第52話 新生太平洋艦隊

 連合艦隊には開戦時、六隻の戦艦を主力とする第一艦隊、それにそれぞれ四隻の空母を基幹とする第二艦隊と第三艦隊という三つの戦闘部隊があった。

 それらに加え、さらに空母を中心とした第四艦隊が編組されたという情報を太平洋艦隊情報部は各チャンネルを通じてつかんでいた。

 同情報部ではこれを開戦劈頭から太平洋で猛威をふるった「蒼龍」型空母や「翔鶴」型空母、それらに小型空母の「千歳」型を加えたうえで新たに編成された機動部隊だと判断していた。

 その根拠として、日本海軍が開戦と同時にマル四計画で建造を予定していた四隻の大型艦、それらが相次いでキャンセルされたことが分かっていたからだ。

 戦艦であれ空母であれ、日本の建艦能力ではどんなに頑張っても竣工は一九四四年以降になるし、それにかかる予算や資材は膨大だ。

 それとは別に、例えば建造期間が短くて済む戦時急造型空母だったとしても開戦から一年一〇カ月足らずの間に戦力化することは困難だし、そのような艦を建造しているという情報も入ってきていない。

 そうなれば、連合艦隊は八隻の正規空母と四隻の小型空母を基幹に三つの機動部隊を編成したと考えるのが自然だ。

 そして、それら三個艦隊一二隻の空母には最低でも七〇〇機、多ければ八〇〇機近い艦上機が搭載されているものと見込まれていた。

 遺憾ながら、現時点では明らかに日本艦隊の空母戦力は太平洋艦隊のそれよりも上だった。


 その艦隊がインド洋海戦から一年半近くたった一九四三年九月、突如として東進を開始した。

 同艦隊の航路から、敵の目標がミッドウェーかあるいはオアフ島であるというのはすぐに分かった。

 そして、その戦力規模から日本の艦隊はまず間違いなくミッドウェーを目指すものだと見なされていた。

 その判断の根拠となったのは彼我の戦力だ。

 こちらの太平洋艦隊の空母部隊には約五五〇機、そして、オアフ島の飛行場には七〇〇機近くがあるから、単純に合算すれば日本艦隊のそれを大きく上回る。

 もちろん、腕利き搭乗員を多数擁する日本艦隊の戦力であれば、太平洋艦隊とオアフ島基地航空隊の両方を相手取ることは決して不可能ではない。

 だがしかし、数的劣勢が分かりきった中で、しかもさほど追い詰められた状況でもない日本艦隊がこの時点で無理押しをしてくるとは到底思えなかった。


 ニミッツ太平洋艦隊司令長官は部下からそういった情勢判断の説明を受けた時、不満と安堵の入り混じった気持ちを抱いた。

 不満だったのは、日本軍の侵攻があと一月あまり遅ければ、現在慣熟訓練中の「エセックス」級正規空母の「イントレピッド」、それに「インデペンデンス」級軽空母の「ラングレー」と「カボット」を加えることが出来たはずだったからだ。

 これら三隻の艦上機の合計は一六〇機を超えるから、これらがあると無いとでは天と地ほどの違いがある。

 現時点で太平洋艦隊には正規空母四隻に軽空母五隻が配備されているが、一二隻を擁する日本の空母部隊に対しての劣勢は明らかだ。

 だがしかし、先程の三隻が加われば空母の数でも艦上機の数でもほぼ互角の陣容で戦えるはずだった。


 それでも、ニミッツ長官は必ずしもこの戦いが決して不利だとは考えていない。

 それはミッドウェー基地航空隊の存在だ。

 昨年、自身が太平洋艦隊司令長官に就任して初めての大規模な戦いとなったミッドウェー海戦において当時の太平洋艦隊は四隻の空母をはじめ、すべての艦艇が撃沈されるかあるいは鹵獲されるという大失態を演じてしまった。

