第58話 天山

 「第二艦隊は左翼、第四艦隊は右翼、第一艦隊は中央の空母群を攻撃せよ」


 目標を端的に指示した第一次攻撃隊指揮官の友永少佐は直率する「飛龍」隊ならびに「蒼龍」隊を左翼の空母群へと誘う。

 発見された三群からなる米機動部隊のうち、左右の空母群は正規空母が一隻に軽空母が二隻なのに対し、中央のそれは正規空母が二隻に軽空母が一隻だった。

 だから天山が一〇八機と最も戦力の大きな第一艦隊に中央の機動部隊への攻撃を委ね、それぞれ天山が五四機の第二艦隊と第四艦隊は左右の機動部隊を叩く。

 左翼の空母群を狙う第二艦隊の「飛龍」艦攻隊と「蒼龍」艦攻隊はともに第一中隊と第二中隊が弾頭を強化した一〇〇〇キロ航空魚雷、第三中隊のほうは六番を一六発搭載している。


 「『飛龍』第三中隊ならびに『蒼龍』第三中隊は輪形陣前方を構成する駆逐艦を狙え。

 同隊攻撃終了後に『蒼龍』隊は前方の大型空母、『飛龍』第一中隊は左後方、第二中隊は右後方の小型空母を叩け」


 友永少佐が言うが早いか、「飛龍」第三中隊ならびに「蒼龍」第三中隊が小隊ごとに分かれ、輪形陣の前方に位置する六隻の駆逐艦に向けて降下を開始する。

 僚艦の援護を受けにくい外周の駆逐艦ではあるが、それでも主砲が両用砲のうえに機関砲や機銃を大量に積み込んでいるから個艦の対空能力は極めて高い。

 一二・七センチ両用砲や四〇ミリ機関砲、それに二〇ミリ機銃が天山に向けて盛大にその砲火を撃ち上げてくる。

 九七艦攻にくらべて格段に防弾装備の充実した天山といえども、これら対空砲火の直撃を食らえばまず助からないし、高角砲弾の至近爆発でさえ距離によっては容易に致命傷になりえた。

 被害軽減を図るため、高速航過で緩降下爆撃を仕掛ける天山だが、それでも投弾前に一機が機関砲弾の直撃を食らって爆散し、さらに一機が高角砲弾の至近爆発の弾片を盛大に浴びて炎と煙の尾を引いて海面へと墜ちてゆく。


 だが、残る一六機の天山は臆した様子も見せず、小隊ごとに腹に抱えてきた六番を駆逐艦に投じる。

 一隻あたり三二発乃至四八発の六〇キロ爆弾の驟雨を浴びせられては装甲が皆無に等しい駆逐艦はたまったものではない。

 命中したのは一割からせいぜい二割程度と急降下爆撃の命中率に比べれば相当に低い。

 だが、それでも陸軍の重砲や大型軽巡の主砲弾と同等の重量を持つ六番を複数食らっては駆逐艦も無事では済まない。

 前方に位置していた六隻の駆逐艦が被弾によって煙を噴き上げ、さらに速力を落としたことで後続艦は衝突を避けるべく緊急回避の舵を切る。

 そのことで、輪形陣は完全に崩壊、その好機を魚雷装備の三六機の天山は見逃さない。


 友永少佐は直率する「飛龍」第一中隊の部下とともに左後方の軽空母に肉薄する。

 理想は逃げ場の無い左右からの挟撃だが、九機と数が少ないことから全機が左舷からの攻撃を行う。

 狙いを付けた軽空母から放たれた曳光弾がこちらに向かって噴き伸びてくる。

 とても軽空母のそれとは思えないくらいの激しさだ。

 射点に着くまでに一機が高角砲弾の至近爆発によって海面に叩きつけられ、投雷直後に別の一機が機銃弾のシャワーをまもとに浴びて爆散する。

 生き残った七機は軽空母の艦首や艦尾をすり抜け必死の避退を図る。


 「水柱! さらにもう一本!」


 偵察員の歓喜混じりの報告に友永少佐は了解とのみ答える。

 今の友永少佐に魚雷命中の喜びに浸っている余裕は無い。

 すでに輪形陣は崩壊しているとはいえ、少なからず無傷の艦もいる。

 それらは空母の敵討ちとばかりに火弾を撃ちかけてくるから、超低空飛行をやめるわけにもいかない。

 少しでも機体が浮き上がればとたんに蜂の巣にされてしまう。

 それでも、ようやくのことで敵の射程圏から離脱した友永少佐は高度を上げ、目標とした左翼の空母群を俯瞰する。


 「蒼龍」隊が目標とした大型空母は艦全体から猛煙を噴き上げ這うように進んでいるだけだ。

 二隻の小型空母はいずれも大きく傾き長くは保ちそうになかった。

 九一式航空魚雷の初期型の二倍を超える炸薬量を誇る一〇〇〇キロ魚雷の威力は防御力に優れた米空母に対してもその威力を十分に発揮したのだろう。

 さらに、その外側には六条の煙が立ち上っている。

 「飛龍」第三中隊と「蒼龍」第三中隊が狙った輪形陣前衛の駆逐艦だろう。


 「正規空母一、小型空母二撃沈確実。駆逐艦六を撃破」


 後席の偵察員に戦果を打電するよう命じ、友永少佐は機首を西へ向けるとともに、全周に目を配る。

 戦場ではいつどこで思わぬ敵に襲われるか分からない。

 紫電が警戒してくれているとはいえ、まだ油断するわけにはいかなかった。

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