第47話 重巡対決再び

 第六戦隊の「妙高」と「羽黒」、それに一時的ではあるが第七戦隊の「足柄」と「那智」の四隻の重巡を指揮することになった第六戦隊司令官の角田少将はこれから一戦を交えることになる同じく四隻の米巡洋艦のことを考えている。

 接触機や着弾観測機、それに目の良い見張りからの報告ではいずれの艦も前に二基、後ろに一基の砲塔を備えているという。

 おそらくは「ノーザンプトン」級かあるいは「ニュー・オリンズ」級といった重巡だろう。

 いずれものクラスも二〇センチ砲を九門装備する、米海軍における標準的なそれだ。


 その米国の重巡は侮ることのできない強敵でもある。

 実際にウェーク島沖海戦では第八戦隊の「熊野」と「鈴谷」、それに第九戦隊の「最上」と「三隈」は「ミネアポリス」と「アストリア」、それに「クインシー」と「ヴィンセンズ」の四隻の重巡を撃沈する一方で全艦が少なくない二〇センチ砲弾を浴びて中破と判定される損害を被った。

 彼我ともに命中率は似たようなものであり、最後は二三センチ砲を装備した四隻の「最上」型重巡がその砲弾威力の優越によって米重巡部隊を押し切ったのにすぎない。

 二三センチ砲を搭載する「最上」型が格下の二〇センチ砲搭載艦に撃ち負けるというような無様こそ免れたものの、しかし当たりどころが悪ければ逆に日本側が敗れていた可能性も否定できなかった。


 「だが、今回は違う」


 二個戦隊四隻の「妙高」型重巡を統括指揮する角田司令官は胸中で獰猛という単語でさえ言い過ぎではないほどの闘志を燃やす。

 開戦からさほど間を置かずに生起したウェーク島沖海戦において、距離精度に優れた射撃照準電探を装備していたのは第一戦隊の「長門」ならびに「陸奥」とそれに第二戦隊の「伊勢」と「日向」、それに第三戦隊の「山城」と「扶桑」の六隻の戦艦のみで、重巡以下の艦艇で装備しているものは一隻もなかった。

 帝国海軍では電探に対する理解が不足していたといわけではなく、むしろ見張用電探に関して言えばかなり早い段階からその配備は進んでいた。

 そのきっかけとなった漢口空襲の苦い経験は今でも帝国海軍のトラウマになっており、奇襲に対する備えは神経質を超えて偏執と言ってすらよかった。

 しかし、あまりにも見張用電探を偏重あるいは優先したことによって射撃用電探の開発と配備は遅れ、四隻の「妙高」型重巡にそれらが装備されたのはつい先日のことだ。

 遅ればせながらも射撃用電探を運用するに至った「妙高」型重巡は、そのことで長距離砲撃における測距精度を劇的に向上させていた。


 発展途上の射撃用電探は方位精度にこそいささかの難があるものの、一方で距離精度は従来の光学測距とは比較にならないほどに優秀だ。

 そして、その射撃照準装置を含む射撃管制システムの性能は砲撃戦において決定的な結果をもたらす。

 ユトランド沖海戦では優秀な射撃照準装置を装備したドイツの二八センチ砲搭載戦艦や三〇センチ砲搭載戦艦が戦場ネットワークの構築の巧みさもあいまって格上の三四センチ砲を搭載するイギリスの巡洋戦艦を撃沈、さらに当時としてはモンスターともいえる破格の三八センチ砲搭載戦艦をあと一歩のところまで追い詰めたのだ。

 三八センチ砲弾と三〇センチ砲弾ではその重量差は二倍にも達する。

 ふつうに戦えば三〇センチ砲搭載戦艦は三八センチ砲搭載戦艦の敵ではなかったはずだ。

 だがしかし、そうはならなかった。

 むしろ、当時のドイツ戦艦はイギリス戦艦と互角かあるいは優勢に戦いを進めていた。

 優れた指揮通信と射撃管制システムの優越は砲口径と砲弾重量の不利を容易に覆しうる。

 そのうえ、「妙高」型重巡は二三センチ砲を装備し、その砲弾重量は米重巡の二〇センチ砲弾の四割増しだ。

 さらに、米重巡はそのいずれもがすでに九九艦爆によって少なくないダメージを被っている。


 「これで負けたら末代までの恥だな」


 誰にも聞こえない小さな声で角田司令官はつぶやく。

 その角田司令官の耳に敵艦隊との距離が三〇〇〇〇メートルを切ったとの報告が飛び込んでくる。

 重巡の砲戦距離としてはいささか遠めだが、それでも角田司令官は彼我の距離が二五〇〇〇メートルを切った時点で砲撃を開始するつもりだった。

 制空権を握ったことで観測機が使い放題というアドバンテージを生かさない手は無い。

 もちろん、そこで命中弾を得ることが出来なければ、機をみて肉薄突撃に移行することも選択肢として考えている。


 その間にも、彼我の間合いは急速に詰まりつつあった。

 ウェーク島沖海戦に続く日米重巡対決の第二ラウンド開始まであとわずかと迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る