第55話 ミッチャー提督
「四隻の空母を擁する艦隊の後方に同じく四隻の空母を基幹とした機動部隊が二群、さらに六隻の空母部隊まであるというのか」
航空参謀が告げた日本艦隊の編成に、第五艦隊司令長官のミッチャー提督はそのことが信じられないとばかりに疑念交じりの唸り声をあげる。
太平洋艦隊の情報部が予想した日本艦隊の空母は最大でも一二隻。
正規空母の「翔鶴」型と「蒼龍」型、それに軽空母の「千歳」型がそれぞれ四隻。
だが、航空参謀の報告を信じるのであれば、それが五割増しの一八隻もあるのだという。
「ミッドウェー基地で索敵任務にあたっているB17ならびに我が艦隊から出した索敵爆撃隊のSBDも同じような報告をあげています。
報告を上げてきたSBDはそのいずれもが単機航法に優れたベテランペアですし、B17のほうは搭乗員の数も多く艦種識別に不慣れな陸軍ということを差し引いても空母と他の艦艇を間違えるとは思えません」
ミッチャー提督の猜疑心一〇〇パーセントの表情に、だがしかし誰よりも先に感情バイアスを排除することに成功した航空参謀は動揺を顔に出さないように気をつけつつ事実を淡々と述べる。
戦前、第五艦隊と第七艦隊の両司令部は日本の空母は多くても一二隻までと想定し、その搭載機は七〇〇機から最大でも八〇〇機に届かないと見積もっていた。
だが、一八隻もの空母があるのなら、その艦上機の数は一〇〇〇機をゆうに超えるだろう。
そのうえ、この情報がもたらされる少し前には、ミッドウェー基地が空襲によって大打撃を受けたという凶報まで飛び込んできている。
状況は最悪だった。
だが、それにしてもおかしい。
太平洋艦隊の情報部が六隻もの新造空母の事実に気がつかないはずがない。
そこでミッチャー提督ははたと気づく。
「発見された日本艦隊に戦艦の姿はあったのか」
空母の数だけに気をとられ、他の艦艇については戦艦であれ巡洋艦であれ空母の護衛艦艇としてひとくくりにしていた。
だが、もし日本海軍が空母の新規建造をやらずに、既存艦の空母改造にその造修能力を集中していたとすれば。
実際、連中は「千歳」や「千代田」、それに「瑞穂」や「日進」といった水上機母艦を空母へと改造した実績を持つのだ。
日本海軍は二隻の「長門」型とそれに四隻の「扶桑」型の合わせて六隻の戦艦を保有している。
そして今回、日本の艦隊は想定よりも六隻多く空母をミッドウェー海域に差し向けてきた。
「空母を守る護衛艦艇については巡洋艦と駆逐艦が多数という報告だけで、戦艦については確認されていないようです」
航空参謀もミッチャー提督が何を気にしているのかを察したのだろう。
顔を少しばかり青ざめさせている。
戦艦から空母への改造は珍しいことではなく、むしろポピュラーと言ってもいい。
米国の「レキシントン」級や英国の「イーグル」、陸軍大国のフランスでさえかつては「ベアルン」を保有していた。
だが、一方で日本は戦艦を空母に改造したという実績を持ち合わせていない。
それに、米英に比べて決定的に戦艦の数が少ない彼らが、わざわざ貴重なそれを空母にするなど考えられなかった。
それと、戦艦から空母に改造すると言っても、その費用はちょっとした巡洋艦を新規建造するのと変わらないし時間も手間もかかる。
まして「長門」型も「扶桑」型も軍縮条約以前に建造された旧式艦だ。
残された耐用年数を考えれば、新しい空母を建造したほうがよほどコストパフォーマンスが優れている。
だがしかし、今は戦時だ。
手元にない高性能な新型空母よりも、すぐに使うことができる旧式戦艦改造空母のほうがよほど有用だ。
それに、「長門」型も「扶桑」型もそのいずれもが脚の速い高速戦艦だ。
そもそも、考えればおかしかったのだ。
開戦劈頭のウェーク島沖海戦以降、日本海軍は戦艦を一切戦場に出していない。
同海戦における米戦艦との砲撃戦で少なからぬダメージを被ったとはいえすべての艦が一年半以上も音沙汰無しというのはあまりにも不自然すぎる。
そして、嫌な予感、あるいは嫌な予測ほどよく当たるものはない。
逆に、希望的観測ほど裏切られるものは無い。
ミッチャー提督は認めたくはなかったが、それでも自身の推測に確信を持つ。
そして命令する。
「敵の空母は一八隻と認識する。
ただちに攻撃隊を出せ。それと、攻撃は広く薄くだ。攻撃目標は空母のみとする。
ただし、撃沈には固執するな。飛行甲板を破壊するかあるいは船体の横腹に大穴を穿つなどして艦上機の離発着能力を奪うだけでいい。
それと、第七艦隊に突撃命令を出せ。連中は空母戦力こそ強大だが、一方で水上打撃戦力は貧弱だ。
我々はそこに活路を見出す!」
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