第19話 出て行く前に


ここから後半に入ります。


―――――


 俺の国立トップの大学合格は、あっという間に地元に広がった。

いったい誰が個人情報を漏らしているんだ。


 両親は相当に自慢らしい。家に帰ってくる度に近所の人に羨ましがられ、自分の事に様に喜んでいた。


 一番大きいのは授業料が安い事だ。

父さんは、俺が私立に行くものとばかり思っていたらしく、事の他喜んでいた。まあ、これも親孝行のうちだろう。


 あの時、父さんが、進めてくれなかったら、こういう事にはならなかったから。もちろん頑張ったのは俺だから。


 俺は、東京に行く前に一人暮らしの準備を始めた。まずは姉貴に取敢えず必要な物は何か聞いた。それをこちらで買って持って行く為だ。

 そう思っていたら、東京で買った方が安いし、設置の事が色々煩いらしい。こちらでは考えられない事ばかりだ。


 場所を選ぶのも大変だった。学校からは近くて、家賃の安い所を選ぼうとしたが、東京という日本で一番物価の高い所の事情は分かるはずもなく、結局、電車を乗り継いで学校から四十分程の所を見つけた。どこに行くにも右も左も分からない俺は姉貴には世話になりっぱなしだ。


 もう一つ問題が有った。柏木美緒が近くに住みたいと言って場所を聞いて来たことだ。

 彼女が何を考えているか知らないが、女の子に関わるのはもうこりごりの俺は、普段は干渉しない事を理由に引っ越し先を教えたら、同じアパートにしやがった。


 柏木さんとは、色々話した。思い出したくない事も。もちろん柏木さん自身の事も話してくれた。彼女にステディな男の子は出来なかったらしい。でも俺は信用していない。


 星世も、穂香も、皆嘘をついていた。もうだまされるのは嫌だった。

好きになるなら、東京で俺の過去とは関係のないひと(女性)と恋愛したい。それならその人の過去の事は過去として見れる。


 一通りの準備もめどがついて来た時、既に記憶の中から除外されていると思っていた事が甦って来た。

もう関係ない事。でも時間がある。少し歩いてみようと思った。




 何度も穂香と一緒に歩いた道。俺の家から歩いて三十分。まだ、寒い季節だったが、厚手のコートを着て出かけた。


 勉強に夢中で二年近くこの辺に来ていなかったが、何も変わっていなかった。当たり前か。


 穂香の家は大きい。家が仕事場も兼用しているためだ。門の外から覗くと庭の中に小さな家が建てられていた。

 穂香は相手の家に住むんじゃないのか。もっともあれが穂香の家とは限らないか。

 ふふっ、何を考えているんだ。もう俺とは一生縁のない人になってしまった。帰るか。


俺は、風邪を避ける様にコートの襟を立てて元来た道を戻り始めた。

「立花君」

「………っ!」


 振返ると随分雰囲気が変わった穂香が立っていた。髪の毛は短くなっている。あまりお化粧しているようにも見えない。ジーンズ姿だ。あまりの変わりように彼女をじっと見てしまった。


「ふふっ、変わったでしょ。これが私の今。家で仕事手伝っている」

「結婚したんじゃないのか」

「したわよ。でも夫は女癖、酒癖が悪くて。今日も居ないわ」

「どういうことだ」

「もし時間が有るなら少し寄って行かない」

「………」


「隼人。聞いたわ。東都大学に合格したですって。おめでとう。中学の頃を思うと信じられないわね」

「そうだな」


「隼人。今更だけど、ごめんなさい。あなたの事は本当に好き。あの時、父の事業が上手く行かなくなって資金繰りに困っていた。

 そんな時声を掛けてくれたのが夫の父。合田建設の社長さん。叔父様は優しくて父の技量に惚れて資金提供を申し出てくれた。

 でも提供条件が息子の嫁に私がなる事。高校一年の私には、全く理解できなかった。だから嫌だと断った。隼人と付き合っていた事も有って。

 でも父は私が嫁にいけないなら学校もいけない、住む家も無くなると言って来た。仕方なかった。夫は直ぐに私の体を要求して来たわ。私の初めてが隼人で良かったと今でも思っている。夫は怒ったけどね」

「………」


「それから高校には行けたけど勉強なんてする時間無かった。家に帰ったらあの人の相手ばかり。毎日遅くまで。私は自分の運命を呪ったわ。まだ高校生の自分がなんでこんな事になるのかって。

