第57話 紫電
「敵編隊探知、機数四〇〇!」
レーダーオペレーターの緊張の色を含んだ報告を聞いたとき、第五艦隊司令長官のミッチャー提督はその数字に意外な感を覚えなかった。
すでにミッドウェー基地は二〇〇機を超える日本側艦上機による空襲を受けている。
それでも、一八隻もの空母があればこれとは別に四〇〇機程度は余裕で自分たちに差し向けることが出来るだろう。
航空参謀によれば、日本に新たに加わった六隻の空母がすべて「長門」型や「扶桑」型といった戦艦改造によるものだと仮定した場合、自国の「レキシントン」級や英国の「イーグル」などの実績からその搭載機数は多くても五〇機程度と推測されるという。
つまりは三〇〇機の増勢だ。
七〇乃至八〇機程度を搭載すると見込まれる「蒼龍」型と「翔鶴」型、それに三〇機程度と思われる「千歳」型を加えればその総数は一〇〇〇機を超えるかもしれない。
そうなれば、索敵に五〇機程度を投入したとしても、あと三五〇機ほどが日本艦隊の手元に残る計算だ。
日本の艦隊がこれをすべて直掩機としているのか、あるいは第二波攻撃があるのかは意見が分かれるところだが、今はその事を議論しているよりも四〇〇機にもおよぶ敵第一波をいかにして凌ぐかが問題だ。
その件に関し、ミッチャー長官に逡巡はなかった。
「戦闘機をすべて上げろ。全力で敵第一波を迎撃する。
直掩ローテーションは無視して構わん。敵の第二波が来たら、その時はまた考えればいい」
ミッチャー長官の命令で第五艦隊の九隻の空母からF6Fヘルキャット戦闘機が飛行甲板を蹴って次々に上空に舞い上がる。
「エセックス」級正規空母からそれぞれ二個中隊二四機、「インデペンデンス」級軽空母からはそれぞれ一個中隊一二機の合わせて一五六機のF6Fヘルキャット戦闘機が少しでも反復攻撃の機会を増やすべく速度を上げて日本の攻撃隊へと向かっていく。
そのF6Fが迎撃高度まで駆け上がってほどなく、一五六人の搭乗員は空を埋め尽くすように進撃を続ける大編隊を発見する。
一方、二一六機の天山を護衛する一六八機の紫電のうち、八四機の制空隊を指揮する進藤少佐は敵編隊を発見すると同時に優位高度をとるべく機体を上昇させる。
敵もまたこちらの意図を読み取ったのだろう。
同じように機体を上昇させていく。
ざっと見たところ、敵機の数は制空隊の二倍近い。
そのすべてを阻止することはまず不可能だろう。
撃ち漏らした敵機は直掩隊に任せるしかないが、戦闘機隊長兼直掩隊長の板谷少佐であればうまく対処してくれるはずだ。
後のことは板谷少佐に委ね、進藤少佐は八三人の部下とともに紫電を駆って敵機の群れへと斬り込んでいく。
F4Fワイルドキャットであれば紫電の敵ではない。
そう思っていたら、どうも様子がおかしかった。
全体のシルエットこそF4Fに酷似しているが、接近してくるスピードがこれまでのものとは段違いだ。
「敵もまた新型を繰り出してきたか。
だが、それは想定済みだ。日本の情報収集能力を侮るなよ」
明治からの伝統でなによりも情報を重視する帝国海軍。
だがしかし、その組織文化に感謝を抱くよりも先に手と足が先に動いていた。
六条の火箭が紫電を捉える直前、進藤少佐は機体をわずかにスライドさせて射弾を回避、敵機と交錯した直後に自動空戦フラップを利かせて急旋回をかけ、すかさず背後を取る。
敵の搭乗員はこちらを見失ったのだろう。
その挙動からその困惑が見て取れるようだ。
「零戦とは違うのだよ、零戦とは!」
そう叫び、進藤少佐は至近距離から四条からなる二〇ミリ弾を浴びせる。
二〇ミリ弾によって機体前部から後部までをミシン縫いのようにされた敵の新型戦闘機は破片を盛大に撒き散らしながら海面へと墜ちていく。
その頃には他の紫電も片っ端から敵の新型戦闘機を撃ち墜としている。
「若年兵では無いものの、熟練と呼べるほどでもないか」
進藤少佐は敵の搭乗員をそう値踏みする。
敵機との手合わせは僅かな時間でしかなかったものの、それでも進藤少佐は敵の新型戦闘機が紫電に対して負けず劣らずの性能を持っていることを看破していた。
機体性能は互角。
そうなれば、あとは数と搭乗員の技量で勝負は決まる。
数は明らかに敵が優勢だった。
それなのにもかかわらず、墜ちていくのは紫電よりも敵の新型戦闘機のほうが明らかに多い。
敵の搭乗員の技量は悪くはないが、一方で初陣の者も多かったのだろう。
実戦経験が明らかに足りていなかった。
おそらく、ウェーク島沖海戦と第一次ミッドウェー海戦における母艦搭乗員の大量喪失がいまだに尾を引いているのだ。
米空母部隊で実戦経験のある者はこれらの海戦でそのことごとくが戦死しており、新型戦闘機の搭乗員はおそらく訓練における成績優秀者を集めたといったところなのだろう。
少しばかり気持ちに余裕の出来た進藤少佐は友軍編隊に視線を移す。
敵の新型戦闘機のうちの何割かは制空隊の阻止線を突破したようだが、直掩隊の防衛網から逃れることはかなわなかったのだろう。
敵戦闘機によって撃ち墜とされた天山は進藤少佐が確認した限り一機もなかった。
そして、その天山が編隊を解き、攻撃態勢に移行しつつある。
敵艦隊まであとわずかに迫ったということだろう。
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