第48話 マグレ
日米の重巡洋艦が砲撃戦を開始する少し前、さらに速力に勝る日米の駆逐艦部隊の戦いがすでに始まっていた。
「朝雲」と「山雲」、それに「夏雲」や「峰雲」といった四隻の「朝潮」型駆逐艦、「黒潮」と「親潮」、それに「早潮」や「夏潮」といった同じく四隻の「陽炎」型駆逐艦の二個駆逐隊は傷ついた味方を守るために自分たちの前に立ちふさがってきた六隻の米駆逐艦に急迫する。
そして、八〇〇〇メートルという遠距離で惜しげもなくすべての酸素魚雷をぶっ放した。
必殺兵器だからと言ってそれを出し惜しみし、そのことで逆に被弾して魚雷が誘爆でもしようものならまったくもって目も当てられない。
そもそもとして、駆逐艦の艦上には魚雷や爆雷といった剣呑な爆発物がそれこそ所狭しと敷き並べられている。
当たり所が悪ければ、それこそ機銃弾でさえあっさり轟沈も有り得たし、実際に帝国海軍の駆逐艦の中で敵戦闘機の機銃掃射を食らって爆雷あるいは魚雷が誘爆して失われたものも存在するのだ。
それと、現時点で満足に機動出来る敵艦は目の前の六隻の駆逐艦を除けば第六戦隊の「妙高」と「羽黒」、それに第七戦隊の「足柄」と「那智」が相手取っている四隻の巡洋艦だけだ。
そして、これら一〇隻を始末すればあとは脚に難を抱えた損傷艦ばかりだから、それらは後でどうとでも始末出来る。
だから、対峙する米駆逐艦の砲撃精度が増すレンジに入る前に自艦の安全を図る意味も込めて八隻の駆逐艦はすべての魚雷を発射したのだ。
八隻の駆逐艦からそれぞれ一二本、合わせて九六本の五三センチ酸素魚雷は扇状に広がり、六隻の米駆逐艦に対して死の包囲網を形成する。
だがしかし、発射ポイントが遠めだったこともり、命中したのはわずか二本にとどまった。
二パーセント強の命中率は目を覆いたくなるような惨憺たる成績だが、しかし一方で日米の間に決定的な戦力差を生むことにもなった。
八隻対六隻が八隻対四隻になったのだ。
そのことで、日本の駆逐艦は二隻がかりで一隻の米駆逐艦を相手取ることが出来るようになった。
その日米の駆逐艦の間で乗組員の練度や艦の性能に顕著な差はなかった。
そうなればあとは数の勝負となる。
不利な状況の中、それでも四隻の米駆逐艦は健闘し、二倍の日本の駆逐艦に五インチ砲弾を叩き込んで少なくない損害を与える。
だが、それでも二倍の戦力差を覆すには至らず、「朝潮」型駆逐艦が放つ一二・七センチ砲弾や、あるいは「陽炎」型が猛射をかける一〇センチ砲弾を浴びて次々に沈黙していった。
日米駆逐艦同士の戦いが大詰めを迎えていた頃、第六戦隊旗艦「妙高」の艦橋は将兵らの歓声で沸きに沸いていた。
敵一番艦に対して「妙高」が放った第二射が夾叉を得たのだ。
戦艦ならばともかく、重巡が二五〇〇〇メートルという大遠距離で、しかもたったの二射で夾叉を得るなど奇跡にも等しい。
「妙高」艦長は興奮を隠せぬ声であらん限りの語彙を使って砲術長を褒めそやしている。
二射目での夾叉という夢のような現実。
それが現実化した大きな理由としては、まず友軍空母部隊が洋上航空戦で勝利し、制空権を獲得したことだ。
遠距離砲戦の際に観測機が使えるのと使えないのとではその命中率に雲泥の差が生じる。
また、新しく装備した射撃電探の効果についても疑う余地は無かった。
従来の光学測距儀は遠距離における距離測定を非常に苦手としており、条件によって数百メートルという誤差も珍しくない。
だが、距離分解能に優れた電探照準であれば、従来の光学測距とは比較にならないくらい正確に距離を測ることが出来た。
もちろん、ハードによる成果だけではない。
砲術科将兵をはじめとした乗組員たちの努力と献身、つまりは彼らの技量も忘れてはならない。
そのことを第六戦隊の角田司令官はもちろん理解している。
だが、それでもこんな短時間で夾叉を得たのは、彼は口にこそ出さないもののはっきり言ってまぐれだと思っている。
戦艦に次ぐ優秀な射撃指揮装置を装備する重巡といえども、この距離でしかも第二射で夾叉を得ることなど普通に考えれば無理だ。
二五〇〇〇メートルというのは気象条件などにもよるが、戦艦でさえ容易に命中弾を得ることが出来る距離ではない。
だからこそ、この幸運を活かさなければならない。
そのことは「妙高」の砲術長をはじめとした士官たちも十分に承知している。
少しばかり間を置き、「妙高」が大きく吠える。
先程とは比較にならない衝撃が艦橋にいる将兵を襲う。
「妙高」が一七〇キロに及ぶ八発の重量弾を発射したのだ。
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