第26話 夏休みだ


「立花君。準備出来た?」

ドアの向こうで柏木さんがインターフォン越しに声を掛けて来た。

ガチャ。


「まだなので、ちょっと入って待っていて下さい」

「了解」


 少し胸元の広い白いTシャツに短パン。オレンジのサンダル。なんと夏の姿。当たり前か。しっかりと出る所は強調されている。目のやり場に気を付けないと。

 俺は水色のTシャツと紺のコットンパンツだ。


結局実家に帰る電車は同じ事になった。柏木さん曰く、どうせ帰るなら二人が良いという理由だ。俺は特にそこにメリットを感じていないが、偶に夕飯を作って貰っている恩もあり、仕方なく合意した。

実家に行っても会おうとか言い出したが、さすがにそれは辞退した。気が休まらない。


 柏木さんが、自分のバッグの中からペットボトルを出して飲んでいる。昨晩辛いものでも食べたのだろうか。


「準備出来ました。行きましょうか」

「うん」


柏木さんは、キャリーバッグ、ショルダーバッグにハンドバックだ。女性は荷物が多いのは知っていたが、一体何が入っているのか。

 僕は、スポーツバッグ一つだ。


「立花君。それだけ」

「はい」

「一週間いるんだよね」

「そうですけど」

「それで済むの」

「ええ、タオルとか、日用品は実家に有りますし、洋服は夏物なので丸めれば小さくなります。足らなかったら洗濯して貰えばいいだけなので」

「そうか。男の子は良いわよね。女は色々あるから」

「そうなんですか」

何が色々あるのだろうか。いや考えるのは止めておこう。碌な事が無いような気がする。


東京駅まで一時間。夏休みに入っている事も有ってか、東京駅までの電車は空いていた。


「立花君、お昼丁度電車の中だからお弁当買って行こう」

「いいですよ」


 実家に帰れば何かあるだろうが、それまでお腹が持たないと考え、柏木さんと一緒にお弁当を買った。柏木さんはサンドイッチと無糖紅茶。中々無難なチョイスだ。

 俺は、牛肉弁当に五百ミリリットルのお茶。まあいいのではないだろうか。


それぞれ買ったお弁当を手に特急電車に乗るホームへ行く。二人だから適当に自由席と思ったが、結構人が並んでいる。


「あれー。結構いるな」

「そうですね。先頭の方に行きましょう。空いているかもしれな」

先を急ごうとすると


「ちょ、ちょっと待って。立花君」

振返るともう五メートル位離れていた。柏木さんが来るのを待っていると

「立花君。私と君の歩幅考えて。君が普通に歩いたら私は走らないといけないよ。キャリーバッグも持っているし」

「すみません」

 何故か、近くに居た老夫婦の男性の目が笑っている。


仕方なく柏木さんの歩く速度に合わせて歩く。キャリーバッグは俺が持つことになった。結構重い。何が入っているのかまた気になった。


先頭から二両目辺りでドアに待っている人が四組位になったので

「柏木さん。ここでいいでしょう」

「良かった」


暑いのか、シャツの首元を引っ張って手で仰いでいる。不味い。身長差で見えてしまう。

顔を別方向に向けながら無口でいると

「立花君、どうしたの」

「い、いえ。なんでもないです。暑いですか」

「ええ、少し」



 夏前に夕飯を一緒に食べる事は出来る様になった。そろそろ次の段階に進もうかな。でも焦ることはない。ほんのちょっとずつね。


 立花君が私を見ている。ちょっとシャツの首元を引っ張って手で仰ぐ真似をした。

ふふっ、案の定ちらっと見て顔を背けた。可愛い。今はこれでいい。



電車が入って来たので乗り込んだ。真ん中あたりが確保できたので良かった。柏木さんを窓際に座らせてキャリーバッグとショルダーバッグ、それと俺のスポーツバッグを網棚に乗せると俺も通路側に座った。


