第49話 二三センチ砲
損傷した友軍艦艇を守るため、猛追してくる日本の水上打撃部隊の前に立ちはだかったのは「ノーザンプトン」と「チェスター」、それに「ルイヴィル」と「シカゴ」の四隻の「ノーザンプトン」級重巡だった。
その「ノーザンプトン」級重巡は条約型巡洋艦としては標準かあるいはそれ以上の防御力を持ち合わせている。
それでも、軽巡の六インチ砲弾ならばともかく、重巡の八インチ砲弾に対してのそれは必ずしも十分とは言えなかった。
だからこそ、襲撃をかけてきた四隻の「妙高」型に対して米重巡の乗組員らはなによりもまずは先手を取りたかった。
だが、皮肉にも先手を取ったのはレーダー射撃装置と光学測距儀、それに観測機といったすべての手段が使える「妙高」型のほうだった。
米重巡の将兵らは知らなかったが、自分たちと同じ八インチ砲だと信じている「妙高」型の主砲は改造によって今では九インチ砲となっている。
その砲弾重量は一七〇キロにも及ぶ。
重巡が持つ八インチ砲弾の四割増し、軽巡洋艦の六インチ砲弾であれば三倍近い大重量弾だ。
命中数、あるいは命中率を重視していた帝国海軍が主砲門数の減少を忍んででも「妙高」型やあるいは「高雄」型重巡の一〇門にもおよぶ二〇センチ砲を八門の二三センチ砲へと換装したのは、軍縮条約の制限下で建造された俗に言う一万トン級巡洋艦ではどんなに高く見積もっても二三センチ砲弾に耐えられる装甲を備えることは不可能と判断されたからだ。
当たりどころによっては弾き返されてしまいかねない砲弾と、どこに当たろうとも相手を貫ける砲弾であればどちらが有利かは考えるまでもない、
先手を取った「妙高」が放った斉射は、だがしかし「ノーザンプトン」の周りに八本の水柱を噴き上げただけに終わる。
敵艦を散布界に捉えたからといって、必ずしも命中弾が出るわけではない。
砲弾のバラツキが大きくなる遠距離であればなおさらだ。
第二射で敵艦を夾叉したときとは逆に、「妙高」の艦橋には困惑や落胆の入り混じった微妙な空気が流れる。
「そうそう、都合よくはいかんか」
角田司令官はさすがに態度にこそ出さないものの、それでも胸中で嘆息する。
その「妙高」が砲撃している間、当然敵の「ノーザンプトン」級重巡、実際のところはネームシップである「ノーザンプトン」もまた反撃の砲火を撃ちあげている。
だが、こちらは至近弾こそ得たものの夾叉には至っていない。
二五〇〇〇メートルというのは射撃レーダーを装備している重巡であってもやはり遠すぎるのだ。
第三射から二〇秒あまり、「妙高」が発揮できる最大限の発射速度で放った第四射が「ノーザンプトン」に降り注ぐ。
艦の後部、第三砲塔のあたりに小さな閃光が生じる。
数瞬後に爆煙が発生、「ノーザンプトン」の第三砲塔を覆い隠す。
「ノーザンプトン」の第三砲塔付近を襲った二三センチ砲弾は同艦の装甲を食い破り、後部主砲塔に何らかのダメージを与えたものと思われた。
一方の「妙高」も「ノーザンプトン」が放った二〇センチ砲弾を水上機繋止甲板に食らう。
すでに艦載水上機はすべて着弾観測機として上空にあることからダメージこそさほど大きくないものの、それでも被弾した側からすれば気分のいいものではない。
あるいは夾叉と同時に命中弾を得た「ノーザンプトン」は今日の運勢に限っていえば「妙高」よりもツイているのかもしれない。
「だがこの勝負、勝った」
決定的な先手を取るには至らなかったものの、一方で角田司令官はそう確信する。
互いに命中弾を得たが、敵巡洋艦が二〇センチ砲なのに対して「妙高」は二三センチ砲だ。
「妙高」型をはじめ帝国海軍の重巡は砲弾重量が増えたのにもかかわらず、装填機構の自動化の促進によって発射速度は二〇センチ砲の時代と同じ毎分三発を維持している。
米重巡の発射速度は分からないが、建造年次を考えればたぶん日本のものとさほど変わらないだろう。
そして、互いにノーガードで殴り合えば、パンチ力に勝るほうが勝利する。
角田司令官の予想は的中する。
九門から六門に減ったとはいえ「ノーザンプトン」の二〇センチ砲弾は「妙高」の艦上構造物に少なからぬ被害を与えた。
しかし、それだけだった。
一方、「妙高」の二三センチ砲弾は「ノーザンプトン」の装甲を容易く貫き重要区画に甚大なダメージを与える。
その頃には「妙高」にわずかばかり後れをとった「羽黒」や「那智」、それに「足柄」といった妹たちも豪腕にものをいわせ、「チェスター」や「ルイヴィル」、そして「シカゴ」に対して優勢に戦いを進めている。
第六戦隊と第七戦隊は勝勢を確実なものにしつつあった。
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