第61話 紫電猛爆

 「紫電隊に再度攻撃目標を伝える。第一艦隊は中央、第二艦隊は左翼、第四艦隊は右翼、第三艦隊は敵前衛艦隊を攻撃せよ」


 第一次攻撃隊の指揮を執り、さらに第二次攻撃隊でも同樣に指揮を任されることになった友永少佐の端的な命令を受けた三四五機の紫電が散開、それぞれが指示された目標へと翼を翻す。

 紫電は各空母に一個小隊の直掩機を残し、あとの機体は二五番を両翼にそれぞれ一発ずつ搭載して本職の戦闘としてではなく副職の爆撃機としてこの戦いに臨んでいる。


 この措置は、九九艦爆を廃止したことによる影響が大きい。

 敵艦上空数百メートルまで肉薄する急降下爆撃は命中率が高い半面、被弾率もまた高かった。

 そのことは、戦前から分かっていたので九九艦爆にはそれなりの防弾装備を施していた。

 しかし、米艦の対空能力は帝国海軍の予想を大きく超えており、九九艦爆の被害が相次いだ。

 戦果のためなら多少の犠牲は甘受する帝国海軍も、さすがに九九艦爆の損耗率は許容できず、急降下爆撃に代えて敵艦上空を高速航過出来る緩降下爆撃にその軸足を移すことになった。

 緩降下爆撃であればダイブブレーキの無い紫電や天山でもその実施が可能だから、そのことで紫電は両翼のハードポイントに二五番であればこれを装備出来るよう設計されていた。


 その紫電が攻撃態勢に移行した時点で米艦隊には六隻の戦艦のほかに一〇隻の巡洋艦、それに五二隻の駆逐艦があった。

 これらのうち、巡洋艦と駆逐艦は第一次攻撃隊によってその半数が被弾しており、その多くが戦闘力や機動力を大きく減殺させていた。

 そして、紫電が狙うのはこれらのうちの巡洋艦と駆逐艦で、被弾損傷艦か無傷の艦かは問われていない。

 その一方で、戦艦への攻撃は厳に戒められている。

 二五番で新型戦艦を撃沈するのは不可能ではないものの、そのためには相当に数多くの命中弾が必要となる。

 紫電が有り余っていれば話は別だが、米艦艇の数を考えれば三四五機というのはむしろ足りないくらいだ。

 だから、防御力に優れた新型戦艦のほうは破壊力の大きな魚雷による攻撃、つまりは天山の担当となっていた。


 目標とした米艦艇は事前にレーダーでこちらの動きを探知していたのだろう。

 溺者救助を中断し、思い思いに回避運動に入っている。

 だが、それらの中には明らかに速度が上がっていない艦も少なくない。

 おそらくは、第一次攻撃隊から受けたダメージによって機関に不調をきたしたか、あるいは船体か推進器に問題が生じているのだろう。


 だが、紫電はそのような艦にも容赦はしなかった。

 巡洋艦や駆逐艦一隻に対してそれぞれ五機乃至六機の紫電が緩降下爆撃を仕掛ける。

 一隻あたり一〇発から一二発の二五番が降り注ぐ計算だ。

 戦艦に対しては威力不足が指摘される二五番も、装甲空母といった一部の例外を除けばそのすべての艦種に対して有効打を与えることが可能だ。

 重巡の砲弾の二倍以上の重量を持つ二五番は直撃はもちろん、場合によっては至近弾でさえ巡洋艦に深刻な被害を生じさせ、駆逐艦であれば時に致命傷すら与えることもある。


 ただ、その攻撃法は先述した通り、そのいずれもが緩降下による爆撃なので、従来の九九艦爆が常用する急降下爆撃に比べれば命中率は明らかに劣る。

 だが、それは九九艦爆による急降下爆撃と比べた場合のことであり、手練が駆る紫電の命中率もまた決して低いものではなかった。

 それと、帝国海軍が他のどの国よりも早く航空機がもつ威力を理解したことで、射撃照準装置や爆撃照準装置の性能向上に努めてきたことも大きかった。


 その紫電が投じる爆弾は最低でも一割、条件が良ければ二割を超える命中率を挙げることも珍しくなかった。

 確率的に言えば、狙われた艦は最低でも一発、運が悪いものは二発以上食らう計算だ。

 実際、六二隻の米巡洋艦と米駆逐艦はそのすべての艦が二五番の直撃かあるいは有効至近弾を食らった。

 運悪く複数の二五番を被弾した駆逐艦の中には早くも沈みかけているものもある。

 浮かんでいるものも、そのほとんどが盛大に黒煙をあげて這うように進むだけだ。


 紫電の攻撃が終了した時点で無傷を保っているのは六隻の新鋭戦艦のみとなった。

 このことで、米艦隊の対空砲火は一気に下火となる。

 艦隊上空を覆っていた高角砲弾炸裂の黒煙は薄れ、機関砲弾や機銃弾の火箭も明らかに減少している。

 中断されている溺者救助のほうもこれで極めて困難となったはずだ。

 乾舷が低く、小回りの利く駆逐艦はすべて撃破され、溺者を救助するどころか自艦を救うのに手一杯となってしまったからだ。

 それと、外れ弾となった二五番の水中爆発の余波に巻き込まれて死亡した米将兵も多数に上ったことだろう。


 だが、そのような米艦隊の惨状や窮状に黙って手をこまねいている優しい愚者は帝国海軍の母艦航空隊にはいない。

 米巡洋艦や米駆逐艦の弱体化を見て取った一四八機の天山が新鋭戦艦の横腹を食い破るべく襲撃機動に入った。

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