「立花君、背が高いから荷物載せるの簡単でいいね」

「まあ、そうですね」

「私も背の高い彼が欲しいな」

「………」



特急電車が動きだした。地上に出ると風景が流れていく。窓から景色を見ているといつの間にか柏木さんが、

「お弁当食べない」

東京駅を出て三十分、スマホの時間が十二時半を指している。

「そうですね。食べましょうか」



前の椅子に付いているテーブルを降ろしてお弁当を置く。中々のボリュームだ。

景色を見ながら食べていると

「立花君、サンドイッチ一つ食べない」

「えっ、それだけでしょ。全部食べた方が良いと思いますけど」

「ううん、その代わり、その牛肉弁当一口下さい」

「えっ、でもお箸が一つしか」

「反対側を使えばいいじゃない」

「そ、そうですね」

うーっ、積極的。


柏木さんが、サンドイッチのパックを差し出して来た。

「好きな物食べていいよ」

「ありがとうございます」

そう言って、俺はハムと野菜の挟んである奴を一つ取ると半分食べた。


「中々美味しいですね」

「でしょう。ここのサンド有名なんだ」

僕には分からない。牛肉弁当と箸を柏木さんの方へ持って行くと柏木さんは箸を逆さにして僕が食べていない部分をサッととると

パクリ。モグモグ。モグモグ。ゴクッ。


「わーっ、これ美味しい。私もこっちが良かったかな」

「全部食べても良いですよ」

「それはさすがにしないよ。立花君のお弁当取ってしまう事になるから」

「そうですか。でもサンドイッチ全部くれればいいですよ」

「本当。いいの」

「ええ」

「やったーっ、じゃあ交換」

またやったーっと言っている。何をやったのだろうか。


結局、柏木さん、俺の食べている途中の所も全部食べてしまった。良かったのだろうか。


 えへへっ、立花君と半間接キッス。中々美味しいお弁当でした。

「ご馳走様。美味しかった」

「それは良かったです」


俺も柏木さんの残りのサンドを食べた。もちろん柏木さんの食べ残しは手を付けなかったけど。


柏木さんが降りる駅まで後二十分。俺が降りる駅まで四十分だ。読んでいる本から目を離して柏木さんを見ると窓の方に傾いて目を瞑っている。寝ているのだろうか。


 ふと、胸元を見ると出る所がとても綺麗に強調されている。横顔も可愛い。少し見てしまった。でも女性に関してはまだいい。心の中で過去の清算が出来ていない。


 先に柏木さんが降りる駅に着いた。実家の駅より四つ手前だ。

「じゃあ、立花君。またね」

「はい」


キャリーバッグとショルダーバッグを網棚から降ろして通路に置くと柏木さんは挨拶をして出口に向かった。

 電車が動きだすと窓の向こうで柏木さんが手を振っている。俺も手を振り返した。


景色を見ていると直ぐに実家のある駅に着いた。改札に行くと父さんが、車で迎えに来てくれている。到着時間を教えておいたから、迎えに来てくれたようだ。


「ただいま。父さん」

「お帰り。隼人。また背が伸びたか」

「ちょっとだけね」

車が大きくないのでちょっときつい。




用事が有って駅まで来ていた私は、隼人のお父さんが車で来ているのを見た。

こんなところで珍しい。えっ、もしかしたら。


 特急電車が駅に入って来た。隼人のお父さんが、車から出た。改札の方を見ている。


えっ、隼人。髪が少し伸びている。身長も少しの伸びた様な気がする。

私が声を掛けられる…訳がない。でも…………。結局、隼人を乗せた車が駅のロータリーから出て行くまで、見てしまった。


「星世、どうしたの。帰るわよ」

「はい」

今は、浪人生。遊んでいる暇はない。今年中に三年間の遅れを取り戻して更にあの大学に受かるまでの学力を付ける。それが私の目標。そうすれば、隼人に会える。それだけが私のエネルギー。だから今は声を掛けない方がいい。



気の所為だろか。誰かが俺を見ていたような気がする。久しぶりに帰って来た所為で興奮しているのかな。



―――――


星世さん。現れましたか。でも隼人にあれだけしたんだから、もう身を引くべきでは。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る