 でも隼人に言う事も出来なかった」

「………」


「夫は酒癖と女癖が悪くて、合田建設の社長が夫に次期社長を継ぐ資格無いと言って追い出したの。おかげで私の実家の庭にこの家を建てて住んでいる。

 子供が出来ないのが良かったと思っている。私は父の仕事を手伝っている。だからこんな格好よ。髪の毛も長いと仕事の邪魔だから切っちゃった」


穂香の目から涙がこぼれ出て来た。

「実家がしっかりしていれば、隼人と………。ごめんね。今更だよね」


それからも少しの間、穂香の話を聞いてからそこを後にした。俺の口からは何も言う事が出来なかった。


 穂香は自分の意思に関係なく運命に翻弄されたんだ。あの時、俺が穂香に抱いた憎悪は間違いだったのか。でも今ではどうしようもない。他人の妻だ。

最後に

「元気でな」

それだけしか言えなかった。


 穂香の事は少しだけ心が整理出来た様な気がした。来て良かったかは分からないが、心の中に有った棘の一つが消えた。ただそこには風が吹いている感じがした。




 俺はそのまま帰れば良かったのに、何故か星世の家の前を通った。一度に片付けたかったから。そんな気持ちも有った。都合のいい考えだが。


星世の家の前を見ると何も変わっていなかった。少しだけ見ているとドアが開いた。

「…っ!」


 最初星世が出て来たと思った。よく似ている。頭を下げて挨拶をする。条件反射みたいなものだ。向こうは不審な顔をしたが、


「立花君」

「えっ」

「後輩の立花君だよね。私星世の姉の素世です」

「あ、ああ」

「君が入学する大学の先輩よ。どちらを受験したの」

「理学部です」

「そうよね。医学部なら私と一緒だったんだけどね。ふふふっ。ちょっと待って」


なんだろう。先輩から待てと言われたら待つしかないと思って待っていると

「隼人」

「………」


「立花君。私の馬鹿妹よ。変な男を好きになって高校三年間を棒に振った馬鹿者よ。立花君を見れば少しは目が覚めると思って連れて来た。ごめんね。

 将来の先輩の頼みで少しくらい話聞いてあげてくれないかな。あっ、上がって」

「いや、しかし」

「いいじゃない」


 玄関から出て来て僕の手を引いた。結構力ある。妹と違って積極的な性格の様だ。

仕方なく家の中に。

「星世。部屋に行きなさい。今更でしょ。」

「分かりました」


俺は、二年半ぶりに星世の部屋に入った。変わっていなかった。


………………。


 入ってからずっと黙ったままだ。いい加減に顔を見ているのも吐き気がして来た。

立ち上がりながら

「何も話無いなら帰る」


「ま、待って」

「私、浪人することにしたの。今のままの学力で入れる大学に行っても意味ないと家族から厳しく言われて」

「………」


「幸助とは別れた」

「幸助………」

「あっ、高田君」

「今更どっちでもいいし、俺には関係ないよ。嘘だろうが本当だろうが」

「私今でも隼人の事………」

「いい加減にしてくれ。いくらでも俺の所に戻って来るチャンスは会ったじゃないか。一度は許そうとしたのに。

 あの時だって高田と楽しい事してたんじゃないか。星世はいつも俺に嘘をついていた。今更、そんな事言われてもどうにもならない」

「そんな………。私浪人して隼人と同じ大学を受ける。そしたら、また………」

「そんな都合のいいこと言って、裏では高田といいことしてんだろ。俺には関係ないよ」

「そんことしない。もう絶対しない。お願い信じて」

「どう信じればいいんだ。星世を信じようとして裏切られたのはいつも俺じゃないか。もうたくさんだ。帰る」

「ごめんなさい。ごめんなさい」


ドアを開けようとした時、ドアが開いた。

「まさか、そこまで馬鹿妹だったとは。もう少し軽傷だと思っていたわ。立花君嫌な思いだけさせちゃったね。今度償うよ。どこかで会う機会もあるでしょ」

「………。失礼します」


寄らなければよかった。穂香の事で心が少し緩んでいたのかもしれない。


「星世。あんた高田と別れてないんでしょ。平気で嘘つくのね。最低」


ドアの閉まった音がきっかけで、涙が止めどもなく流れ始めた。

また、私が悪かった。



―――――


いやあ、隼人が東京に出る前の過去の整理のつもりで書いたのですが、とんでもなかったですね。

 ところで、新しく出て来た素世さん。これから隼人の人生に絡むのかな。

あっ、柏木美緒の存在も有った。

次回から、隼人の一人暮らしバージョンになります。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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