 あの時の戦いで合衆国海軍は同海戦に参加しなかった「レンジャー」を除くすべての空母乗組員を喪失するという大打撃を被ったのだ。

 ウェーク島沖海戦とミッドウェー海戦で合衆国海軍は洋上で複雑な戦闘機械を扱える優秀な兵士でもあり技術者でもある海軍将兵をそれこそ万単位で失った。

 いまだにその傷は完全には癒えず、現在の太平洋艦隊の将兵のそのほとんどが二年生で、中には一年生までいるという話も聞いている。

 だが、彼らはここ一年半の間に合衆国が油や弾薬を潤沢に、つまりは金に糸目をつけずに養成に取り組んだ卒業生でもある。

 いささか経験不足ではあるが、それでも訓練成績の優秀な者ばかりを集めている。


 そして、ミッドウェー基地もかつてのミッドウェー海戦の時とは別物だ。

 実戦配備当初はトラブルが頻発し、日本の戦闘機に思わぬ不覚をとったF4Uコルセアもそのトラブルをおおむね克服し、海兵隊の精鋭が駆る七二機がミッドウェーの空を守る。

 陸軍からはB17重爆七二機が参陣し、爆撃はもちろん索敵にもその威力を発揮してくれるはずだ。

 海兵隊や陸軍と同様、海軍ももちろん参加する。

 洋上を高速で動き回る目標を苦手とする陸軍機に代わり、必殺の雷撃を見舞うことが出来るTBFアベンジャー雷撃機を配備した。

 三六機がミッドウェー基地にすでに脚を降ろしている。

 さらに対潜哨戒や搭乗員救助を担うカタリナ飛行艇も三〇機あまりがスタンバイ。

 これらに輸送機や連絡機も含めれば、実に二五〇機近い飛行機や飛行艇がミッドウェー基地に集結していた。

 空母部隊と基地航空隊を合わせればその数は八〇〇機以上に及び、日本艦隊のそれを上回っている。


 航空機だけでなく、水上打撃部隊も充実している。

 最新鋭戦艦の「アイオワ」と「ニュージャージー」こそドイツ戦艦「ティルピッツ」への対抗として大西洋にあったが、一方ですべての「サウスダコタ」級や「ノースカロライナ」級といった新鋭戦艦は太平洋艦隊の指揮下にある。

 巡洋艦もすべて新型の「クリーブランド」級か「アトランタ」級で固められ、駆逐艦もそのほとんどが新鋭の「フレッチャー」級だ。


 母艦航空隊も急降下爆撃機こそ従来からのSBDドーントレスだが、戦闘機と雷撃機は新型であり、中でもF6Fヘルキャット戦闘機は配備の前倒しによってギリギリ間にあった期待の機体だ。

 二〇〇〇馬力級発動機を搭載するそれは憎んで余りあるゼロファイターを容易に葬ってくれるだろう。

 戦力に不満はあるが不安は無い。


 「昨年のミッドウェー海戦の借りは倍にして返させてもらうぞ」


 胸中でニミッツ長官はそう決意する。

 太平洋艦隊司令部から見下ろす真珠湾では、ニミッツ長官が期待する艨艟たちがすでに動き始めていた。



 第五艦隊

 第一群

 「エセックス」(F6F三六機、SBD三六機、TBF二四機)

 「レキシントン2」(F6F三六機、SBD三六機、TBF二四機)

 「インデペンデンス」(F6F二四機、TBF九機)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第二群

 「ヨークタウン2」(F6F三六機、SBD三六機、TBF二四機)

 「プリンストン」(F6F二四機、TBF九機)

 「ベロー・ウッド」(F6F二四機、TBF九機)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三群

 「バンカー・ヒル」(F6F三六機、SBD三六機、TBF二四機)

 「カウペンス」(F6F二四機、TBF九機)

 「モンテレー」(F6F二四機、TBF九機)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第七艦隊

 戦艦「サウスダコタ」「インディアナ」「マサチューセッツ」「アラバマ」「ワシントン」「ノースカロライナ」

 軽巡四、駆逐艦一六

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