第二次ミッドウェー海戦

第51話 静寂

 ウェーク島沖海戦で太平洋艦隊の主力を、ミッドウェー海戦で米機動部隊を立て続けに撃滅した連合艦隊は当面の間は東からの脅威が無くなったと考えてその矛先を西へと向けた。

 第三艦隊の「翔鶴」型空母が二度の海戦でそのすべてが撃破された一方、開戦以降まったくの無傷を保っている第二艦隊の「蒼龍」型の四隻の空母はシンガポールが陥ちてほどなくインド洋へと進出した。


 帝国海軍は戦前から、もし米英蘭豪といった連合国と戦うことになれば、インド洋こそが連合国のアキレス腱であると看破していた。

 これについては帝国陸軍や同盟国のドイツも同様に考えており、特にドイツは日本政府を通じて一日も早く連合艦隊をインド洋へ差し向けるよう連日の催促だった。

 フィリピン航空撃滅戦をはじめとした南方作戦とそれに続くミッドウェー海戦での激闘の後、簡単な整備を受けた第二艦隊はシンガポールが占領されたことを受けてインド洋へと進出する。

 それと、同艦隊は南方作戦の進捗にともなって手が空いた小型空母「千歳」と「千代田」を臨時編入し、その戦力を充実させていた。

 第二艦隊の基幹戦力である四隻の「蒼龍」型空母の飛行隊は、だがしかしミッドウェーでの激戦がたたって艦上機が定数を満たしていなかった。

 そこで、修理中の「翔鶴」型空母の航空隊の一部を引き抜くことで不足分を埋め合わせ、なんとか定数いっぱいにまでその数をそろえていた。


 それら四隻の「蒼龍」型空母、それに「千歳」と「千代田」の合わせて三七二機の艦上機群に対抗できる戦力はインド洋には存在しなかった。

 当時の東洋艦隊は戦艦こそ五隻と充実していたものの、一方で空母のほうは装甲空母の「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに軽空母の「ハーミーズ」のわずか三隻しか配備されていなかった。

 そのうえ、艦上機は三隻合わせても一〇〇機に満たず、とてもではないが日本の機動部隊と正面から戦える戦力ではない。

 そのことで、同戦域を守る東洋艦隊司令長官は終始消極的な姿勢を崩さず、韜晦に走ったことで第二艦隊との日英主力艦隊同士の戦いは生起しなかった。


 それでも第二艦隊は執念深く東洋艦隊を捜索し、避退を図る空母「ハーミーズ」ならびに重巡「コーンウォール」と「ドーセットシャー」を捕捉、艦上機による爆撃でこれらを撃沈した。

 さらに同地における英国の要衝「コロンボ」と「トリンコマリー」にも航空攻撃を実施し、両地に大打撃を与えてインド洋における制海権を確立した。

 この結果、英米航路と並んで二大海上交通線の一つである英印航路が使えなくなった英国は一気に経済事情が悪化する。

 困窮する物資を確保するために英国は北海経由の援ソ船団を一時的に中断するが、これに対するソ連書記長の抗議は峻烈を極めたという。


 インド洋における一連の戦いは、英国のみならずソ連にとっても悪い意味で大きな影響をもたらした。

 インド洋を日本軍に封鎖されたことでペルシャ回廊からの補給が途絶、さらに先述したように援ソ船団の中断によって物資の、特に車両の不足が顕著になった。

 その影響か、スターリングラード攻防戦ではソ連軍はドイツ軍を包囲しながら物資の不足がたたり、あと一歩のところでこれを取り逃がしている。

 もし、英国がインド洋の制海権を失っていなければ、あるいはソ連軍は同地においてドイツ軍に対して決定的なダメージを与えていたかもしれなかった。


 太平洋に目を向けると、日本軍は東はマーシャル諸島、南はラバウルを攻勢終末点として守りを固めていた。

 本来であれば、さらに南に軍を推し進めて米豪連絡線の遮断を図りたいところではあった。

 だがしかし、ウェーク島沖海戦とミッドウェー海戦で受けた深い傷はそれを許さなかった。

 両海戦で四隻あった「翔鶴」型空母はそのすべてが撃破され、また、一連の戦いの過程で多くの搭乗員を失った。

 戦艦部隊もウェーク島沖海戦での米戦艦部隊との砲撃戦でそのすべての艦が少なくない損害を被りドック入りを余儀なくされている。

 さらに、開戦以降の度重なる大きな作戦で石油備蓄が危険水準といって差し支えないほどに逼迫していたから、当面の間は大きな作戦は不可能だった。


 そのことで、昭和一七年後半から昭和一八年前半にかけては太平洋、それに欧州ともに大きな動きはなく、奇妙な静けさの中で時が過ぎる。

 もちろん、その間もまったく戦いが生起しなかったわけではなく、基地同士における航空撃滅戦や、あるいは通商破壊を試みる米潜水艦と日本の護衛艦艇との戦いは毎日のように続いていた。


 それでも、いつかはその静寂は破られる。

 真っ先に行動を起こしたのは帝国海軍の側だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る