第20話 始めは大変です


 俺は、三月中旬に東京に引越して一人暮らしを始める事にした。大学の授業が始まる前に生活環境に慣れておきたいと考えたからだ。


 引越し先は姉貴と一緒に決めた。こちらからは、洋服や自分の身の回り物と本や本棚、机しか持って行かない。姉貴から引越し先で買った方が色々都合がいいと聞いているからだ。


 荷物は先に送って、業者に日時指定で引越し先に持って来てもらう事にしている。

父さんと母さんとは家の玄関で別れる事にした。別に永遠の別れでもない。


「お父さん、お母さん。行って来るね」

「隼人、一人暮らしは大変だから気を付けてね。困ったことが有ったらすぐに連絡するのよ」

「分かっている。大丈夫だよ。お母さん」

「隼人。良くここまで頑張ったな。今日からがまた新しいスタートだ。健康にだけは気を付けてな」

「はい、父さんありがとう」


 俺はそのまま、駅に向かったが、少しだけ心が苦しかった。


 元よりの駅から東京までは一時間半。それから引越し先まで一時間。今から行けば引越し業者が来る二時間前には着くはずだ。




 駅に着くと何故か穂香が居た。


「隼人」

「どうしたんだ。穂香。何か用事か」

「うん、隼人に」

「俺に」

「もう隼人の姿を見れなくなると思うと我慢出来なくて。隼人のお母さんに出発時間教えて貰ったの」

「そ、そうか」


穂香は、周りを見てから、いきなり抱き着いて来た。

「穂香」

「ごめん、少しだけ。少しだけで良いから」

俺も穂香の背中に手を回してあげた。穂香が俺の胸に顔を付けて来ている。


少しの後、

「ありがとう。これでもう諦めがついた。隼人。これからも頑張ってね。私の分も幸せになって」

「穂香………」

無性に穂香をきつく抱きしめてしまった。


やがて穂香の方から手を離すと

「じゃあ、私帰る。あまり家を空けると変に思われるから」


涙を堪えているのがはっきり分かる顔で手を振りながら去って行った。

「………」


車窓から見える見慣れた景色が酷く寂しく見えた。




 東京って、寒いな。三月半ばだが、人が多いから暖かいと勝手な想像をしていた俺は、アパートの有る元よりの駅を降りて改札を出た。

 商店街を抜けて、住宅地に入って行くとこれから住む我が家。二階建て八軒住まいのアパートが見えて来た。


 何となく安心しながら、柏木さんとは、なるべく会わない様にしないと思いながらアパートの前に立つ。


 築五年。以前も学生が使っていた部屋を借りた。1LDK。お風呂トイレ別。俺的には相当にリッチな物件と思っている。家賃光熱費は全部親持ち。生活費も必要な分だけは貰っている。


但し、小遣いは、最初の一年だけ。後はバイトして稼げと言われた。でも月三万の小遣いはこちらでは多いのか少ないのか全く分からない。参考書や本代が大学ではどの位か全く分からないから。参考になる先輩もいないからちょっと大変。


 昼をコンビニ弁当で済ませた俺は引越し業者を待っていると予定の午後二時少し前に着いた。

 荷物が少ないので三十分もかからずに終了。業者に完了サインをすると部屋に入った。


「さて、取敢えず、机と本棚の位置を決めて、ベッドも入って来るし」

独り言を言いながら、適当に作業を進めていると


ピンポーン


うん、業者が忘れ物かな。玄関の監視カメラで見ると

「えっ!なんで」


他人行儀に

「どちら様でしょうか」

「私、柏木美穂です。私の顔忘れたの」

「どのようなご用件でしょうか」

「酷ーい。引越して来たから挨拶に来たのにー」


ここまで来ては開けない訳には行かず、

ガチャ。


「やっほー。来たよ」

「柏木さん………」

「ねえ、上がらせて」

「あ、ああ」

押し強い人苦手。


「わーっ、間取り同じだけど私の部屋より広い」

くるりと僕の方を向くと

「引越し片付け手伝ってあげようか」

「いや、良いです。自分でやります」

「でも、君。何も持ってないよね。業者からの荷物そのまま入れただけでしょう。先に掃除機掛けるとかしないと、埃溜まったまま荷物おくことになるよ」

「うっ」


掃除機とかは、明日姉貴と一緒に量販店で買えばいい程度に思っていたが。


「ほら見て」


備え付けのテーブルの上を人差し指でサッと拭いて俺の前に見せた。

「………」

「掃除機とバケツとタオル持ってくるから待ってて」

サッと玄関から出て行った。


何なんだ。俺の心の中で平穏な日々が崩れていく音がした。


 柏木さんの手際の良さで、リビング、ダイニングと俺の部屋(寝室兼用)が、あっという間に綺麗になった。お風呂とトイレは自分で掃除しろというご命令です。

 来た時とは見違えるほどだ。たった二時間で。


「綺麗になったでしょう」

「はい」

「ふふふっ、これでは一人暮らし大変ね。じゃあ、私はこれで帰るね」

「あの」

「なに」

「いやここまでやって貰って、お礼もしてないし」

「…。お礼したいの?」

「………」

「ふふふっ、いいよ今日は。挨拶代わり。そのうちして貰うから」

「そのうち?」

「そう、そのうちね。じゃあね」


掃除機とバケツとタオルを持って、サッと出て行ってしまった。


そう言えば、彼女どの部屋にいるのかな。


 翌日、姉貴に連れられて家電量販店や割安家具屋に連れて行かれて、必要な家財道具を買った。全て親のお金。申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それはいずれ返すことにしよう。


 注文した家具は、明日、明後日で運び込まれる予定だ。確かに色々セットアップが必要みたいで、こちらで買って良かったと思っている。


 その日の昼と夕飯は俺が姉貴にご馳走した。と言っても〇ックと中華屋だが、それで終わらせた。

 

 アパートに帰ってシャワーを浴びた後、ベッドが来るまでという事で寝袋に入った。

平穏な一人暮らしをしたいから明日から対柏木さん対策も立てないと思いつつ

zzz………。



―――――


地元を離れた余韻も冷めやらぬ間に、柏木さんの来襲です。まあ、部屋の掃除は、引越す前に一度しておいた方がいいですよね。

 次回から隼人を取り巻く人々が出てきます。隼人の平穏が守れるかは、恋愛の神様の気分次第ですね。

隼人を気に入った恋愛の神様がアフロディーテでない事を祈りましょう。

読んでいる方はそっちの方が面白いですが。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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