第22話 勧誘
大学でのオリエンテーションも終わり、大学での生活が開始した。
最初に突き付けられた難関は、授業の選択だった。俺は理学部を志望したが、最初の二年は教養課程が大半で必修科目を優先しつつ、自分が今後進みたい方向を決める為の選択肢を提供してくれる科目を選ぶというシステムではある。
全てオンラインによる申し込み。便利なようで相談相手もいない俺にとっては、大変な作業だった。
その上入学してすぐに理学部交換会とか、他のイベントもあり、あっという間に五月も終わりに近づき、授業は最初のタームも終わりに近くなって来た時。
今日も真面目に四時限までの授業を聞いた後、禿坊主だった銀杏の木が少し青くなって来たキャンパスの中を一人で歩いていると、前からどこかで見た様な女性が歩いて来た。
背中の半分までありそうな綺麗な髪の毛、ぱっちりと大きな目、スッとした鼻に可愛い口元、細面に少し丸顔の可愛い女性だった。手を振っている。
こっちに歩いてくるが、知り合いもいないはずの俺は、他人の空似、後ろにいる人誰かに手を振っているのだろうと思い、そのまま無視して近づき通り過ぎようとした。
「立花君」
その声と顔立ちは俺の記憶の底にしかないはずだった。ここにいるはずがない。
「星世……」
「ふふふっ、妹に似ているとよく言われるけど。私を覚えていないの。寂しいな」
「妹に似ている……。まさか素世さん?!」
「良く気付いてくれました。医学部の如月素世よ。ねえ、いきなりだけどこの後時間ある」
特にアパートに帰るだけの俺は、少し疑いの目で
「ありますが、なにか」
「つれないな。大学の先輩から声を掛けてもらったんだから、もう少し丁寧なもの言いってないの」
「失礼しました。時間あります」
「そう、じゃあ少し付き合って」
俺は、かつて東京に出てくる直前に如月家の前で立ち止まった時に強引に家の中に連れ込まれた記憶が蘇った。変わらないんだ。思い出しをして少し頬が緩むと
「どうしたの」
「いえ」
「………」
大学のすぐそばに有る喫茶店に連れて行かれた。ごく今風のコーヒーショップだ。
「遅くなったけど入学おめでとう。同じ理系として嬉しいわ。ところで立花君。部活とかサークル決めている」
「部活、サークルですか。全然です。まだここの雰囲気に慣れる事に一生懸命だし、授業に出席するのもやっと慣れて来た所です。部活とかってとても余裕ありません」
「そう、ねえ私のいるサークルに入らない」
「はいっ?誘った理由ってサークルの勧誘ですか」
「それも一つにはあるわ。うちのサークルは、未来医学創造研っていうの。名前は立派だけど、中身はフツーのサークルよ」
「俺は、理学部です。まだ専攻は決めていませんけど。未来医学創造研って医学部ですよね。俺には縁が無いと思うんですけど」
「君は理学部でしょう。今や医学は色々な分野との協業によって大きく進化しつつあるわ。AIを利用した創薬には大きな期待が持てるし。立花君の様な人間がサークルに入ってくれるとサークル内での会話の想像が膨らむと思っているの。どうかな。君にも悪い話じゃないと思うけど」
「……すみません。いきなりなので、また今度の返事で良いですか」
「いいわ。その代わり連絡先交換しましょう。そうしないと返事聞けないし」
「あ、はい」
ふふっ、やはりね。この子押しに弱いんだ。これで連絡先は手に入れたと。
「如月先輩。先ほど俺を誘った時、サークルの件も有るけどと言っていましたが、サークル以外の話って何ですか」
「まあ、それは今度にしよう。お願いしたい事もあるし」
「お願い事?」
「うん、それも後ね」
「………」
その後、如月先輩と別れた。分からない事だらけだ。第一に何故俺に声を掛けたか。サークルの件はおまけだろう。
でも話したのはおまけの話だけ。それに頼みたいことが有るって言っていたけど、それも後でって、意味不明過ぎる。
いずれにしろ、彼女は要注意だ。星世の姉と言うだけでも問題なのに。
やっと立花君を見つけたわ。五月祭の時、姿は見かけたけど話すタイミングが無いままに終わっていたから。
でもまさか授業が終わった後、キャンパス内で出くわすなんてツイていたわ。妹から少し性格とかは聞いていたけど、キャンパス内でもはっきりわかる長身、イケメンで柔らかい顔、友達思いの男なんて、そうそういない。その上この大学の理学部。転んでも将来は約束されている。
医学部にも男はいるが、皆自分のエリート意識を鼻にかけた連中ばかり。付き合っても先が知れている。だから私は、彼が入学してくるのを待った。
星世が立花君と付き合っていた時、生徒会役員としてというより姉としてどういう人となりか気になり彼の噂を耳にしたが、友達思いのいい奴。モテるけど星世一筋脇目も触れないイケメン。背も高い。勉強も出来る。
聞けば聞くほど姉として妹の彼氏としては問題ない人間と思った。両親も公認だ。母親なんか、婿入りしてくれると勘違いしていたみたいだから。
立花君が長尾高校に入学しなかった理由は分からないが、学校が違うからと言って、まさか、星世があんな屑男を選択するなんて。それから立花君は私のターゲットになった。
私は家を継ぐ気なんて毛頭ない。あんな田舎の病院は星世に継がせればいい。あの馬鹿妹も来年ならここに受かるだろう。高田幸助という男も地方の大学に行って交流は切れたと聞いている。
あの子は元々は頭のいい子。一年頑張れば入ってこられるレベル。星世に家を継がせて私は家を出る。立花君と好きな人生を過ごすのも選択肢の一つ。
彼の周りには誰もいないはず。この大学で同じ理系。ライバルはいない。私は今三年だけど六年制。彼は院に行かない限り四年制。時間的にはぴったり合う。
楽しみが増えたわ。
―――――
まさかの、素世さんの気持ち。うーっ、凄い。
全国の大学の医学部に通われている方達へ。これは小説です。ご理解の程お願い致します。
次回をお楽しみに。
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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