第54話 先手
後に第二次ミッドウェー海戦と呼ばれる太平洋戦争最大の戦い。
その火蓋を切ったのは第三艦隊の「翔鶴」と「瑞鶴」、それに「神鶴」と「天鶴」から発進した一〇八機の天山とその護衛任務にあたる九六機の紫電だった。
それに対し、七二機のF4Uコルセア戦闘機がミッドウェー基地を守るべくこれらを迎え撃つ。
そのF4Uはもともとは艦上戦闘機として開発が進められたものの、母艦で運用するには前方視界に難があり、さらに機械的信頼にも若干の問題があるとして、現在ではおもに陸上戦闘機として使用されていた。
それでも、二〇〇〇馬力を発揮するP&W R-2800発動機を搭載することで最高速度は六〇〇キロを大きく超え、さらに両翼に一二・七ミリ機銃を六丁も備えるなど武装も充実しており、昨年までミッドウェー基地に配備されていたF2Aバファロー戦闘機やF4Fワイルドキャット戦闘機とは一線を画す戦闘能力を誇っている。
一方、紫電のほうは馬力こそ一八五〇馬力と一歩及ばないものの、一方でF4Uより一トン以上も軽いことから加速力や上昇性能は勝っていた。
最高速度はF4U、加速と上昇力は紫電がそれぞれリードするその戦いは、だがしかし意外にもあっけなく終わる。
大きかったのは情報の差だった。
日本の艦上戦闘機が従来の零戦だと思い込んでいた米搭乗員に対し、初見参の紫電の投入はある意味において精神的奇襲となった。
逆に、F4Uのほうは昭和一八年の前半には最前線に姿を現していたから日本側はこの機体の長所も短所も熟知していた。
明治時代からの伝統で、なによりも情報を重視する帝国海軍は既知の敵に対する研究や対策を怠るような組織ではない。
一方、零戦よりも五割以上も大きい出力をもって高速一撃離脱戦法で翻弄しようと考えていたF4Uの搭乗員たちは、だがしかし零戦を大きく上回る速力を持つ紫電に驚愕、同機体が新型だと気づいた時にはすでに後ろを取られており、四条の太い火箭を容赦なく突きこまれていた。
さらに、紫電の搭乗員らは直線的な一撃離脱戦法だけでなく、新装備の自動空戦フラップを十全に活用し、鋭い旋回で相手の背後をとっていく。
その後は大排気量発動機火星の太いトルクを活かして加速、素早く距離を詰めたあとで両翼の四丁の二号機銃から惜しみなく二〇ミリ弾を叩き込んでいった。
他の米軍機の例にもれず防弾装備が充実したF4Uではあったが、それでも至近距離から高初速の二号機銃の二〇ミリ弾をそれこそシャワーのように浴びせられてはさすがにもたない。
最初の会敵で二〇機あまりのF4Uがあっけなく撃墜される。
このことで、最初は三対四だった戦力比が二対四、つまりは相手の半数までその戦力が落ち込む。
総合的な機体性能こそF4Uが優っているが、一方で搭乗員の技量とそしてなにより経験で決定的に劣る米搭乗員たちでは二倍の紫電の猛攻を捌くことができない。
ウェーク島沖海戦から実戦経験を積んできた日本の搭乗員と、その多くが今回が初陣だという米搭乗員の力の差はあまりにも大きすぎたのだ。
さらに、航空無線を活用した二機を最小戦闘単位とする紫電は、その巧みな連携によってF4Uを分断する。
初撃の混乱によって最小戦闘単位でさえ維持できなくなったF4Uは二倍の紫電による機織り戦法によって次々に討ち取られていった。
その頃には一〇八機の天山が激しい対空砲火の中をついてミッドウェー基地を爆撃している。
一機あたり四発の二五番乃至一六発の六番を抱えた天山が一〇〇トンを超える鉄と火薬をミッドウェー基地のそこかしこに叩きつけていく。
ミッドウェー島にある滑走路はそのことごとくが穴だらけにされ、完全に離発着能力を喪失する。
さらに広範囲にばら撒かれた六番によって対空陣地も大きなダメージを被り、基地を維持するための土木作業車もその多くが爆風や断片によって傷ついていった。
天山が爆撃を終えた頃には、今度はF4Uを食い尽くした紫電がミッドウェー基地上空に殺到、地上からの火箭が大幅に衰えたのをいいことに、低空に舞い降りては残弾の在庫処分とばかりに二〇ミリ弾を撃ち込んでいく。
特に生き残った土木作業車に対してはこれを執拗に攻撃、そのほとんどを廃車にしてしまった。
日本側艦上機の襲撃に備え、空中退避していたB17爆撃機やTBFアベンジャー、それに輸送機や連絡機といった機体はハワイまで飛行可能な燃料を搭載した一部のB17を除き再び飛び上がることの出来ない緊急着陸、つまりは不時着を余儀なくされる。
この結果、ミッドウェーの航空戦力は事実上壊滅した。
連合艦隊は先手をとることに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます