第50話 掃討戦
傷ついた仲間を逃がすため、こちらに立ち向かってきた四隻の重巡洋艦と六隻の駆逐艦は激闘の末、これをすべて無力化した。
四隻の米重巡は浮かんでこそいるが、機関に甚大なダメージを被ったのかそのいずれもが洋上停止している。
さらに艦上構造物もひどい状態で、至る所に被弾による破壊痕が顔をのぞかせ、中には煙突や主砲塔が吹き飛んでしまっているものまである。
駆逐艦のほうはさらに深刻で、六隻あったうちの半数がすでに海面下に没しており、他の三隻も船体を穴だらけにされており沈没は時間の問題と思われた。
四隻の「妙高」型重巡と、それに「朝潮」型ならびに「陽炎」型の合わせて八隻の駆逐艦が挙げた戦果としては、破格と言ってもよかった。
米艦隊のうちで、残る敵は二隻の巡洋艦と一五隻の駆逐艦のみであり、これらはいずれも第二艦隊の艦上機によってしたたかに打ちのめされていた。
二隻の巡洋艦は両艦ともに満身創痍の状態と言ってよく、洋上停止かと見紛うほどに速力が出ていない。
一方の駆逐艦もそのすべてが機関あるいは船体に何らかの障害を抱えているのか、その動きは緩慢だ。
必死に避退を図るその姿は、洋上の落ち武者といった風情だった。
だが、臨時に水上打撃部隊を指揮する第六戦隊司令官の角田少将はそんな米艦を憐れむことも、まして見逃すつもりなどまったくなかった。
米巡洋艦も米駆逐艦も異様なほどの対空能力を持ち合わせている。
そのことで、友軍の母艦航空隊は甚大な損害を被った。
また、対空戦闘だけでなく対艦戦闘においても彼らの術力は高いというか脅威そのものだ。
実際に米重巡と干戈を交えたことで理解したが、彼らの砲戦能力は決してこちらのそれに劣ることはなかった。
だからこそ、そのような厄介極まりない相手を生かして帰せば今後味方にどのような災いが及ぶのか分かったものではない。
始末できるのであれば、確実にそれを成しておくべきだった。
こちらの戦力に大きな問題は無かった。
角田司令官が直率する第六戦隊の「妙高」と「羽黒」、それに第七戦隊の「那智」と「足柄」はそのいずれもが米重巡との撃ち合いで複数の二〇センチ砲弾を被弾していた。
しかし、二〇センチ砲から二三センチ砲に換装する際に防御力もまた強化していたことから、上部構造物こそ破壊されたものの、一方で重要区画にダメージを被った艦は一隻も無かった。
いずれの艦も機関の全力発揮が可能で、被弾の影響で第三砲塔が使えなくなった「羽黒」以外はいずれの艦もそのすべての主砲が使用可能だった。
また、六隻の米駆逐艦と戦った「朝潮」型と「陽炎」型の八隻の駆逐艦についても、早期の飽和魚雷攻撃が奏功し、ほとんど一方的な戦いとなったことで被弾した艦はわずかにしか過ぎない。
そして、これら八隻は魚雷こそ払底していたものの、主砲についてはそのすべてが使用可能だった。
角田司令官は、航行に著しい支障をきたしている二隻の巡洋艦の攻撃は後回しとし、まずは一五隻の駆逐艦を仕留めにかかった。
第六戦隊と第七戦隊の重巡は一対一、駆逐艦はペアを組んで二対一で米駆逐艦に対峙するよう命令する。
日本の水上打撃部隊の合わせて一二隻の重巡と駆逐艦は、機関を損傷し機動力を著しく減衰させた米駆逐艦に対して自在に有利なポジションを取り、米駆逐艦が装備する魚雷の射程外から面白いように砲弾を撃ち込んでいく。
分厚い装甲に鎧われた戦艦や重巡に比べ、それが無きに等しい駆逐艦は守りに入れば弱い。
そのうえ、僚艦と連携が取れるほどの機動力も残されておらず、逃げることすらもままならない米駆逐艦はT字を描いた日本の駆逐艦の一〇センチ砲弾や一二・七センチ砲弾によって穴だらけにされていく。
また、「妙高」型重巡に狙われた駆逐艦は二三センチ砲弾によって船体を切り刻まれていった。
八隻の駆逐艦が撃沈された時点で生き残った二隻の巡洋艦と七隻の駆逐艦は白旗を掲げた。
このことについて、角田司令官は意外な感は覚えなかった。
あるいは、これが日本の指揮官であれば最後の一隻が沈められるまで徹底抗戦したのかもしれない。
しかし、万事に合理的でなによりも犬死にを嫌う米軍にとってそれはあり得ない選択だったのだろう。
それに、「妙高」の電探が西からこちらに向かってくる編隊を探知している。
おそらく米残存艦隊もこれら機影をレーダーで捉えており、あるいはそれが戦意を失わせる決定的な要因となったのかもしれない。
角田司令官は第二艦隊と第三艦隊から発進したであろう第三次攻撃隊に対し、無線や発光信号などあらゆる通信手段を使って攻撃を中止するよう命じる。
勝負は決した。
これ以上は無駄な血を流すべきではなかった。
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