第42話 想定の範囲内
「『レキシントン』級ならびに『ヨークタウン』級からなる機動部隊発見。巡洋艦、駆逐艦多数」
「二隻の『ヨークタウン』級空母を中心とした艦隊発見。巡洋艦四、駆逐艦一〇以上」
索敵に出した三二機の九七艦偵のうち、複数の機体が報告してきた敵機動部隊は二群あった。
もちろん、その主力となるのは空母であり、その数は合わせて四隻だ。
そのうちの一隻は「レキシントン」級空母で唯一の生き残りである「サラトガ」で間違いない。
一方、三隻との報告があった「ヨークタウン」級空母だが、このうち「エンタープライズ」はすでにウェーク島沖海戦で撃沈したことが確認されている。
だから、報告があった三隻の「ヨークタウン」級空母のうちの一隻は艦型のよく似た「ワスプ」だろう。
煙突が一体化した艦橋を持つ同艦は、そのスタイルが「ヨークタウン」級と酷似しており遠目からの識別は困難だ。
索敵機から相次いでもたらされる詳細な報告に、第二艦隊旗艦の「蒼龍」やあるいは第三艦隊旗艦の「翔鶴」に陣取る司令部幕僚たちは騒然とする。
作戦前、連合艦隊司令部からはミッドウェーに出現するであろう空母は二隻かあるいは多くても三隻程度であり、実際、出撃前の図上演習でも空母は三隻の想定で行われていたから、話が違うと憤る者もいた。
空母は一隻増えるだけでその総合力は格段に増す。
一隻よりも二隻、二隻よりも三隻。
そして、三隻から四隻に増えるということは、それは単純に戦力が三から四になるわけではない。
ランチェスターの法則をそのまま当てはめるのは少し乱暴だが、それでも最低でも五割、下手をすれば二倍近くにまで実質的な戦力が増強されることもありえた。
部下たちが動揺を隠しきれない一方で、指揮官である第二艦隊の小沢長官と第三艦隊の桑原長官は落ち着いていた。
二人とも連合艦隊司令部の参謀連中の言うことなど、はなっから信用していなかったからだ。
連合艦隊司令部には己の才を奇天烈な振る舞いで大きく見せようとする俗物、考えるのが仕事のはずの参謀でありながら司令部内の調整と良好な雰囲気づくりにばかり腐心する本分を履き違えた無能など、おかしな連中で満ち溢れている。
それは本人たちの責任ばかりでなく、人を見る目の無い山本連合艦隊司令長官の不徳の致すところが大なのだが、そのことを口に出すほど小沢長官も桑原長官も無分別ではなかった。
いずれにせよ、連合艦隊司令部が策定した従来計画通りに第二艦隊だけでMI作戦を実行していれば航空戦力の劣勢によって大損害を被っていたはずだ。
アリューシャン方面の陽動作戦を中止し、ミッドウェーに戦力を集中させたのは大正解だった。
発見された米機動部隊に対する分析は第二艦隊の小沢長官も第三艦隊の桑原長官も同じだった。
だがしかし、その後にとった行動は正反対だった。
敵機動部隊の攻撃を担当する第二艦隊の小沢長官はただちに攻撃隊を発進させる。
「蒼龍」と「飛龍」、それに「雲龍」と「白龍」から九九艦爆と九七艦攻がそれぞれ一八機、それに護衛の零戦が一二機の合わせて一九二機。
それらが慌ただしく飛行甲板を蹴って東の空へと飛び立っていく。
一方、ミッドウェー基地攻撃を担当する第三艦隊の桑原長官は上空警戒中の二四機に加え、飛行甲板で待機していた四八機の零戦もすぐに飛び立てるよう指示を出す。
第二艦隊と違い、第三艦隊はミッドウェー基地攻撃のために同島に接近したことから哨戒任務中のB17重爆や敵空母から発進したと思しきSBDドーントレス急降下爆撃機などによってすでに発見されていた。
所在を暴露した以上、空襲は必至だ。
米空母の搭載機数は多い。
四隻の空母であれば最低でも一五〇機、多ければ二〇〇機を超える攻撃隊が第三艦隊の上空へ殺到してくるはずだ。
七二機の零戦でどれだけ持ちこたえることが出来るかは正直言って桑原長官も分からない。
ウェーク島沖海戦において第三艦隊は九六機もの零戦を擁していながら「エンタープライズ」と「レキシントン」から発進した百数十機からなる敵攻撃隊を完全に阻止することはできず、「神鶴」と「天鶴」を急降下爆撃機によって撃破されてしまった。
第三艦隊は当時の空母部隊指揮官だったハルゼー提督の攻撃全振り作戦にしてやられた格好だ。
そのときの苦い経験はしっかり第三艦隊の将兵にフィードバックされているはずだが、戦場では何が起こるかは分からない。
「いきなりの正念場だな」
桑原長官は東の空をにらみつける。
早ければ一時間半後、遅くとも二時間後には電探が敵編隊を捕捉するはずだった。
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