い髪を耳の後ろにしながらはっきりとした大きな目、すっと通った鼻。口元の口角が少し上がっている。星世と同じように丸みのある細面。普通に見ても美人だ。


「おはよう。立花君。待った」

「いえ、まだ十分前だし」

「塾はここから直ぐよ。駅近くで無いと生徒来ないからね。塾長と約束した時間は十時半で少し早いけど行こうか」

「はい」


如月先輩の後ろに付いて歩く。頭の天辺が丁度、俺の胸元位だ。背中の真ん中より少し長い黒い髪の毛が輝いている。後ろから見ても美人だなと思ってしまう。


「ふふっ、どうしたの。私の背中そんなに見つめて」

「えっ」

この人、後ろに目でも付いているんだろうか。

「ここよ」


改札から歩いて一分も掛からない。八階建てのビルの五階と六階が塾の様だ。

先輩が先にエレベータに乗って六階を押す。

「塾長は気さくな人だから緊張しなくていいよ」

「………」

そう言われてもと思う。


六階でエレベータを降りて塾名の書いてある入り口を通って右のドアを開けて入る。

「如月です。塾長と十時半に約束したのですが、早く付いてしまいました」


受付の女性は先輩の後ろに立っている俺を見て一瞬驚いた顔をすると

「少しお待ちください」

そう言って、奥の席に座っている年配の男性に声を掛けた。少し話した後、戻って来て

「如月さん、六〇三の会議室で待っていて下さい」

「分かりました」



「緊張しすぎよ。立花君。リラックスして」

「は、はい」


十分位して先ほどの年配の男の人が入って来た。俺達は直ぐに立つと

「座っていていいよ。私は塾長の永山一蔵だ。早速だが、立花君の面接を始めようか」


何を聞かれるのかと思ったら、普段の過ごし方や高校の友人の話など、塾の講師の面接という感じではなかった。

「如月さん。良い人を紹介してくれたね。二回ほど私達の前で模擬的に講師をやって貰うが、それが終われば講師として立って貰う。最初は戸惑うだろうから、如月さんがサポートに入ってくれ」

「はい。分かりました」

「何か質問は」


「あのう。塾講師の面談と伺っていたのですが、それらしい質問が無くて、大丈夫なのでしょうか」

「十分大丈夫だ。私が見ていたのは、君の受け答えの仕方と姿勢だよ。大切なのは生徒に対してどうやって接するかという事だ。君なら頭の中を心配する必要はないからね。

それと模擬講師というのは、いきなり生徒の前に立てと言っても困るだろうからその段取りを教える場でもある。肩張らずに分からない事はその場で聞いてくれ。

カリキュラムと担当については、模擬講師終了後に連絡する。ではこれで失礼する」


俺は直ぐに立って

「ありがとうございました」

と言うと

「ところで身長はどの位」

「はい、百九十一センチです」

「そうか。それも良かったよ」

そう言って塾長は会議室を出て行った。


「如月先輩。塾長の最後の言葉って?」

「最近の生徒は背の高い子も多いのよ。上から見下ろされてやりにくい講師もいるらしくて。そういう意味では、立花君より大きな子は早々いないから」

「そう言う事ですか」

「さっ、帰りましょうか」



塾の外に出ると

「立花君。この後用事ある」

「ありません」

「じゃあ、ちょっと付き合って」

「良いですけど」



駅に隣接するデパートに連れて行かれた。そのまま四階に行き、エスカレータを降りると

「ちょっと来て」


来たのは、紳士服売り場。

「塾で講師すると言ってもジーンズにTシャツと言う訳には行かないわ。シャツやスラックス揃えましょう」

「えっ、でもお金持っていないし」

「いいの。私が買ってあげる」

「でも、買って貰う理由無いし」

「いいじゃない。塾講師になれるお祝いという事で」


困ったなあ。借り作りたくないし。

「では、まだ出来るか分からないですが、講師のアルバイトの代金が入ったら返します」

「…。そうね。それでもいいわ」


 その後、俺の選択権無いままに如月先輩の好みをそのまま買っていった。サイズに困る時も有ったが。シャツ二枚。スラックス一本。安くないんだけ。やっぱりお嬢様感覚かな。

 スラックスは丈合わせで明日もう一度来ることになった。



「もう、お昼だから食事しましょ」

「はい」

「デパートで食べるのはつまらないから外に出ましょう。美味しいスパゲティ食べれるお店が有るの」

「分かりました」



駅から五分ほど歩いたお洒落な感じのお店だ。入り口のメニューを見て驚いた。

「先輩。ここちょっと」

「いいのよ。さっ、入りましょう」

ええーっ、どういうこと。洋服買って貰ったり、昼食ご馳走になったり。


 注文した後に

「如月先輩。今日ちょっとお世話になり過ぎているんですけど」

「ふふっ、良いのよ。私が立花君に買ってあげたいだけだから」

「でも」

「いいの。いずれ返して貰うから」

「はっ?」

「ふふふっ」


 どう考えればいいんだろう。でもここで強引に断っても雰囲気が悪くなるだけだし。今日はご馳走になっておくか。でもいずれ返して貰うって。


 昼食後、コーヒーを飲んで、結局別れたのは、三時を過ぎていた。

「如月先輩。今日はありがとうございました。九月と言っても来週からですが、宜しくお願いします」

「うん、こちらこそね」



立花君が改札に入って行く姿を見送った。

これで、立花君との接点が、サークルだけでなく塾にも出来た。急ぐ必要な無いけど。彼を知ってから三ヶ月。十月になって学校が始まれば彼にまとわりつく人も出てくる。そろそろ少し行動を起こしても良いかな。



―――――


如月素世さん。中々計画的ですね。流石です。でも何する気だろう。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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