第44話 護衛戦

 第二艦隊の「蒼龍」と「飛龍」、それに「雲龍」と「白龍」から飛び立った四八機の零戦とそれぞれ七二機の九九艦爆ならびに九七艦攻の合わせて一九二機からなる攻撃隊は進撃途中、それも米機動部隊が存在すると思われる海域のはるか手前でF4Fワイルドキャット戦闘機の迎撃を受けた。


 「少しばかり多いな。ざっと七〇機といったところか」


 四八機の零戦のうち、その半数の二四機からなる直掩隊を率いる志賀大尉は眼前のゴマ粒を見据えながら小さく呟く。

 志賀大尉は知らなかったが、それらは空母「ヨークタウン」と「ワスプ」、それに「ホーネット」と「サラトガ」から発進した七二機のF4Fワイルドキャット戦闘機だった。

 米海軍はウェーク島沖海戦の戦訓に鑑み、制空権獲得の要である戦闘機を従来の六個小隊から九個小隊へと大幅に増勢し、そのうちの三分の二を空母の頭上を守る防空任務に割いていた。


 先に動いたのは志賀大尉の直掩隊ではなく、同じく二四機の零戦からなる制空隊だった。

 直掩隊が艦爆や艦攻を絶対防衛するのを任務としているのに対し、制空隊のほうはもっぱら敵戦闘機の排除を仕事としている。

 零戦の搭乗員にとって人気なのは、もちろん自由度の高い制空任務だ。

 少しばかりの羨望の色を宿す志賀大尉の瞳に、その制空隊の零戦が散開しつつ、包み込むように自分たちの三倍の数の敵に立ち向かう姿が映り込んでくる。


 制空隊の零戦が直線的な機動で突っ込まないのは、撃墜を狙うよりもまずは相手を引っ掻き回して混乱の渦をつくり、そこに可能な限り敵機を拘束しようという制空隊長の指示によるものだろう。

 制空隊長は敵戦闘機を積極的に排除するという当初任務を一時棚上げし、九九艦爆や九七艦攻が敵艦隊に取り付くまでの時間稼ぎを企図している。

 制空隊の零戦の動きから、そのことが志賀大尉にも良く理解出来た。

 自分たちが数的劣勢となっているこの状況であれば、敵機の撃墜よりも九九艦爆や九七艦攻の守護に徹するという制空隊長の判断は妥当なものといっていい。

 だが、熟練搭乗員の腕をもってしてもさすがに三倍の敵をすべて引きつけるのは無理だったようだ。

 制空隊が相手取ることが出来た敵機は全体の半分程度でしかなく、三〇機あまりの機体が九九艦爆や九七艦攻を撃墜すべく攻撃隊本隊に向かってくる。


 ここに至り、志賀大尉は二三機の部下とともに九九艦爆や九七艦攻のそばを離れF4Fと対峙することを選択する。

 守るべき対象から遠く離れるのは論外だが、かと言ってあまりに近すぎてもそれはそれでやりづらい。

 迫りくる敵機はその特徴的なシルエットからウェーク島沖海戦で戦ったF4Fだというのは志賀大尉にもすぐに分かった。

 最高速度や上昇力、それに旋回格闘性能をはじめ、多くの面で零戦のほうが優位に立ってはいるものの、だが一方でF4Fが装備する高性能機銃は侮れないというか脅威そのものだ。

 それなりの防弾装備を施した零戦といえども、これをまともに食らえば容易に致命傷となる。


 自分を狙うF4Fの翼が光ると同時に志賀大尉は機体をわずかにスライドさせ、敵の射弾を回避する。

 その志賀大尉の視野の片隅で爆発光が弾ける。

 位置からして友軍の機体だ。

 あるいは、回避に失敗し、不運にも遠めからの銃撃をカウンターでまともに浴びてしまったのかもしれない。


 だが、爆散した友軍機に意識を奪われたのは一瞬、敵機と交差すると同時に志賀大尉は機体を捻りF4Fの後ろにつく。

 距離を詰め、ブローニング機銃のデッドコピーである一二・七ミリ機銃を発射。

 銃撃を食らったF4Fは盛大に破片を撒き散らしたものの、それでも墜ちることなくそのまま遁走を図る。

 志賀大尉としては、本来であれば追撃をかけてとどめを刺したいところではあるが、そうもいかない。

 直掩任務のつらいところだが、それでも九九艦爆や九七艦攻を守り抜くのが最優先だ。

 その九九艦爆隊を見れば、彼らは編隊を密集させ防御機銃を振り回している。

 制空隊の防衛網や直掩隊の阻止線をくぐり抜けたF4Fが暴れまわっているのだ。


 志賀大尉は九九艦爆隊のもとへ急ぐ。

 九九艦爆は爆撃機としてはそれなりに優秀な運動性能を持つが、それでも戦闘機には到底及ばない。

 F4Fの銃撃を浴びた九九艦爆が一機また一機と火を噴き、あるいは煙を曳きながら眼下の海面へと吸い込まれていく。

 志賀大尉は頭に血が上ることを自覚しつつも命令には忠実だった。

 あと一撃でF4Fを墜とせそうな状況であっても追撃はせず、九九艦爆のそばを離れることはなかった。

 結局、不埒なF4Fを追い払うまでに四機の九九艦爆が敵空母に必殺の二五番を叩き込む願いもかなわずミッドウエーの空に散華する。

 日本側にとっては一度に八名もの熟練搭乗員を失うという手痛い損害ではあった。

 だがしかし、一方でF4Fに出来たのはそこまでであった。

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