第62話 天山猛攻
敵機を墜とすことこそが本務であり、爆撃は余技あるいは兼業のようなものだが、それでも紫電は十分以上の仕事をやってのけてくれた。
三〇〇機を大きく超える紫電が投じた六〇〇発以上の二五番は米巡洋艦や米駆逐艦に甚大なダメージを与えた。
紫電が攻撃を終えた後でなお無傷を保っている巡洋艦や駆逐艦は一隻も無く、無事だったのは六隻の新鋭戦艦のみだ。
そして、そのことは米艦隊の対空能力の大幅な低下を意味している。
巡洋艦の高角砲や駆逐艦の両用砲、それに機関砲や機銃はその多くが傷つき、それらを操作する将兵も死傷が相次いだはずだ。
そのような米艦隊の窮状を、しかし天山を駆る熟練搭乗員たちは見逃さない。
「天山各隊に再度攻撃目標を伝える。
第一艦隊は敵一番艦と二番艦、第二艦隊三番艦、第四艦隊四番艦、第三艦隊は五番艦ならびに六番艦を攻撃せよ」
第一次攻撃隊の指揮を執り、さらに第二次攻撃隊でも同樣に部下たちを率いることになった友永少佐の端的な命令。
それを受け、一四八機の天山は挟撃を狙うべく半数が左舷へ、残り半数は右舷へと回り込む。
敵戦艦の一番艦から四番艦までは二〇機あまり、五番艦と六番艦は三〇機あまりの天山がこれを攻撃する計算だ。
友永少佐が直率する「飛龍」隊は「蒼龍」隊が敵三番艦の右舷に回り込んだタイミングに合わせて突撃を開始した。
左舷と右舷からそれぞれ一〇機の天山による挟撃にさらされた敵三番艦は回避運動を行いつつ高角砲や機関砲、それに機銃を振りかざし必死の反撃を試みる。
対空砲火が激しい割には被弾する機体はほとんど無い。
回避運動のさなかに命中弾を得ることは、いくら高性能の射撃指揮装置を持つ米戦艦といえども難しいのだろう。
超低空から米戦艦に肉薄する友永少佐の目に目標とした敵戦艦のシルエットが大きくなる。
前部に二基、さらに後部に一基の大ぶりな主砲塔が真っ先に目に入る。
さらに艦橋のすぐ後ろに低くそびえる存在感の薄い一本煙突。
おそらくは「サウスダコタ」級戦艦だろう。
四〇センチ砲を九門持ち、防御力も他の米戦艦の例に漏れず優秀。
「長門」型や「扶桑」型がダブルチームを組んで挑んだとしても勝利は困難だとされる恐るべき敵。
すでに戦艦無き帝国海軍の中で「サウスダコタ」級にタイマンをはれる水上艦艇は存在しない。
「妙高」型重巡や「高雄」型重巡、それに「最上」型重巡の二三センチ砲では皮や肉を切り裂いて出血させるのがせいぜいだ。
一方、「サウスダコタ」級の四〇センチ砲弾のほうは帝国海軍の重巡であれば容易にその骨を断つことが出来る。
だが・・・・・・
「確かに戦艦は強い。だが、航空機はもっと強い。
米戦艦よ、恨むなら貴様が生まれた時代を恨むんだな」
被弾機を出しながらも、卓越した防御力で被撃墜機を出さずに投雷ポイントまで肉薄した友永少佐と部下の合わせて一〇機の天山は抱えていた一〇〇〇キロ航空魚雷を敵三番艦の未来位置めがけて投下する。
初期型の九一式航空魚雷とは比較にならない破壊力を持つに至った最新型の魚雷が目標とした「サウスダコタ」級戦艦の横腹を食い破るべく白い尾を引いて海面下を突き進む。
敵の火箭に絡め取られないよう、超低空飛行で離脱を図る友永少佐の耳に後席の部下の声が飛び込んでくる。
「左舷に水柱、さらに一本、二本。右舷にも水柱、さらに一本、二本」
どうやら第二艦隊の「飛龍」隊と「蒼龍」隊はそれぞれ三本、両隊合わせて六本の魚雷を命中させたようだ。
敵の対空砲火の有効射程圏外に逃れ、ほっと一息つく友永少佐の耳に各隊の戦果報告が飛び込んでくる。
「『長門』ならびに『伊勢』『日向』隊、敵一番艦に魚雷六本命中、大傾斜炎上、撃沈確実」
「『陸奥』ならびに『山城』『扶桑』隊、『サウスダコタ』級戦艦に魚雷七本命中。すでに転覆、撃沈間違いなし」
「第四艦隊、敵新型戦艦に魚雷七本命中、撃沈確実」
「『翔鶴』隊ならびに『瑞鶴』隊、敵戦艦に魚雷一一本命中、轟沈」
「『神鶴』隊ならびに『天鶴』隊、敵六番艦に魚雷一〇本命中、艦首から沈みつつあり」
最も天山の稼働機が少なかったのは友永少佐が直率する第二艦隊だが、しかしそれらでさえ米戦艦に致命傷となる数の魚雷を命中させた。
自分たちよりさらに多くの天山を擁する他の部隊が仕損じる心配は無かった。
友永少佐は部下たちが挙げた戦果に満足を覚えつつ気を引き締める。
送り狼や、あるいは友軍艦隊を攻撃した帰路にある敵の艦上機との不意遭遇で撃墜されるような無様を演じるわけにはいかない。
母艦に無事に帰り着くまでが攻撃隊に課せられた任務なのだから。
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