第24話 慣れと心配
あっという間に時間が過ぎ、夏休みがもうすぐ目の間に迫って来た。定期試験も目の前だけど。夏休みは八月初旬から、九月いっぱい。
後、半月で授業も終わるというところで珍しく如月先輩が連絡をして来た。
五月の終り頃に話しかけられて以来、歓迎会とか、サークル活動とか言っては、俺を飲み会後のライフセーバーにしている。
要は俺が未成年で飲めない事を良い事に、自分が好きなだけ飲んで、僕が送るというパターンだ。
俺が姉である素世に手を出さないには、妹の星世がトラウマになっているからとか酔っぱらった時に独り言を言っていた。それ以前に、もう恋愛はこりごりだ。
『立花君、ちょっとお願いがあるのだけど』
この人のお願いは大体時間消費が多い。
『何ですか』
なるべく短く済まそうとそっけなく言う。
『あのね。もうすぐ夏休みでしょう』
『そうですけど』
『それでね。サークルの仲間が研究進捗を確認しようと言う事になって集まる訳よ』
『僕は忙しくて出れません』
『最後まで聞いて。それでね、その後打ち上げが有るの。だからねっ。お願いします。立花君』
スマホの向こうで手を合わせている様な気がする。
『そもそも一人で帰れないほど飲むから良くないと思いますが』
『今回は、そこまで飲まない。でも酔っていると帰りに力ずくでとかあるでしょう。だからねっ。これが夏休み前最後。お願い』
夏休み前最後ってどういう意味?何故か、如月先輩の頼み事に弱い。要注意人物と決め手はいるのだが。
『分かりました。サークルは何時からですか』
『えっとね。………』
はあー。また頼まれたよ。何故断らないだろう。自分の不甲斐無さに頭の中の記憶を振返っても分からない。地元の人間だからかなぁ。
サークルは俺の最後に受ける授業の日に行われた。俺の指定席はいつも如月先輩の左隣。先輩の知り合いが声を掛けて来た。
「立花ちゃん。また素世のライフセーバー?」
「はい」
「偶には、俺が如月さん送って行こうか」
如月先輩が好き好きオーラをいっぱい出している医学部の三年生だ。良いとこのお坊ちゃまムード丸だし。でも如月先輩を恋愛対象ではなく、別の対象としてしか見ていない感じがする。
「君は駄目。送り狼の目満載だから」
「いや、そんなことないですよ。部屋まで送ったらすぐに帰ります」
「普通部屋まで送らない。立花君に頼むからいいよ」
「えーっ、確かに立花は紳士だけど………」
「なに、私の立花君に何か言いたいの」
あっ、酔っている。
「私の立花って。えっ、立花、素世ともうそんな関係か」
俺は大きく首をブンブンと横に振って
「とんでもないです。俺なんか相手にしてくれないですよ」
「あれ、素世が相手にしないなら私、立候補するけど」
と先ほど俺に茶々入れた女の子が言って来た。
「だめ、だめ。だめだめだめ」
「如月先輩。飲み過ぎです」
結局、予約席の時間切れという事で、サークル参加者が外に出た。
「じゃあ、俺帰るわ。夏休み明けだな。今度会うのは」
三年の先輩が言うと自然とバラバラになった。
「如月先輩。帰りますよ」
「では、立花君頼みます」
そんなに酔っている様には見えない。少しわざとらしく聞こえるが。送ると言ってもタクシーで帰る訳はない。電車で帰りマンションの前まで送って行くだけだ。
如月先輩の住まいは、俺のアパートの最寄りの駅の隣駅だ。アパートではなく2LDKマンションだ。さすが医者の娘。買ったらしい。
いつものようにマンションの前まで着くと
「それでは俺は帰ります」
「ねえ、立花君。偶には寄って行かない。もう授業も今日で終わりでしょ。ちょっと話したい事も有るし」
俺はスマホを開けて時間を見ると九時前だ。確かにここからなら自分のアパートまで電車乗ってもアパートまで三十分かからない。でも…………。不味いよな。
「考えてないで。入りましょ」
いきなり手を引かれてエントランスに入らされた。部屋は一度だけ来たことが有る。如月先輩が、完全に酔ってしまった時だ。さすがにあの時は困った。
エレベータで六階を押す。直ぐについて右に折れると六〇二と掛かれている部屋の番号が彼女の部屋だ。
「さっ、入って」
もうあまり酔っていない様だ。
改めて中に入ってよく見ると自分のアパートの部屋より格段に広い。リビングだけで十四畳あると聞いている。
「あっ、その辺に座って。今飲み物用意する」
先輩は、やーいお茶という一リットル入りのボトルとコップを二つ持ってきた。
二つのコップにトクトクトクと注ぐと、片方を俺に出して
「立花君。色々ありがとう。何かと助かったよ」
「いえ」
「ところで夏休みどうするの。実家に帰るの」
「一週間位は帰ろうと思いますが、出来れば旅行にも行きたいです。夏休みの間にアルバイトもしたいと思っています。参考書とかとても高いですよね。
小遣いは今年一年だけ貰えて来年からは自分でバイトしろと言われています。ですから授業に影響の無い様になるべくまとまった休みにバイトして授業のある日は少なめにしたいと考えています。」
「そうか、そうだよね。私は二週間位実家に帰るかな。馬鹿な妹の事も気になるし。バイトもするわ。親が十分出してくれているけど、それじゃあ自立性が無さすぎるからね。ところでバイトの心当たりあるの」
「自信もって言えます。全くありません」
「あははっ、面白い子だね。私夏休み集中の塾講師やっているんだ。結構単金悪くないよ。紹介しようか」
「本当ですか」
「君なら問題なく採用されるよ。でも夏期講習はもう無理だから、九月スタートの分からかな」
「それでもいいですよ」
「じゃあ、塾長に話しておく」
「ありがとうございます」
その後も学校の事とか、色々話をしていたら十一時近くになってしまった。リビングにある時計を見て
「そろそろ帰ります」
何故か、如月先輩がすすすと寄って来る。いきなり両肩を掴まれた。顔を近づけて
「立花君、泊って行ってもいいんだよ」
「………」
どういう意味で言っているんだろう。
「何もしない自信あるんでしょ」
「………っ!」
俺はゆっくりと自分の両肩から先輩の手を離させると
「俺は、見かけほど紳士じゃないです。自信ないから帰ります」
「あははっ」
また両肩に手を置いて来た。
「素直でいい子だよ君は。なるほどなー。君の事少しずつ分かって来たよ。塾の面接の段取り決まったら教えるから一応履歴書準備しておいてね」
「分かりました」
「じゃあ、またね」
立ち上がった先輩に
「一つ聞いてもいいですか」
「なに」
「如月先輩は、万が一にも俺が先輩を………。その………心配しなかったんですか」
「ふふふっ、どうかな。立花君次第かも」
「か、帰ります」
何となく意味が見えた俺は、下を向いて玄関のドアに向かった。
―――――
な、なんと如月素世さん。心理作戦で隼人を攻めるとは、さすがです。
隼人の平穏な日常の中に、ガラガラという音が聞こえるのは気のせいかな。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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